√真実 -008 美鈴のターン
「あら、ハイキングを提案したのは黒生さんだったのね? てっきり飛弾さんが誘ったのかと……」
生徒指導室の椅子に座った美鈴が、改めて真実に経緯を問うと、先程三人に話した内容を繰り返した。
当然美鈴は光輝からも話を聞いていたが、随分と言葉足らずだったようで、話の擦り合わせをしつつも話を聞き出して補完するしかなかった。
「田鍋市でゲリラ豪雨があったのは先程気象庁と田鍋市役所に問い合わせて確認が取れました。それと道の駅の方にも。幸い二人の特徴を伝えたら、そこで買ったお野菜を一時的に預けていた事を覚えていたようで、行き帰りの時間帯もハッキリと分かりました」
顰めっ面の先輩教師たちに加え担任の尾桟の四人を相手に、真実の話を補足していく美鈴。真実が三人の教師と言い争っている間に、光輝から聞いた話の裏付けをしていたようだ。
「それと、それぞれの家は相変わらず連絡が付きませんでしたが、黒生さんのお婆様と連絡が付いて二人の話通りである事や心配するような事は何もなかった事を確認しました」
すると、美鈴の話を聞き終えた四人が雁首を揃えてぐぬぬと唸り声を上げた。認めたくはないが認めざるを得ない、というところのようだ。
「先生方はそんなにも生徒の事が信じられないのですか? 単に見掛けたという電話の話だけで、こんなにも大事になさって…… それに以前の事件についても問題視なさっていますよね。あれは警察の方も仰っていたように、飛弾さんを誉める事はあっても非難する事は一切ないと思いますけど?」
どうやら夏休みの最中に警察が事件について説明に訪れていたらしく、その席に美鈴も同席していたようだ。
「そう判断するのは最終的には学校側です。警察が言ったからと言って、はいそうですかとはいきません」
「はぁ~。教頭先生、飛弾さんをどうしたいのですか? まさか生徒に圧力を掛けて押さえ付けたい、だなんて思っていませんよね?」
「むぐっ! いや、こうも短期間に問題ばかり起こすような生徒には罰が必要で……」
「問題って何ですか! 人助けが問題なんですか!?」
「い、いや。その、女子生徒と一夜を共にしたと……」
「黒生さんのお婆様が寝る時も一緒だったそうですよっ! それに、歩き方を見れば分かります。この子たちはシロです!」
歩き方で何が分かるのだろうと首を傾げる一同だが、美鈴には養護教諭としての知識があるのでそういう見方があるのだろうと納得するのだった。しかし、中にはそれでも納得出来ない者も。
懲りずに吠えるのは生徒指導の井蛙だ。
「いや、分かりませんぞ! 二人を庇う為に嘘を吐いているのかも」
「そ、そうですね。身内を庇うのは当然の行為――」
「いい加減にしてください!」
バンッと机を両掌で叩いた美鈴だが、それにビクリと震えたのは対面にちょこんと座っていた光輝だ。
「教育者が生徒に冤罪をかけてどうするんですか! そんな押さえ付けるような教育はもう時代遅れですよ。私も知らない昭和の悪しき習慣を今さら持ち出さないでくださいよ!」
真実たちは勿論、二十六歳の美鈴は平成生まれだ。それに対してベテラン勢は皆昭和生まれであった。特に保守や禾几は昭和時代から教師をしているので、古いやり方を引き摺る事もままあった。美鈴はそこを指摘したのだ。
「今の時代、事なかれ主義や隠蔽体質なんてしてたら命取りです。こんな不合理な話が知られればあっという間にネットに拡散されメディアに叩かれ…… それこそ教育委員会やPTAに知られれば何を言われるか……」
眉間に皺を作る美鈴。美人が台無しだが、それを目にした四人のベテラン教師たちも引き摺られるように眉を顰めた。
内々に処分しようとしていた四人に、学校で教師の中では二番目に若い美鈴から釘を刺された形となり、歯をギリリと鳴らしていた。
「あと、事件で飛弾さんが女性を庇ったり、襲われかかったのを反撃したのは間違ってはない正しい行為だったと私は思います。先生方は周りの人たちに助けを求めよと言われますが、そんな悠長な状況ではなかった筈です。況してや警察を呼んで待ってろだなんて…… 一体駆け付けるまで何分掛かると思っているんですか? 今やその警察が駆け付けるまでの数分間の内に何が出来るかが課題になっているのに」
ほぼ一方的な美鈴のターンが続く。教師の中では若輩者でありながら、ベテラン教師たちに説教を生徒の前でするのはあまりよろしくはないのだろうが、間違った事は間違いだと指摘しなければいつまで経っても正す事は出来ない。
「私が小中学校だった頃には既に学校へ不審者が侵入した事を想定した訓練が行われていましたよ? この学校ではそういう事はなさらないのですか?」
避難訓練は地震による火災を想定して毎年一学期の始めの頃に行われているが、美鈴が着任してから(イコール真実たちが入学してから)は不審者に対する訓練は一度も無かった。
「警察に頼るのも良いですが、最終的に生徒たちを守るのは私たち教師だという事を忘れないでください!」
いつの間にか半立ちになって熱弁していた美鈴に、生徒指導室にいたみんなの視線が集まる。それまで真実たちに対して強気だった四人の教師陣は揃って顔を顰めて押し黙り、対面に座る真実と光輝は目を瞬かせた。
学校に二人の情報がもたらされたのは昨日の夕方。始業式前日とあって数人の職員が出勤していたが、元々日曜日という事でその人数は極僅かであった。加えてその情報源である電話を取ったのが、今年着任した新任の男性教師で、相手の名前や連絡先を碌に聞かず、その内容もうろ覚えをメモっただけのものであった為に正しくは伝わっていなかった。そんな不確かな情報に今朝出勤した四人が騒ぎ立てたのである。
元々、真実が複数の事件に関わった事で予定していなかった警察への対応を学校側が強いられていた為、その対応をしていた四人の真実への印象は悪いものとなっていた。加えてこのままだとヒーロー扱いされた生徒をのさばらせる原因となってしまうのではと危惧したのだ。
中学生ともなればテレビの戦隊モノ等、ヒーローからは卒業して現実を見る年頃であろうが、そこに本当のヒーローが現れたら……しかもそれが身近な存在であれば…… 更に言えば、そう囃し立てられれば良い気になってしまうのが中学生だ。そこに謙遜なんて言葉は殆ど介在する事はない年頃でもある。
もしそうなれば、校内は想定できない荒れ方をするかも知れない…… そう危惧した四人に、今回の情報である。これ幸いに口撃する口実となり得たのであった。
「全く、どれも内々に処分して無い事にしようだなんて……良い行いまで押さえ付けてどうするつもりなんですか。子供の伸び代を潰すだなんて教育者としては失格ではないんでしょうか!」
いよいよ言い返す言葉も無くなった四人は押し黙って俯いた。まさか三年目の教師に説教される日が来ようとは、と。
「あ、あの~。俺たちはどうなるんですか?」
だが必要であったとは言え、それは生徒たちの前でする話ではなかった。教師が怒られる様を生徒に見せるものではない。
困惑する真実と光輝に目を向けた美鈴は、あ~シマッタ~! と苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ええっと……飛弾さん、黒生さん。今のは見なかった事にして? 流石にこんな場面を流布されてしまったら、今後の授業にも影響が出ちゃうし!」
万一この事が学校中に知られれば、この四人の威厳は保てなくなるだろう。そうなれば、最悪各所で学級崩壊が起こっても不思議ではない。でなくとも、既に真実と光輝には弱味を握られてしまい、最初の目論みとは全く逆の立場となってしまった。これ以上は傷口を広げない為にも、ここは押し黙るしかない四人だった。
一方で、気分が高揚してしまいノリノリで四人にダメ出ししてしまった美鈴は、思わず手を合わせて二人に拝むように頼み込む。
そんな美鈴に、真実も光輝も顔を見合わせた後、素直に頷くしかなかった。
次話は火曜日のこの時間に投稿予定です。
以後、暫くの間は火曜日と木曜日の投稿を予定しておりますので、よろしくお願いします。