√トゥルース -022 可愛らしい老婦
「さて。先ずは先に明らかにしておいた方が良いでしょう」
応接間のソファへと四人を促し自らも腰を掛けると、そう切り出す老紳士。
「私の名はケバス・アン。アンという家名はうちですが、テッドという名の者は我が家にはおりませんし、あなた方の年代の者も身内にはおりません。親となりそうな者も、です」
順番に真っ直ぐ見つめながらそう言い切る老紳士に、その視線を向けられたトゥルースたちは目を剥いた。
それは本当なのか、それとも虚言なのか。
堂々とそう言い切るケバスだが、不自然な程に堂々とし過ぎている節もある。それに、トゥルースやティナには目を合わせてくるが、シャイニーにはあまり目を合わそうとしていないようにも見えた。フェマは子供扱いされているのか、視線を向けるどころか完全に蚊帳の外にされていたが、いつもの事なので気にしない。
「でも……カントさんは手紙をこちらに転送していたって……」
「ふむ。それこそ何の事やら……。それこそこの家を中継点として利用していた者がいたのではありませんかな?」
あくまで関係ないと主張するケバスだが、手掛かりはここへと続いたのだ。このまま潰える訳にはいかないと食い下がる。
「あの! 本当に俺たちはお金なんかが目的ではなくて、ニーを両親に会わせてやりたいだけなんです。何か知っている事があれば何でも良いから教えて下さい!」
「ちょっ、ルース様。そんな風に言えば余計に有らぬ疑いを持たれてしまいますよ」
しかし、先程指摘されたお金の無心ではない事を強調するあまり、より胡散臭くなってしまっている事をティナが指摘した。
確かに必死過ぎたと反省するトゥルース。
しかし、それならどう説明すれば納得して貰えるのかと頭を悩ませていると、ケバスが目を瞑り頭を横に振った。
「全く、ご本人を連れ回してまでそのような愚行を……。そもそもあなた方はどういったご関係で? 孤児院の関係者……とも見えませんが」
「俺たちの関係……それは……」
口籠るトゥルース。関係と言ってもこれといった明確な関係性は無い。偶然知り合って自分の行商の旅に同行しているだけだ。強いて言えば……。
「ほらごらんなさい。言えないようなご関係なのでしょう。お嬢さん、もし無理やりここまで連れて来られたのであれば、私が保護いたしましょう。間もなく手伝いが来ますので、直ぐそこに官憲の詰所までひとっ走りさせこの者どもを捕らえさせる事も出来ますよ?」
「ふぇっ!? ち、違います! ウチはルー君に助けて貰って……」
漸くケバスの前で発したシャイニーの言葉はトゥルースを庇うものであった。
しかし、その後は言葉が続かなかった。どんな関係かと聞かれたところで、どう答えて良いのか分からなかったからだ。
当の本人からは一人旅は辛いから旅仲間として付いてきて欲しいとは言われたが、どちらかと言えば保護をして貰っている立場だ。敢えて言えば、同い歳で呪い持ち仲間、という事くらいだろうか。
だが、それでは説得力は低い。
シャイニーもいざ答えようとして言葉を詰まらせたのだ。
「助けて貰った? それはどういう……」
再びケバスが目を細めてトゥルースを睨み付けたところで、部屋の外から声が聞こえてきた。
「まあまあ。可愛い猫ちゃんだ事! どこから入ってきたのかしら。あなた? ほらほら見て……って、あらまあ。可愛らしいお客様だ事」
「みゃ!?」
いつの間に入ってきたのか白猫を笑顔で抱えて応接間のドアを開けたのは、随分と可愛らしい白髪の老婦だった。
しかし、よく見れば随分と痩せ細っていて、色も白い。ケバスが四人を家に招き入れる際に体調が悪いと言っていた通りで、その痩せ加減は孤児院を追い出されたばかりのシャイニーの姿を思い出す程だ。
「もしかして、この猫ちゃんはあなたたちのお仲間かしら」
「あ、はい。あの、その猫が何か悪戯をしてませんでしたか?」
「みゃあ」
ミーアの正体が人間の女性だと唯一知っているトゥルース。しかし、中身が人間だからと言って猫の姿の時はまんま猫と同じ仕草をするので、何やら猫らしい悪戯でも仕出かしていなかったかと心配するが、その心配は要らなかったようだ。
「大人しく扉の前でお座りをして待ってましたよ、本当に愛らしく。あなたたちは何のご用でお見えなのかしら。もう外は日が落ちようとしているから、早く帰った方が良いのではなくて?」
「あ、そうですね。近くに大きな宿があるのを見付けたから、今夜はそこに泊まる予定なんです。じゃあ今日はこのくらいにして続きはまた明日に……」
話に進展が見られない事もあって、トゥルースが日を改めようと立ち上がろうとするが、ケバスと老婦は眉を下げて顔を見合わせた。
「大きな、宿? 南にある?」
「あらまあ。ご存知ではないのかしら。南にある宿は今は閉まっていて、利用できませんよ?」
老婦の言葉に、ええっ?と声を揃える四人。
「宿に泊まる予定だったって事は、おうちは近くじゃないのかしら。まあまあ、それは大変。近くの宿と言っても、この辺りだと領主館の近くにまで行かないと無いんじゃなかったかしら。あなたたちは領主館はご存知?」
「え……いや、ちょっと分からないんだけど」
「そうなの? 領主館までは馬車でも一時(約二時間)程はあるのよ? 今からだと、日が暮れて暗くなってしまうわ」
「ええっ!? そんなに遠く? じゃあ、どこかで天幕を張るしか……」
老婦の言葉に、フェマだけが無反応だったが、トゥルースだけでなくティナやシャイニーまでもが不安顔を覗かせる。
今から場所探しをして天幕を張るとなるとそれなりの時間を要するからだ。特に市街地に入った今は勝手に天幕を張る場所は限られるし、良い顔をされない事も多いのは経験して分かっている。近くに宿がある場合は特に、である。
困った時の河原は岩がゴロゴロしているのを見ているから却下だ。そもそも上流側で雨が降れば、作った露天風呂が流されたあの悪夢が再び……なんて事もありそうなので、まだ山間の同じ川という事もあってそんな河原に入るという蛮行は候補にも上がらなかった。
「どうする? あの宿を当てにしてたけど、無いなら早く天幕を張れる場所を探さないと」
「うむ。直ぐにでも出んと天幕を張る頃には日も落ちて困難になろうの。さて、急ごうかの」
本気で心配しての発言だったトゥルースに対して、どこか芝居めいた言い方のフェマ。
話が拗れるから止めろと目で訴え掛けるが、逆に良い切り返しだろうと勝ち誇ったような表情だ。
「あなた、お困りのようだから、泊めて差し上げたら? この辺りで天幕は不審者扱いされてしまうでしょう?」
「いや、しかし……お前への負担も……」
先程までの厳しい表情からうって変わって、心配そうに眉を下げるケバス。
しかし、困っている年頃の女の子を外に追い出すのは感心しませんよという可愛らしく頬を膨らます老婦の言葉には抗えなかったようで、ケバスは折れるしかなかった。
曇った表情からパァッと一気に明るくなった老婦。
「それじゃあ、早速お部屋の支度をしましょうね。あ、その前にお夕飯が先かしら。猫ちゃんにも何か美味し物を作ってあげましょうね!」
だが、そう口にしてミーアを足元に下ろした後、老婦はそのまま膝をついて立ち上がれなくなってしまった。
それを見て真っ先に立ち上がり、支えたのはフェマとシャイニーだった。
「ああ、ほら言わんことではない。お前は部屋で休んでいないと……」
若い?二人に遅れて老婦に駆け寄り、手を取って立ち上がらせるケバス。
そのまま寝室に連れていき寝かし付けるが、老婦の足取りは怪しいものだった。その様子から、ケバスが玄関先で言っていた通り、老婦の調子は良くないようだ。
「あの、ウチが家事のお手伝いをしても良いですか?」
「それなら俺たちも何か手伝える事があれば、何でも言ってくれて構わないんだけど」
シャイニーが切り出すと、それに続いてトゥルースも名乗り出る。
すると、ケバスは深い溜め息を吐いた。
「……それでは、お言葉に甘えるとしましょう。家事に関しては仕事でいくらか熟してきまましたが、料理だけが苦手でして……。夕飯の支度以外に関しては既に終えてますから、やらないといけないのはあなた方の部屋の準備程度でしょうか。お願い出来ますか?」
コクリと頷いてキッチンへと向かうシャイニー、ラバたちに載せている荷物を降ろしに行くトゥルースとティナ。ここに姿がないフェマは老婦の様子を見に留まっているようだ。
「……やれやれ。まさかあの方がここまで来るとは思いませんでした。しかし、やはりあのお顔の痕は化粧でも誤魔化しきれないようですね。お互いの為にもなりませんし、旦那様の元に導く事はしないように気を付けなくては……」
各々に散っていく訪問者を見送ったケバスは、そう呟くと再び深い溜め息を吐いた。
「みゃ~」
「おや、あなたには適度な仕事がありませんでしたか。今の話は聞かなかった事にしてくださいね」
「みゃ? みゃあ」
「そうですね、妻があなたを気に入っているようなので、妻の傍にいてやって貰っても良いですか?」
「みゃあ」
応接間に一人だけ残っていたケバスだったが、白猫も残っていた事に気付いくと、まともに返事を返してくれるとは思わなかったのか頼み事をするのだった。




