√真実 -006 理不尽な教師陣
「さて、飛弾。お前は何をしでかしたのか分かっているのか?」
扉が閉まり四人だけとなった指導室。中はそれほど広くはないが壁にびっしり並んだ書庫棚と、真ん中にポツンと置かれた折り畳みの机とパイプ椅子が何とも言えない雰囲気を醸し出していた。
そのパイプ椅子に座った真実に、向かい合わせに並んでいる中央の椅子に座った生徒指導の体育教師、井蛙がドスを利かせた声で睨み付けた。今時としては絶滅危惧種である脳筋熱血教師かつ高圧的に出れば生徒は皆ビビッて従うと思っているタイプだ。
「君はどうして次から次へと警察沙汰になるような事を。そればかりか……」
続いて左隣の学年主任であり国語教師の保守が大きな溜め息を吐いて白髪化が進んでいる頭を抱えた。
それはそうだろう。真実が在校している約二年半の間、これと言って目立った事件も事故も起きていないのだから。それが夏休みに入った途端に生徒が事件に巻き込まれて大怪我を負ったと知り、愕然としていた中で更に事件の一報。しかもその生徒が自分の学年と聞いた時の愕然とした表情と言ったら、この世の終わり、いや教師人生の終わりといったものだった。
残り数年で定年退職という保守は、その残りの教師人生を穏やかに乗り切りたいと心底考えていたのがここに来て潰えた形となった為だ。
「全く、困った事をしてくれましたね。私が赴任して来て以来、初めての不祥事ですよ」
折り畳み机の上に両肘を突いて手を組み、口を隠した状態でジロリと睨み付けるのは右側の窓際側に座る教頭の禾几だ。
ザ・教頭と生徒たちから渾名が付く程に細身で眼鏡を掛けたバーコード頭という出で立ちの年配者だが、その薄い髪の毛は不自然な程に黒々としていた。当然のように髪を染めるのは禁止な生徒の一部からは不平不満の声が何年かに一度は噴出していた。
その禾几が赴任したのは四年前。その間にも水面下でイジメや喧嘩は少なからずあったのだが、教師陣はそれを認めずに無かった事としてこれまでやってきたのだ。
表面上は平和な学校に突然降って湧いた警察からの事件の一報。例えそれが巻き込まれた被害者側だったとしても、学校としては受け入れ難い事実であった。
人助けの為に一方的に被害を受けた前回は何とか言い訳が立ったものの、今回学校にもたらされた事件の報告では武器を持った相手に対して事実は応戦したと言うのだから、PTAや教育委員会等にどう言い訳をするのだ、と。
だが、あの事件は真実たちはどう見ても絡まれた側であり被害者側であったので、三人のその言い様は大袈裟のように感じた真実は首を傾げた。そもそも夜祭りの一件が問題であれば、夏休み中に呼び出すなり自宅に押し掛けるなりした筈だ。それに間に一度、学力テストで登校していたので、その時にでも呼び出せば良かったのに、と。
「それで飛弾。一応お前の言い分を聞いておこうか」
困惑顔の真実に痺れを切らしたのか、井蛙が声を荒げて身を乗り出してきた。その勢いに圧されて仰け反る真実に、気を大きくしたのか更に眉を吊り上げる。
「言っておくが、誤魔化そうと思っても無駄だからな」
今どきこんな高圧的な取り調べ紛いの聞き取りをするなんて、時代錯誤も良いところだが、それなりの役職を持った三人の様子から、この学校ではまかり通るようだ。
「あ、あの……あの時に反撃しなければ俺も光輝も大怪我では済まなかったかも知れないんですけど」
「あ? 夜祭りの件か。それでも先ずは大人を呼ぶのが先だろう。周りの大人に助けを求めてだなぁ……」
未だにそんな悠長な事を言い出す井蛙に、真実の顔が歪みだした。
「いや、だから! 相手は俺たちの逃げ道を塞いでいたし、目の敵のようにヤル気満々だったから、光輝を逃がす為にもやらざるを得なかったんですってば! それに相手は警棒を振り回して来たんですよ? なのに何もするなって事ですか? もしそう言うんであれば、警棒で滅多打ちにされて俺も光輝も学校には来れてなかったとおもうんですけど!」
「うぐっ! いやだからだなぁ、そもそもそんな危ない夜祭りに行くのが間違いでな」
「うぐっ! いや、その夜祭りが危ないって言うんなら、夜祭りを開いた人に言ってくださいよ! それにこの学校の子たちも何人も行ってたし! 俺だけこんな責められる謂れはないでしょ!」
こうなっては売り言葉に買い言葉で、どちらも結果論の応酬になっていくのは目に見えている。
が、どうやら教師陣はそれだけを問題にしている訳ではなかった。
「全く、こうも野蛮だったとなると、昨日の話も案外本当なのかも」
今のやり取りを聞いていた保守が、これはいよいよ駄目だぁ、と頭を抱え下を向く。
それに対して、昨日の話? と全く話が分からずに首を傾げる真実。すると、コホンと軽い咳払いをして場を静めた禾几が、真実を見据えて口を開く。
「昨日の君の行動を教えて貰えますか?」
「え? 昨日ですか? 昨日は朝に洗濯と家の掃除をして、その後は今日の準備をした後、昼飯を食べて、午後からは試験対策の勉強をしてましたけど……」
つい昨日の事ではあるが、思い出しながらそう答えていく真実。
土曜日と日曜日は智樹たちとの勉強会は休みにしていたが、元々余った時間を勉強に費やすつもりだった。土曜日に帰ってから学校に行く準備をするつもりだったが、一晩光輝の祖母の家に泊まったので結局日曜日である昨日に両親が荒らした家の中を片付けた後、慌てて準備をしていた。
「……それで全部ですか? 実はですね、昨日ある保護者から電話がありましてね。昨日の早朝、何故か七時台という早い時間の電車に乗ってきたであろう我が校の生徒が、近隣の駅から出てきて帰っていくのを見たと知らせて来たのですよ。それに心当たりは?」
それを聞いた真実は、昨日の朝の事を思い出した。
光輝の祖母は寝るのも早かったが、朝も起きるのが早かった。夜明け、それこそ日が昇ってくる時間には既に朝飯が出来上がっていて、いつも以上に早い時間に起こされたのだ。
そんな早い起床を強いられた事により、夢の中のトゥルースがいつもより早い時間にスイッチが切れるように寝てしまったのだが、暫く振りの旅で疲れていたのだろうと周りに思われた。幸いにも既に寝る準備は出来ていたし、ほぼ同時にシャイニーもパタンと寝てしまった。二人ともラバの手綱を引いていたので、そういう事もあるのだろうと納得されたのだ。手綱を握るのはアディックとリムも同じだったが、馬よりもスピードの出ないラバだったのと二人とも二人乗りで気を遣っていただろうというのも納得の材料となった。
そしてそんな早い時間に起きた二人は、早過ぎる朝食を食べると早々に帰路に着いていた。流石に翌日から学校が始まるのに疲れ果てるまで遊び呆ける気にはなれなかったし、学校の準備もまだだったので早く帰って準備をしておきたかったのだ。真面目かよ。
「その顔は思い当たる事があるのですね? どうなんです?」
質問してくる禾几の目は鋭く、相手を殺さんばかりの眼力であった。そして他の二人も同様に真実を睨み付けていた。
「ええっと、確かに昨日は朝早くの電車で帰ってきましたけど……それが何か?」
この時になって漸く教師たちが何を言いたいのか察した真実。恐らく自分たちが早朝にどこかから帰って来たのを問題視しているのだろう。
だがやましい事は何もない。特に真実からは何もしていない。あるとすれば光輝が一緒に風呂に入ろうと言ってきたのと、光輝の祖母が風呂で真実と光輝の身に付けていた下着を剥ぎ取った事くらいだ。流石にそれは口にすればあらぬ疑いを掛けられるのは目に見えているので言う気もない。
が、今度は耐え切れずに井蛙が吠えた。
「何かじゃないんだよ! お前、どこに行っていた! 誰と一緒だったんだ!?」
次話は明日のこの時間に投稿予定です。