第十一話 『親友』
『少女』はやる気満々という顔をしていたが、おれとしては可能な限り戦いは避けたい。
「とりあえず、まずは説得してみよう。できれば戦いたくないし、世界が大変なことになるってわかれば、あいつも協力してくれるはずだ」
そんなおれの考えを打ち砕くように『親友』は遠慮なく光線を打ちこんできた。おそらくソレラシキー粒子を光線に変換しているのだろう。放たれる光線は、飛行戦艦で見た『親友』のソレラシキー粒子と同じく赤い輝きを放っていた。
おれは必死に攻撃をかわしながら、『親友』に向かって叫ぶ。
「おい、聞こえるか! バカなことはやめて、お前の後ろにある危ない兵器をぶっ壊すのを手伝ってくれ!」
しかし『親友』は何も答えず、攻撃を続ける。
「いい加減にしろ! それが起動すると、人類の半分くらいが死んでしまうんだ。わかってるのか? お前はそんなめちゃくちゃなことに加担してるんだぞ!」
わかっている、と『親友』の声が聞えた。
「わかっているさ、それくらい。だからこそおれはあの光を、撃たせなければいけないんだ。この理不尽で、不条理で、歪んだ世界を正すために……。世界を、浄化するために!」
思想や思考が、なんかもうついていけないレベルに達していた。
この局面に至るまで、『親友』は何にどう巻き込まれてきたのだろうか。
「世界を正したいのなら、もっと他に方法があるだろ。なのにどうして、こんな無茶なことをするんだ!」
「他の方法なんて、これまでにいくつも試したさ! でも、だめだった……。どれだけもがいても、どれほどの犠牲を払っても、世界を変えることはできなかった。望みを、願いを叶えることはできなかった! これはその果てに行きついた必然なんだ。おれが、おれ達がたどり着いた、最後の答えなんだ。その邪魔をするなぁっ!」
光線と共にミサイルも大量に発射される。おれは『親友』に近づくことさえできず、攻撃を回避するだけで精いっぱいだった。
「どうやら私やあなたと同じく、彼にもいろいろとあったようね」
「いろいろあった、で納得できる状況じゃないって」
「そうせざるをえない状況だってあるのよ、今みたいに。相手の事情をすべて理解する余裕なんてないし、仮に理解できたとしても、それで解決策が見つかるとは限らない。結局のところ私達は、自分の願望を貫くために戦うしかないのよ」
「自分の、願望……」
「そう。あなたには、それがちゃんとあるでしょう」
「もちろんだ!」
おれは『親友』の機体を見据え、放たれる光線をくぐり抜けながら距離を縮めていく。
「お前に何があったのか、おれにはわからない」
『親友』に届くと信じ、おれは叫ぶ。
「だからどうしてお前がこんなことをしているのか、その理由もわからない。お前にもいろいろあって、だからこんなことをしているってことくらいしかわからないし、わかりようがないんだ」
この世界に来てから『親友』に何があったのかはわからない。
同じく、この世界に来る前の『親友』に何があったのか、その全てを知っているわけでもない。
そんなおれに、『親友』を止める資格なんてないのかもしれない。
「でも、だからって、逃げるわけにはいかない。今度こそ、おれは逃げない」
あと少しで手が届くというところまで距離を詰める。しかし寸前のところで背中から伸びたアームに払いのけられた。直後に光線が放たれ、おれは距離をとる。
「わからないのさ、お前には……。望む未来を手に入れた、お前にはっ!」
叫びと共に赤い光線が無数に放たれる。すぐに回避しようとするが、なぜか今までと比べて動きがにぶっていた。まさかと思い『少女』のほうを見る。
激しい運動をしたかのように『少女』は苦しげに呼吸を乱していた。顔には汗が浮かび、表情には明らかな疲労が見られる。
おそらく、シロの動力源として大量にソレラシキー粒子を消耗しているからだろう。
「私のことは、気にしないで」
「でも……」
「今は彼を止めて、終末の光を破壊することだけを考えて。早くしないと、何もかも終わってしまうわ」
『少女』は終末の光をにらむ。見ると、光の輪の数が減っていた。エネルギーとして兵器の内部に蓄積されているのだろうか。
なんにせよ、残された時間はあとわずかと思ったほうがいいようだ。
おれはもう一度、『親友』の機体をまっすぐに見る。
十二月のあの日、おれは何もできなかった。
もしかしたらその時のことも、今の状況につながっているのかもしれない。
でも、そうだとしても、今さらどうしようもないことだ。
過去は変えられないのだから。
連続して赤い光線が放たれる。おれは回避せず、ソレラシキー粒子を発生させた。
黄金色の光の粒子はシロの両手を通じて外に流れ、光の壁をつくりだす。『親友』が撃ってくる光線がソレラシキー粒子によるものだとしたら、おれも同じように攻撃や防御にソレラシキー粒子を使うことができるはずだ。
おれの読みは当たっていたらしく、光の壁は赤い光線を別方向へ弾き返す。
勢いに乗るように、おれは距離をどんどん縮めていった。
『親友』は接近を拒むように叫ぶ。
「この世界には、過ちや悲しみが多すぎる。だからすべてを清算して、浄化しなければならないんだ。もう一度、最初からやり直さなければならないんだ」
「だからって、今あるものを全部なかったことにしていいわけがないだろ! 過去に囚われて未来まで失うな。今をあきらめるな!」
あの日の思いがよみがえる。
名前を呼ぶことさえできなかった後悔が押し寄せる。
それを乗り越えるように、おれは叫んだ。
「たしかに今は、過去にお前が望んでいた未来とはちがうかもしれない。だから、今のお前が背負っている苦しみや悲しみはとんでもなく大きいはずだ。でもおれは、またお前と一緒にいられるようになって、正直、うれしかったんだ」
そうだ。
あの日おれは、それを言わなければいけなかったんだ。
でも言えなかった。
それを言ったら、『親友』を本当に傷つけてしまうかもしれないと思ったから。
そして今まで逃げてきた。向き合えなかった。
でも、だからこそ今、おれは言わなければならない。
「またお前と一緒に今を生きていける。未来を目指してがんばれる。そのことがとても心強かった。お前だって、今度こそ望んだ未来を手に入れられるよう、またがんばればいい。何もかもが終わったわけじゃない。むしろこれから始まる未来のほうが、ずっとずっとたくさんあるんだ。そうさ、これからなんだ!」
おれの意志に呼応するように、黄金色の光がシロを包み込む。
放たれる赤い光線を次々と弾き飛ばし、行く手を阻むように伸びたアームも振り払う。
ついにおれは『親友』の機体に届く場所まで接近した。
「おれ達の戦いはまだまだこれからだぁっ!」
『親友』の機体の頭部めがけて、おれは渾身の右ストレートを決めた。
その衝撃で『親友』の機体にまとわりついていた物々しい武装は崩れ落ちるように外れ、シロと同じ人型兵器、黒き救世の器本体が姿を見せる。『親友』が内部にいることを示すように、瞳そのは赤い輝きを放っていた。胸のあたりには動力源と思われる装置が固定されていて、動こうと思えばまだ動けるのだろうが、その気配はなかった。
とりあえず、これで一段落かとおれは安堵の息を吐く。
しかし間もなく、一段落どころではないということを、『少女』の言葉を聞いて知った。
「いけないわ。終末の光が、起動しようとしている……!」




