【夢】25.悲しい真実
嫌がらせがなくなれば夢幻郷へ来ることができないようにすると言張る時人。前回来夢が夢幻郷へ来た際に、時人は亀田と話すように促した。
現の話が長くなってしまったので、前々回までの夢の話の大まかなあらすじを書きました。それでは、【夢】の話の続きをどうぞ。
真っ暗な空間に夢幻郷だと確認すると、すぐさま窓まで走り枠に手をかけた。あの写真に写る男子は何者なのか。時人と瓜二つの笑い顔をしている男子との関係は。何より、なぜそんな男子が約三十年も前に撮られた写真に写っているのか。私の頭の中はあの写真のことでいっぱいだった。居ても立ってもいられず、窓から顔を出しきょろきょろと見回した。
ふと、見上げると白く淡い光が見えた。黒いローブに腕組みをしツンツンと逆立った白髪。真面目な顔をした時人がゆっくりと降り、少し距離を置いて真正面に立った。やはり、写真の男子と髪の色が違うものの顔がそっくりだった。言葉が出ず、ただ時人の顔を眺めた。
「来夢さん、亀田さんと話されましたか?……あの、どうかされたんですか」
時人はその様子に不思議そうに顔をかしげてた。はっと我に返り、慌てて答えた。
「な、なんでもないよ。……亀田さんから直接話を聞いて、時人が言ったことなんとなくわかった気がする」
「そうですか……。私が悪夢を見せる必要がありそうですか?」
「必要ないと思う。亀田さんは嫌がらせを認めたし、たぶん池口とも話をつけたと思うし……」
時人は微笑んだ。
「それはよかった。では、嫌がらせもなくなったんですか?」
私は大きく首を横に振った。思わず声も大きくなった。
「な、なくなってないよ!昨日だってまだやられたし……なくなるかどうかは明日になってみないとわからないよ」
「そうですか、わかりました。……では明日まで待ちましょう」
そういうと時人はぐるりと回り私に背を向けた。
「明日、結果次第で来夢さんをこちらへ来ることができないようにします。ではその時まで私は失礼します」
そう言い残し上に浮かんでいく時人に対し、私は窓から叫んだ。
「ちょっと待って!聞きたいことがあるの!」
私の声に反応して時人は動きを止めた。しかし、少し上空にいる時人は背を向けたままこちらを向こうとしない。
「あ、あのね!……しゃ、写真についてちょっと聞きたいことがあるの」
疑問を言葉にするのを少しためらった。嫌な予感がしていた。
「高校の近くにあるママレードっていう店があってね、そこはあいさんっていうおばあちゃんが店主なんだけどさ……」
ママレードという言葉に、ぴくっと時人の頭が少しだけ動いたように見えた。
「で、でね。その……時人にそっくりな人が、若いあいさんと一緒に写っている写真があってさ……。ま、まさかとは思うけど違う、よね?」
時人は背を向け黙ったままだった。言葉を発せず嫌な沈黙が流れる。私の胸の鼓動がやけに聞こえていた。
時人の背を見ながら、違ってほしいと願った。すぐに振り返って、また私に笑い顔を見せてほしいと願った。祈るような思いで時人の背中を見つめた。しかし、時人はなかなか振り返らずその場に立ち尽くしていた。そんな時人を見ていると、自然と今までの時人の言葉が蘇ってきた。
『私の名前は時人。この世界は、夢幻郷。ようこそ、夢幻郷へ』
――初めて夢幻郷へ来たときの言葉だったよね。
『まず、どうして浮くことができるのかと言いますと、私はこの夢幻郷の住人だからです』
――住人。その言葉の意味がわからなかった。
『ほんと……早く来夢さんと会えばよかった。もしかしたら、私は夢よりも現実を見ていたのかもしれない』
――本当にわからなかった?
『来夢さんはわからないと思いますが、この夢幻郷では時間は存在しません。皆さんの意識でできている世界ですので、時間が存在し得ないのです』
――私は……本当の意味を知りたくなかったんじゃないの?
『これ以上来夢さんと一緒にいると、持ってはいけない感情が出てきていることに気づいたんです。絶対に持ってはいけなかった……』
――もし……そうだとしたなら、不可解だった時人の言葉が……。
『思いを告げることができなかった悔しさ。自分の知らないところで、好きな人が他の誰かと一緒にいる悲しさ。そういう気持ちが……わかるから』
――一つの意味を成す。
『……私は夢の人。来夢さんは現の人。それは私にとって悲しい現実です』
――時人は……。
はっとして正気に戻ると、いつの間にか時人はこちらを向いていた。視線を下向きに、どこか暗い表情だ。そんな時人をじっと見つめた。
時人からどんな言葉が出てくるのだろう。そう思うと、怖くて耳を塞ぎたくなってくる。もしかしたら笑って誤魔化すのかもしれない、そんなわずかな希望を頼りになんとか時人を見つめる。そして、時人はゆっくりと重い口を開いた。
「……ママレード、ですか。そういう店もありましたね」
目を閉じ大きく息を吐いた。少し間を開けると、すっと視線を上げ私をまっすぐ見つめる。
「来夢さん。その写真を見てしまったのなら……言い訳できません。私はもうあなたに嘘をつきたくない」
再び目を閉じた。そして、決心したようにすっと目を開けると私の瞳を捉えた。
「私の現実での最後の記憶は……今現在の時間よりも三十年前、病室のベッドで横たわっている記憶です」
「さ、三十年前……病室……ど、どういうこと?」
搾り出すように声を出した。その声が震える。声だけではなく、全身が震えているような感覚だった。時人は悲しい表情で言葉を続けた。
「私は……病に倒れずっと入院していました。毎日つらい治療生活。それに耐えられなくなりこの夢幻郷の住人となったのです」
「じゃ、じゃああの写真の男子って……」
「あれは私です。当時高校生でした。……夢幻郷に来ると歳を取ることなく、そのままの状態を維持するんです」
頭が真っ白になっていく。思っていたことが、時人の口から出てくる。
「私は三十年前に生きていた者なんです。ですから……私の実体はすでにないでしょう」
「……じ、実体がないって……どういうこと?」
「つまり……現実の世界に戻っても身体がないんです」
私の鼓動が激しくなる。時人は悲しげに微笑んだ。
「私は死んでしまっているんです」
私は首を何度も横に振った。振りながらゆっくりと後ずさりをする。
「……嘘よ。ねぇ嘘でしょ、そう言ってよ」
笑って誤魔化してしまいたいと思った。今までの時人との思い出が走馬灯のように駆け巡る。時人の悲しげな眼差しに、涙がこみ上げてくる。
「来夢……さん」
時人はゆっくりと窓に近づいてきた。嘘をついている雰囲気は漂っていない。その雰囲気がつらかった。笑って、また嘘だと言ってほしい。
私は時人に背を向け、一気にベッドまで行くと、眠る私に触れた。
「ら、来夢!」
窓のほうから時人の叫ぶ声が聞こえたが、振り向かなかった。
――嘘よ……いやだ。信じたくない。信じられない。
時人の言葉から逃げた。耐えられなかった。私の意識は現実の世界へと戻っていった。