【夢】21.仲違い
ゆっくりと目を開けた。暗い空間に初めてほっとした。どうにも時人の言葉が気になってしょうがない。
――来ることができないようにするって……どうして。
立っていると落ち着かず、部屋の中をうろうろとした。すると、開けっ放しにしている窓の向こうに淡い光りが見えた。思わず窓枠に手をかけた。
「時人!」
そこには空にぷかぷかと浮いて立っている時人がいた。時人もこちらに気づき手を軽く手をあげた。
「昨日あんなこと言ったから、また姿見せないかと思ったじゃない」
「……来夢さんに確認と報告したいことがありまして」
そう言うと、あぐらをかく格好になった。真剣な表情だった。
「嫌がらせはどうなりました?」
「……なくなってないけど、クラブでのデマはみんなと話したら解決したよ」
「そうですか。ひとまずよかった。……来夢さんと別れたあと、亀田冷子さん、山田美加さん、江口未希さんの三人の夢に侵入したんです」
ふと、あの三人組が最悪やらリアルやらと言っていた場面を思い出した。
「そ、そうだったの」
「……あと、夢に侵入して新たにわかったことがあります。たぶん、来夢さんはご存知ないでしょうから」
真剣なまなざしで見つめてくる時人。緊張感がこちらにも伝わってくる感じがした。
「亀田冷子さんですが、池口勝さんが好きのようです」
拍子抜けしてしまった。思わず肩ががっくりと落ちた。
「そのことかぁ。知ってるよ」
「え?」
時人は驚いた表情をした。しかし、私はさほど気にならず、亀田さんというワードでふと思い出したことを口にした。
「……そうそう、亀田さんがクラブの子たちにデマ流したらしいのよ。全く……」
八つ当たりもいいとこだ。どうして私なのかはさだかではないが、迷惑な話だ。思わずため息が出てきた。しかし、時人はその話を聞いていないかのように驚いた表情を崩さなかった。
「知っていたんですか、来夢さん」
「え?亀田さんが池口のことを好きなこと?知ってたけど……どうしたの」
「……なるほど。かわいそうに」
「えっ」
うつむき加減に時人は小さな声でそう言った。
「……夢に侵入するとその人の近況のことばかりだけではなく、気持ちまで伝わってきます」
顔を上げた時人の顔は、少し怒っているかのように厳しい表情だった。
「前に来夢さんの夢を覗かせていただいたとき、香織さんと池口勝さんが付き合っていることは知っていました。それはいいと思います」
いつになく強い口調だった。さらに時人は続けた。
「付き合っていると知った亀田冷子さんの心は、悲しみと嫉妬と怒りで渦巻いていました」
「悲しみと嫉妬と怒り……。でも、池口が好きだったのは香織だったのよ。仕方ないじゃない」
「……来夢さん。その感情の中の怒りはあなたへと向けられているものです」
「わ、私?」
予想外の答えに思わず声が上擦った。時人はうなづいた。一つ息を吐くと再び口を開いた。
「嫌がらせに関しては、亀田冷子さんをかばうつもりはありません。ですが、来夢さんが亀田冷子さんの気持ちを知った上で二人をくっつけようとした行動は理解しかねます」
少し眉間に皺を寄せ、険しい表情だった。さらに続けた。
「以前、亀田冷子さんは香織さんに対し牽制をしたようですね。嫌がらせもその牽制の一部だったようです。……今はそれが良い行動だったのかは置いておきます」
ゆっくりと時人は立ち上がる。
「ですが、休み明けに突然の交際宣言。……亀田冷子さんの心は大きく乱れます。そして間もなく、クラスの人から休日にドリームフィールドパークで四人を見かけたという話を聞きます」
「四人って……香織と池口と新拓さんと私のこと?」
「えぇ」
立ち上がった時人は少し窓のほうへ近づいた。手を伸ばせば届く距離にいる。
「二人が仲良く歩いているのを見た、それを聞いた亀田冷子さんは傷つきます。どうして付き合うのか、私の気持ちを知っていて付き合うのか、私への当て付けなのか……。池口勝さんが香織さんと付き合うことになってしまったことへの悲しみ。そして、香織さんへの嫉妬……話を聞いた直後の亀田冷子さんの心は乱れていました。しかし、二人を結びつけようとした人が来夢さんだと聞いたとき、怒りが一気に沸き起こります。……自分に振り向いてくれなかった池口勝さんでもなく、好きな人を奪った香織さんでもなく……怒りの矛先は来夢さんへと向いたのです。なぜ、関係のない来夢さんなのか不思議でしたが……話を聞いてなんとなく理解できました」
伏目がちに時人は黙っていた。何か考え込んでいるようにも見えた。その沈黙に耐えられず私は重い口を開いた。
「……私が亀田さんの気持ちを知っておきながら、二人をくっつけようとしたから?だから私に嫌がらせをしたってことなの。……悪いけど、私には理解できない」
そう私が言うと、ゆっくりと目線を私に戻した。
「どうしてですか」
怒ったような、冷たい目だった。私も時人の考えが理解できず、どんどんと頭の中が熱くなっていく。
「どうしてって……好きだからって理由で香織に嫌がらせしていいわけ?最初にノートやら手紙で香織に嫌がらせしてきたのは向こうよ。しかも、そのことで傷ついた香織をみんなの前に晒して、最後は自作自演だとみんなに思い込ませて私たちをクラスののけ者にして……。そんなこと許してもいいわけ?」
時人は表情を変えずに、ただ私の言うことを聞いていた。
「私は池口の様子と香織の態度を見てたら、お互い好き合ってるんじゃないかなって思ってドリームフィールドパークに誘ったのよ?それが勘違いだったら悪かったけど、結果的に付き合うようになったからいいじゃない。池口はずっと香織のことを見ていたのよ。このことは間違いないわよ。その二人を結びつける私が間違ってるの?だから怒りの矛先を向けられなきゃいけないの?それってただの逆恨みじゃない」
時人はゆっくりと口を開いた。言葉を選ぶように。
「……逆恨みではない、と私は思います」
「じゃあ何なのよ」
「それは……直接亀田冷子さんに聞くべきです。これ以上、私の口からは何も言えません」
また流れる沈黙。時人は黙ったまま私を見つめている。私はわけがわからなかった。なぜ今更、亀田さんをかばうのか。窓枠を掴む手に力が入る。
「何なのよ……私への嫌がらせをやめさせるんじゃなかったの?まさか、昨日のあの態度も言ったことも全部嘘だったってこと?」
すると、時人ははっとした顔になった。
「違います!あれは嘘なんかじゃ……」
「じゃあなんで今更亀田さんをかばうような言い方するのよ!」
勢いで口を開こうとしていた時人だったが、それをやめ落ち着くように大きく深呼吸をした。
「……本当に嫌がらせを終わらせようと思って、三人の夢の中に侵入し、夢を作り上げました。嘘なんかじゃありません」
「だったら何で亀田さんのことをかばうのよ!」
すると、時人はうつむき少し間を空けた。そして息を吐きゆっくりと顔をあげた。
「思いを告げることができなかった悔しさ。自分の知らないところで、好きな人が他の誰かと一緒にいる悲しさ。そういう気持ちが……わかるから」
悲しげな顔だった。いつの間にか目の前に立っている時人だったが、またゆっくりと後退していく。
「前に言ったように、嘘をついたお詫びとして来夢さんの嫌がらせは必ずやめさせます。しかし、亀田冷子さんの気持ちを知ってしまい、これ以上悪夢を見せることを躊躇しているのも事実です」
時人はそう言うと申し訳なさそうに目線を下げている。少しずつだが窓から離れていく。
「……何度か悪夢を三人に見せればきっと嫌がらせはなくなるでしょう。ですが、その前に一度亀田冷子さんと直接話をしてほしいんです」
真っ暗な空間の中、淡い光を放っている時人だけが浮かび上がっているかのように見える。
「話をしても嫌がらせがなくならないようでしたら、再び私が夢に侵入します。来夢さんを助けたいと思うのは本当です。ですが、どうしてあんなことをしたのか、本当の気持ちは何なのかを聞いてみてください」
「ちょ、ちょっと時人!」
どんどん離れていく。思わず手を伸ばしたがもう遅かった。
「……私は夢の人。来夢さんは現の人。それは私にとって悲しい現実です」
ぽつんと浮かんでいる時人。真っ黒なキャンパスに、ただ一人時人は立っている。その姿はどこか寂しい。
「現の人である来夢さんは、きっと私なんかの力を借りずとも解決できますよ。しかしそれでも……私は来夢さんの味方です」
そう言うと手を振り、どこかへと飛んでいってしまった。
時人が消えた直後、現実へと誘われた。
お読みいただきましてありがとうございます。更新が遅れてしまい申し訳ございませんでした。
最近、この作品に自信がなくなってしまってずっと読み返していました……。自分で言うのもなんですが、【現】と【夢】が交互に来ると話がぶちぶち切れていますね(泣)皆様が内容を理解していただけているのかものすごく不安です……。
今更やり方を変えるのも遅いのでこのままでやらせていただきます、申し訳ございません。
完結できるように頑張りたいと思います。どうかお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。