【現】1.前触れ
私、木元来夢が住む坂都市は海に近い都市で、人口も多い。しかし、私が通う市立坂都高等学校は郊外にあり近くにある高いビルは数えるほどしかない。車が通る数も少なかったものの、この春オープンした“ドリームフィールドパーク”という大型のテーマパークのおかげで多く人を見かけるようになった。行ってみたいのは山々なのだが、高校2年に進級し、所属しているソフトボール部の活動がますます忙しくなっている。朝から夜までずっと練習だった春休みは、体力に自信のある私でも少々きつく、休みの日は家で熟睡してしまっていた。どんな春休みだったかと聞かれると、クラブか寝ていた、としか答えられそうになかったが、春休み以降、人に言うと笑われそうな体験をしている。
◇ ◇
朝練が終わると急いで着替えて、SHRが行われる2年1組の教室へ息を切らしながらもなんとか到着した。
――八時二十五分。我ながら、余裕の時間。
じんわりとおでこに滲む汗をタオルで拭いながら、自分の席に座った。
「おはよ、らむ」
席に着くと、すぐさま静山香織が声をかけてきてくれた。
「おはよ、香織。って、らむって言われると某漫画のキャラクターがどうしても浮かぶんだよね。らむって呼ぶの香織だけだよ?」
「いいのいいの。全然おかしくないもの。それに、呼んでいるのが私だけなら、なんか特別みたいでいいなぁ」
ふふっとニコニコしながら笑うこの女の子は、私の大親友の香織。身長165cm、背中の真ん中辺りまで伸びている艶のある髪、身長の割りに小さな顔、スタイル抜群の身体、おまけに学年トップの頭脳。学年の中では一番有名人で、男女問わずナンバーワンの人気者らしい。……そんな人の友達である私はちょっと鼻が高い。
「今日もクラブあるの?なんか日を追うごとに日焼けしているように見えるよ」
じーっとぱっちりとした目で香織が私の顔を観察する。
「あるよ、毎日。一応日焼け止め塗っているんだけど、効かないのかなぁ。春休みちょっと油断しちゃったかなぁ」
「春の紫外線は強いらしいよ。そういえば、春休みはクラブか寝ていたことしかないってらむ言ってたね」
時計を見ると数分でチャイムが鳴りそうだ。言おうか言うまいか悩み、少し間を空けた。視線が泳いでいたのか、その様子を見た香織が首をかしげた。
「どうしたの?なにか忘れ物したの?」
「いや、あー、どうしようかな。言ったら笑われそうだなぁ。でも聞いてほしいな」
「なに、もったいぶって。逆に気になっちゃうんだけど」
「じゃ、じゃあ聞いてくれる?!あのね……」
思わず頬が緩み話を始めようとした瞬間、二人の間に男子の声が割って入ってきた。
「おい」
声のする真横を見ると、坊主頭で香織よりも背の高い男子が私を睨みつけている。
「池口くん。おはよう」
そんな様子を気づいているのか気づいていないのか、香織は普段どおりに挨拶をした。予想外の挨拶だったのか、睨みつけていた視線をはずした。すると、照れくさそうに下向き加減で、似合わない小さな声で「っちす」と言った。
「なによ、いきなり」
そう言った私に対し、この坊主頭は再び私を睨みつけた。こいつは池口勝。坊主頭が語っているように野球部員。日焼けは私よりもひどいが、その割には整った顔をしているのでそこそこ人気者らしい。おまけにクラスの学級委員までやっているので、ますます人気に火がついている。が、私はこいつのどこのいいのか理解できない。
「おまえ、グランド整備に使うトンボ、勝手に野球部のやつを使っただろ」
「え。……あ、そういえば拝借したような。それがどうかしたの?」
「おまえが使ったあと、誰が気づいて誰が後始末したと思う?」
池口の様子から、答えを聞くまでもない。きっと池口が片付けたのだろう。野球部とソフトボール部のグランドは隣同士で、よくお互いのボールが行き交う。そのたびに返しているのだが、なぜかその時に私と池口はよく顔あわせとなる。その結果よく教室でも口げんかをしてしまう。
「ごめんごめん。片付けてくれたんでしょ?サンキュー」
ひとまず笑ってごまかした。すると丁度チャイムが鳴った。睨んでいた池口だったが、ため息を漏らしさっさと自分の席へと戻っていった。
「らむ。らむが言いかけた話、昼休みに聞かせてね」
「あ、うん。もちろん」
自分の席に戻りながら、長い髪を揺らし手を振る香織に、私も手を振りかえした。
眠い授業を必死に耐え、待ちに待った昼休みとなった。授業が終わると同時にかばんから弁当を取り出し、香織の席へと向かう。香織は手に財布を持ち、二人一緒に食堂へと行く。私は1年のときから自宅から弁当を持参しているが、香織は売店でパンかおにぎりを買っている。そしてそのまま食堂の外にあるベンチに適当に座り、昼食を食べるのが私たちの日課となった。
「……リアルな夢を見る?」
口を動かしていた香織だったが驚いたのか笑ったのか、苦しそうにむせ始めた。
「そうなの。なんだか、夢の中にもう一つの街があるみたいに、もうすっごいリアルなの!……大丈夫?」
咳が止まったの見計らい、香織はペットボトルの口を開け一口飲んだ。
「……どんな話かと思ったら夢っていうから、なんだか拍子抜けしちゃって驚いちゃった」
「ま、まぁ言っても笑われるって思ってたけど。でも、一日だけならともかくここの所毎日同じ夢なんだよね」
香織は小さな口で、先ほど売店でかったカレーパンをおいしそうに食べている。
「ちなみに、どんな……夢なの?」
そう言われてご飯を運んでいた箸を止めた。いつも見る夢を思い出してみた。
「とにかくこの周辺の街そのままなの。だけどね、誰もいなくて私一人きり。で、毎回毎回誰かいないのか探している夢」
「そうなの」
あまり興味が沸かないのか、ペットボトルを再び開けぐびぐびと飲んでいた。
「……ま、あまり気にしなくてもいいんじゃないのかな。きっと偶然だよ」
「うん、そうだよね」
私は残っていたご飯を再び口へと運んだ。
クラブが終わるのは、いつも日が沈んだあとだ。たまに寄り道をするが、今日はまっすぐ家へと帰った。夕ご飯とお風呂を済ませ、部屋に戻るとベッドの上に倒れこんだ。疲れがたまっている身体に、さらに蓄積されていくクラブでの疲労。目を閉じると、数分も掛からないうちに深い眠りへと誘われた。