その発言はムチャクチャです
亜麻色の髪の中に遠慮がちに指を入れ、おずおずと自分の方へ引き寄せる。
カリンは目を閉じたまま。加えて抵抗は一切無しだ。
……ということは、いいんですか!? いいんですね!?
でもこの後一体どうすれば!? 女の子とキスするなんて初めてだから、どうやったら自然にできるのかわからないよ!
と、とりあえず唇を押し付ければいいんだよね!? ホントーにやっちゃっていいんだよね!? まさかキスした後で怒り出したり、とかしないよね!?
……うぅ、ヘタレMAXだ。カッコ悪いなぁ。両腕に不自然な力が入り、ついつい漫画チックなタコのように唇が突き出し気味になってしまう。
「早く…して」
カリンが薄く目を開けて呟く。
ややややっぱりキスしていいんだ!! ブレーキをかけ気味だった気持ちが一気に開放される。
僕も急いで目を閉じた。視界はすぐに真っ暗になったけど、たった今まで見つめていたカリンの唇の位置はすでに把握している。見えなくたって全く問題は無い。落下中だけどノープロブレム、大丈夫だ。
思い切って顔を近づけると僕の心臓が刻むビートがあまりにも激しすぎて、こめかみがドクンドクンと強く脈打っているのが分かった。
── そして僕の唇の先端にカリンの唇が触れる直前。
「わぁぁぁああああ!?」
「きゃあっ!?」
僕達二人の身体が一気に上昇をし始める。落下速度と同じぐらいのスピードで。
そしてあっという間に飛び降りたスタート地点の高さにまで強制的に身体を引き戻された。
宙づり状態でガケの上に目をやると、そこで腕組みをし、勇ましく仁王立ちしていたのはやはりあの猫目のバイオレンス少女──、
「よっしゃあ! 来たなエロタイセー!!」
―― マツリ・テンマだった。
どうやら得意のテレキネシスを使って、僕らを大間のマグロ一本釣りを彷彿させるような豪快さでここまで一気に引き上げたらしい。
「わわあああっ!」
僕らを釣り上げた後、なぜかテンマさんは急に僕に向けていた力を解除してしまったので、僕の身体はまたガケ下に落ちかける。しかしすかさずカリンがテンマさんの代わりにテレキネシスを使い、僕の身体を支えてくれた。
「大丈夫タイセー?」
「う、うん。ありがとうカリン」
「私が支えてるから安心してちょうだい」
カリンは空中でクルリと体勢を変え、上空からテンマさんを鋭い視線で射抜く。
「まだ懲りてないようねマツリ。私とタイセーの甘いひと時を邪魔した罪は重いわよ。覚悟はできてるんでしょうね……?」
ものすごく冷静な声。だけど僕には分かる。これはかなり怒ってる状態と見て間違いないです。
「フン、そんな偉そうな口をきけるのも今のうちだぜ!! さっきは負けたが今度はあたしが勝つ!!」
つい先ほどPSIバトルでカリンに負けてしまったというのにテンマさんは自信満々だ。猫のような目を光らせ、威勢のいい勝ちどきを上げる。
「今のあんたをあたしが全力で吹っ飛ばしたらどうなるか、分かるだろ!?」
カリンがハッとした表情を見せた。
そ、そうか! 今のカリンは自分だけじゃなく僕にも力を使っている! そこに念動力の得意なテンマさんが全力でカリンを攻撃したら、きっとカリンは自分をガードするPSIの力が足りなくて……!
ダメだ! 僕のせいでカリンを危険な目になんて遭わせられないよ!
「カリン! 僕に力を使っちゃダメだ! すぐに解いて!」
僕がそう叫ぶと、カリンが驚いた顔を見せる。
「そんなことしたらタイセーが落ちちゃうじゃない!」
「僕なら大丈夫! きっとイブキ先生が助けてくれるよ!」
そうさ、最悪の保険として下にはマットも引いてある! なんとかなるさ!
「嫌よ! イブキ先生に任せるなんて!」
カリンは強く首を横に振る。
「僕だって嫌だよ! 僕のせいでカリンに何かあったらたまらないよ!」
「タイセー……」
顔を伏せたカリンの肩が小さく震えてる。
……あれ、もしかして感動してる? ちょっとカッコつけすぎちゃったかな……。そもそも僕が劣等生なのが全ての元凶なのに。
「……イヤよ」
カリンが静かに顔を上げる。
「だって、タイセーを守るのはあなたを好きな私の役目だもん……。他の誰かにその役を渡すなんて絶対にイヤよ……!」
う、カリンが涙目になってる!
というか今にも泣きそうな顔でそんな健気な事を言われたら、思わず胸がキュンとしてしまいます。
「そ、そういう問題じゃないだろ!? いいから早く僕を落として!!」
そう叫んだ時、視界の端でテンマさんが動くのが見えた。マズい!!
「テンマさんっ止めっ」
「きゃああああああああっっ!!!」
僕が最後まで言い切る前に悲鳴が響き、カリンの華奢な身体が森林の方へと吹っ飛ばされていく。テンマさんの直撃を喰らったんだ!!
「カリーン!!!」
必死に名前を呼んだけど、カリンの姿は見えなくなってしまった。でも僕の身体はまだ同じ位置で浮いている。……ということはカリンは吹っ飛ばされながらもまだ僕に力を使っているということ……?
なんでだよ!? なんでそこまで!? 止めてよカリン!! 僕のことなんかいいから早く自分をガードしてよ!!
「ははっやったぜ!! ざまーみろ!!」
ガケの上でテンマさんが嬉しそうに飛び跳ねている。そして僕の身体はゆっくりと降下を始めていた。これはきっと僕らの距離が離れたしまったせいでカリンの能力が徐徐に僕に届かなくなってる証拠だ。
「おっと待ちな! お前はこっちだ!」
真下へと少しずつ降下し始めていた僕は襟首をぐいと掴まれたような状態で再びテンマさんに引き上げられる。そしてテンマさんは僕を自分の前にドサリと降ろすと、「いいかエロタイセー!」と鼻高々な様子でとんでもない事を言い出し始めた。
「あたしはお前がキライだ!! だがあの取り澄ました転校生はもっとキライだ!! だからあの女に勝つためにあたしと付き合え!! いいな!?」
唖然として言葉が出ない。
生まれてこの方15年、嫌いだと言われた直後に付き合おうなんて告白されたのは初めてだったから。