こんな僕でも、支えてくれる人たちがいるみたいです 【 4 】
動揺をなんとか押し隠し、突然屋上に現れたヤマダさんを見る。
だけど彼女と視線が合った瞬間に反射的に目を逸らしてしまった。そんな僕の不自然な動きがヤマダさんを不安にさせたみたいだ。
「イセジマくん、どうしてこんなところにいるの……?」
「そっそれはこっちの台詞だよ! ヤマダさんこそなんでここにいるのさ!?」
あぁダメだ。この娘を過剰に意識しすぎているせいでどうしてもつっけんどんな態度になってしまう。たぶんヤマダさんから見れば、僕が気分を害しているように映っていることだろう。
そんな僕の冷たい態度に戸惑いながらもヤマダさんがここへ来た理由を話してくれる。
「イセジマくんのケガが心配で、あなたが教室を出て行った後にこっそり予知をしてみたの。そしたら救護室にいるはずのイセジマくんがここに一人で立っている光景が視えたから、それでつい教室を抜け出しちゃったの」
そうだ、この娘って予知の能力があったんだった。
でもほんの少し先の出来事しかまだ予知できないってクラスの誰かが噂話していたのを聞いた事がある。
「あ、頬の傷、治してもらったのね? 良かった。メディカルルームに行ってないのかと思ったわ」
紅い傷跡が消えている左頬を見て、ヤマダさんが少しホッとしたように微笑む。でも僕の左手にまだ傷跡が残っているのを目ざとく見つけ、
「あら? でもそっちの手はまだケガしてる……」
と不思議そうに首を傾げた。
「どうして手は治してもらわなかったの?」
「グラウンドで怪我人が出てケアスタッフの人に緊急召集がかかったからだよっ」
「そうだったの……。私が治してあげられたらいいんだけど、私は治癒系の能力が上手くないの。ごめんなさい」
「べっ別にヤマダさんが謝る事じゃないよっ! 後でまた治してもらいに行くつもりだしっ」
「えぇその方がいいわ。でもどうして教室に戻らないでこんなところにいたの?」
「そっ、そんなのヤマダさんには関係ないだろ!?」
どこまでも素っ気無い僕に、ヤマダさんの表情が悲しげに曇った。ヤマダさんは少しの間黙ったあと、小声で僕に告げる。
「イセジマくん、昨日の事、怒ってる……?」
「な、なんで!? 怒るような事ヤマダさんは何もしてないじゃん!」
「私が昨日あなたに好きって言ったから、それが迷惑で怒ってるんじゃ……」
「違うよ! そんなんじゃない!」
「じゃあどうしてずっと私から目を逸らすの……?」
ヤマダさんが僕に近づいてくる。
でもその歩調はとても遠慮がちだ。まるで二歩進んだら三歩下がるぐらいのためらいの足取り。
だけどそんなヤマダさんの心情が、ヘタレな僕には誰よりも理解できる。
自分に自信がないから。
相手に拒絶されるのが怖いから。
……僕らは、似た者同士なのかもしれない。
「私、昨日イセジマくんにあんなことを言う気はなかったの。でもお姉さんたちやイセジマくんにたくさん親切にしてもらったのがとっても嬉しくって、それで帰りの車でイセジマくんと隣同士に座らせてもらっている内にあなたを好きだって気持ちがどんどん膨らんできて、それでつい……」
不安をその動きにいっぱい滲ませながらも、ヤマダさんは一生懸命喋る。
「私、最初はあなたのことを可哀想な人だって思ってた」
……僕が可哀想な人?
それは僕が落ちこぼれだから?
PSIが使えないことをこの娘にまで見下されていたのかと思うと予想以上のショックが身体を襲ってきた。思わず唇を噛み締める。
だけど僕は自嘲気味に口元を歪め、「どうしてさ?」と分かりきっている答えをわざとヤマダさんに尋ねた。
魅かれている相手にわざわざトドメを刺してもらいにいくなんて物好きにもほどがあるけど、でもそうすることでこの娘への感情がマイナスの方向に変わるかもしれない、そう思ったからだ。
「私、最初はイセジマくんのこと、マツリさんに毎日苛められてばかりですごく可哀想って思ってたの。でもあなたはマツリさんに苛められても一切抵抗しないでずっと耐えていたでしょ? それなのに決してマツリさんの言いなりにもならなかった。そんなイセジマくんを見ているうちになんて我慢強い人なんだろうって思うようになって、だんだんとあなたを可哀想って思う気持ちが無くなっていったの」
ヤマダさんの艶やかな黒髪が屋上を吹き抜ける風でゆったりと大きく舞う。
「そしていつの間にかイセジマくんのことを好きになってた。でもあなたのことが好きなのにマツリさんが怖くて見てみぬふりをしている自分が、あなたを助けられない臆病な自分がとても嫌だった」
僕を好きになった理由をヤマダさんが淡々と、だけど真っ直ぐな瞳で、そしてとても真剣な表情で、一生懸命語る。
昨日シヅル姉さんの車の中でたった一言「好き」と言われた時より、もっともっと深い部分にまで心に響いてきた。
「私はカリンさんみたいに優れた能力は無いけど、でもまたイセジマくんが困るようなことが起きたら私もあなたを助けたい。ううん、今度は私が助けたいの。カリンさんもイセジマくんのことが好きかもしれないけど、私もあなたが好き。だから私も見て。断ってくれてもいい。でもちゃんと私を見てから、私のことをもっと知ってからにしてほしいの」
……僕はバカだ。
「どうしてさ?」なんて聞かなければよかった。
息の根を止めてもらうどころか、感情は逆の方向にまた増え出してきている。
「好きよイセジマくん」
後悔している僕にヤマダさんが更に近づく。
今までは無理やり目線を逸らせていたけど、勇気を振り絞って二度目の告白をしてくれるヤマダさんからもう目が離せない。
頬を紅く染めてヤマダさんが僕の前ににじり寄ってくる。
カリンが好きなのかこの娘が好きなのかをまだ見極められていないヘタレな僕は、反射的に後ずさる。
「うわっ!?」
足がもつれ、みっともなくその場に尻餅をついてしまった僕の前にヤマダさんがかがみ込んできた。
少し先には恥ずかしそうに微笑むヤマダさんの顔。
その笑顔を前に思わずゴクリと生唾を飲む。
「こっ…」
来ないでよ、と言うつもりだったのに、それは言葉となる前に口の中で消えていった。
ヤマダさんが遠慮がちに顔を近づけてくる。
水に濡れたような彼女の瞳の中に、パニックになりかけている僕が無様に映る。
僕が逆方向に身をよじらせたりこの娘の肩を掴んで跳ね除けなければ、恐らくあと数秒後に僕らはお互いの口と口を合わせてしまうことになるだろう。
── いっそのこと、PSIで身体を完全に拘束してほしいと思った。
そうすれば “ 逃げたくても身体が全然動かなかったから ” 、というズルくて卑怯な言い訳ができるから。
でもヤマダさんは一切超能力を使ってこない。
コダチさんの時とは違い、手も口も顔も身体も、僕の思い通りに動くようになっている。
ヤマダさんのキスを受け入れるのかそれとも拒絶するのか、すべては僕が自分の意志で決めなければならなくなっている。僕はまだ自分の気持ちを見極め切れていないのに……!
彼女の長い黒髪がフワリと僕の身体に触れる。
ヤマダさんがつけている香水の匂いが今ははっきりと分かる。
「あなたが大好き」
ヤマダさんが僕を見て笑う。
今にも顔が触れそうなぐらいにまで近づき、すごく嬉しそうに笑う。
しばらくの間、僕らはどちらも動かなかった。
── そしてヤマダさんが僕から少し身を離した時、僕がフルリアナスの女の子とキスした人数が、また一人、増えていた。