こんな僕でも、支えてくれる人たちがいるみたいです 【 5 】
……最低だ。
自己嫌悪で気分が悪くなる。
結局ヤマダさんのキスを受け入れてしまった。
僕はカリンが好きなのに。カリンだって好きなのに。
だけどヤマダさんとのキスがとっくに終わった今も、僕の心臓はものすごいスピードで、自分でも驚くぐらいのスピードで、ずっと激しい鼓動を打ち続けている。
一人の人間が一生で刻む心臓の脈動数は大体決まっているらしいから、きっと今の僕は何日か分の寿命を早送りしてしまっていることだろう。
……コシミズさん、さっきは八つ当たりをしてごめん。君の言ったことは本当だったよ。
モリ・イブキ先生に、クルミ・カシムラ、そしてランコ・コダチ。
この三人にキスされた時、ビックリはしたけれど、僕の心臓はここまで狂ったような動きはしなかった。
屋上のコンクリートの上に座り込み、僕の胸にぴったりと顔を寄せているナナセ・ヤマダをそっと見下ろす。
……僕はこの娘が好きなんだ。カリンと同じくらい好きなんだ。
だけど、カリンとヤマダさん。
僕の中でこの二人の女の子に対する思いには決定的な違いが一つある。
今、それがはっきりと分かった。
── 僕が守りたいと思う女の子はカリン・タカツキだ。
幼い頃はカリンを守れなかった。だからこそ今度こそカリンを守ってあげたい。
例えカリンがもう自分で自分の身を守れるようになっているとしても、
すぐ側に有能で勇敢で美形な従者さんがいたとしても、
そして自分が救いようのない落ちこぼれでも、
それでも僕が守りたいと思う女の子は、ちょっぴり高飛車で強気な性格の、亜麻色の髪をした強烈な目力を持ったあのお嬢様なんだ。
……だから、言わなくちゃ。
眼鏡をかけた、おっとりしていて笑顔がとってもあったかいこの女の子に。
顔を見て伝える勇気がないのでヤマダさんを抱きしめる。
「ヤマダさん、僕、ヤマダさんのことが好きだよ。でっでも…」
口の中が砂漠のようにカラカラに乾いている。
そのせいで次に言わなければならない言葉がスムーズに出てこない。
── 本音はヤマダさんを拒絶したくなくて、
この娘にずっと好かれたままでいたくて、
そのせいでこの先を言い淀んでいるだけなんじゃないか?
ふとそんな考えが頭の中をよぎる。卑怯な僕なら充分にありえることだ。
「でも僕が一番好きなのはカリン・タカツキなんだ」
その告白を言い終えた後、ちゃんと伝える事ができた達成感と、何かがすっぽりと抜け落ちてしまった虚脱感が同時に身体を襲う。
僕の告白を聞いたヤマダさんは何も言わなかった。
ただ僕が抱きしめている力以上にその細い腕にぎゅっと力をこめて抱きついてくる。その想いに応えるように僕もヤマダさんを全力で抱きしめた。
きっと、この娘とこうして抱き合うのはこれが最初で最後になるんだろう。でもこの娘を好きな気持ちだけは絶対に忘れたくなかった。
抱きしめていた腕をゆっくりと外しかけた時、ヤマダさんがまるですがりつくようにきつく抱きついてくる。
「それでも私はイセジマくんが好き……」
え……? こ、これって本当に現実なんだろうか……?
白昼夢を見ているようだ。
「はいはい! 二人ともそこまでよ~?」
第三者の声が僕らの間に割り込む。
いつの間にか一時間目の授業が終っていたようだ。昨日屋上に僕を探しに来た時とまったく同じ位置からイブキ先生が僕らを見ている。一瞬、本気で昨日にタイムスリップしたのかと思った。
「二人で仲良く授業をサボって、しかもこーんなところで抱き合って、一体何をしてたのかなぁ~?」
イブキ先生はとってもにこやかに話しかけてくる。
だけど昨日の夜叉モードを一度目にしてしまった僕としては恐怖を感じていた。その証拠にイブキ先生が手にしている丸めたノート、先生がこちらに近づくごとにミリミリを音を立ててひしゃげていってます……!
「ヤマダさん、あなたクラス委員長でしょ? 委員長が授業をサボって男の子とこんなことしてるなんてクラスの子達にも示しがつかないと思うけど?」
「す、すみません……」
「事実関係ははっきりさせときましょうか。処罰の関係もあるしね」
イブキ先生が僕らの前にまで来る。
先生は立っていて僕らはコンクリートの上に座り込んでいるから、身に感じる威圧感がハンパ無い。
「ねぇヤマダさん、あなたさっきお手洗いに行きたいって教室を出て行ったわよね。でも実際はこんなところでタイセーくんと抱き合ってる。初めからここに来る気だったって思っていいのかしら?」
「は、はい……」
「そ。じゃあタイセーくんは行っていいわ。さ、ヤマダさんいらっしゃい。職員室で少し話を聞かせてもらうから」
イブキ先生に促されたヤマダさんは僕から身を離し、「はい」と素直に立ち上がる。僕だけお咎めなしになりそうな雰囲気に、慌てて立ち上がった。
「せっ、先生! ちょっと待って下さい! どうしてヤマダさんだけ職員室に連れて行くんですか!?」
「だって昨日はタイセーくんにエッチな濡れ衣を着せちゃったでしょ? だからあなたの今日の処罰は相殺ってことにするわ」
「そっそんなのおかしいですよ! 昨日の事と今日の事は別じゃないですか! ヤマダさんを叱るなら僕も行きます!」
「だってこの原因を作ったのはヤマダさんなんでしょ? 嘘をついて教室を抜け出たヤマダさんがメディカルルームにいたあなたをここに連れ込んで抱きついたんでしょ?」
「違います! 僕は一人でここに来ましたし、最初に抱きしめたのは僕の方です!!」
「あら、そうなの!?」
「いい加減にしてください! 今さら素知らぬフリをしないでくださいよ! 先生は僕らの考えてることや行動を何でも見透かすことができるじゃないですか! さっき僕が教室から出てここに来るまでの間の事だって本当はみんな知ってるはずです! 事実が分かってるのに知らないふりをして聞きだそうとするなんて意地が悪すぎますよ!」
僕のこの剣幕にイブキ先生が少したじろく。
「ね、ねぇタイセーくん、あなた何か勘違いしてない? 私はあなたたち生徒のこと全てを見通せたりはしないわよ?」
「ウソをつかないで下さいっ! 昨日だってコダチさんやカシムラさんが僕を好きになるとか色々言ってたじゃないですか!」
「あーあの事? ……そーね、分かったわ。本当は生徒には言っちゃダメなんだけど、特別にあなた達にだけタネ明かしをしてあげる」
イブキ先生はコホンと咳払いをすると得意げに眼鏡を掛け直す。
「学園から支給されているその名札にはね、ちょっとした細工がしてあるの。生徒が今どこにいるのかを把握するGPS機能や盗聴機能がついているから生徒同士での情報は私たち教師には筒抜けってわけ」
── なんだって!?
「なっ、なんでそんなことするんですか!? それじゃ僕らのプライバシーなんて無いじゃないですか!」
「確かに君たちからすればあまり気持ちのいい話では無いわよね。でも仕方が無いのよ。この学園の生徒は色んな分野のPSI能力に長けている子が集まってるから、学園側としても君たちの動向はある程度把握しておかなければならないの。だってあなたたちのような若い子って好奇心の塊みたいなところがあるじゃない? だから生徒同士で面白半分で禁断能力を試したりしないようにある程度の監視は必要なのよ」
僕とヤマダさんは唖然としてイブキ先生の話を聞いていた。
こんなの、まるで囚人と看守の関係じゃないか!!
「でもね、この機能はフルリアナスの敷地内でのみ働くようになってるわ。だからここを出た後のあなたたちのプライベートに学園は踏み込んでいない。安心して」
ヤマダさんが「安心して、って言われても……」と不安げに呟く。
「証拠っていう訳では無いけど、昨日の体育の時間にタイセーくんとタカツキさんが一時行方不明になったでしょ? あの時私があなたたちをすぐに探し出せなかったのは、あの崖の裏手は敷地外で探知不可能なエリアだったからよ。もし私がなんでも見通せる能力者なら、タイセーくんたちをすぐに見つけられたとは思わない?」
言われてみればそうだ。
そして僕も一つ思い当たる事実があった。
「イブキ先生」
「なーに?」
「昨日の放課後、マツリが先生の所に行きましたよね?」
「テンマさん? えぇ、来たわ」
「その時、自分の用件を先にピタリと言い当てられたってマツリが驚いてたんです。もしかしてそれもこの名札から得ていた情報なんですか?」
「えぇそうよ。タカツキさんとテンマさんが朝にケンカしていたのをそれで事前にキャッチしていたの。でも今は別よ? あなたたちがこの屋上で何をしていたのか、何を話していたのか、たった今まで授業をしていた私は何も知らないの。だからあなたたちに事情を聞いたのよ」
「……分かりました。でも良かったです。僕、先生が現代に甦った魔女だと本気で思ってましたから」
「イヤーね、タイセーくんってば! 先生はそんなに怖いキャラじゃないわよ~?」
……いえ、充分に怖いです……。
その証拠に、さっきから先生が手の中で握りしめているそのノートを見て下さい。
丸めた中央部からうっすらと焦げ臭い煙が断続的に上がってきてるのは決して僕の気のせいではないと思います。
「でもね、授業をサボッたことに関してはやっぱり処罰が必要よ。これはケジメの意味もあるし。そうでしょヤマダさん?」
「はいっ、でもイセジマくんはまだケガの治療が全部終っていないんです! だから処罰は私だけでお願いします!」
「そうね。今回はそうしましょっ」
「お願いしますっ」
あーっ! これじゃヤマダさんだけが怒られちゃうよ!
僕を庇おうとしてくれているヤマダさんに、そんな理不尽なことさせるもんか!
「せ、先生っ、こっちに来て下さい!」
発火発動一歩手前のイブキ先生の手を強引に引っ張り、ヤマダさんから見えない場所にまで連れ込む。
「どしたのタイセーくん?」
「今回だけは見逃してください! お願いです!」
「ん~、でもそういうなぁなぁ的な教育をするのって生徒にとっても良くないと思うのよね~」
「お願いしますイブキ先生!」
「ん~~、どうしよっかなぁぁ~?」
イブキ先生は何かを言いたげな様子で僕をチラチラと見た後、赤い舌をチロリと出してその先端で上唇を小さく舐める。…………なんとなくだけど、すっごく嫌な予感がした。
「そっそれに僕っ、先生に話しがあるんですっ!」
我が身の危険をうっすらと感じたので、話題を変えて強引に場を流すことにする。
「なに?」
「放課後に話そうと思ってましたが今言います! これから毎日僕にPSIを教えてください!」
「フフッ、とうとう言ってきたわね……!」
イブキ先生は勝ち誇った表情を浮かべる。
「真面目なタイセーくんならいつかきっと個人授業をしてくれって言い出すと思ってたわ。だからさっきあなたに放課後に一人で来るようにって言ったのよ」
「はい! お願いします! 僕、どうしてもPSIを使えるようになりたいんです!」
「それはタカツキさんのため?」
「……そ、それもあります」
「それも、じゃないでしょ? 今の目的はそれがほとんどを占めているくせに。でもいいわ。私は何があってもあなたを全力でサポートするって決めてるから。でも特訓の方法については私に一任してもらうわよ?」
「はいっ、よろしくお願いします!!」
── もうここに賭けるしかない。
何としてもここでPSIが使えるようにならないと、僕は先に進めない。
カリンが一番大事でも、超能力が使えない男じゃカリンの側にいる資格がないんだ。
やるぞ!! 絶対にやってやる!!
「あぁいいわ……、何かに必死になっている男の子の姿ってビクビクしちゃう……!」
うわわっ、イブキ先生の目がトロンとし始めてきているぞ!?
先生、あなたもしかして僕に盛ってきてますか!?
「でも今日は職員会議があるから明日からでいいかしら……?」
「もっ、もちろんです!」
僕も放課後レドウォールドさんとの約束があるからちょうど良かった。
「先生のご都合のいい時で結構ですから! あのそれで今回の事は……」
「んっ、いいわっ! 明日からあなたとじっくり個人授業ができるなら今回は特別よ? ヤマダさんの処罰は無しにしてあげるっ」
「あ、ありがとうござ……いいーっ!?」
またほっぺにチューされたああああ!!
ヤマダさんも僕もお咎めなしになって嬉しいけど、イブキ先生、あなた単純すぎですよ! それにケジメが一番ついていないのは先生の方だと思います!
……これ以上この場にいたら本気で狩られそうなのでそれは絶対に言わないけど。




