こんな落ちこぼれにだって多少の意地はあるんです
どうやらさっきの僕の一連の対応がカシムラさんの心の琴線にガッツリと触れたみたいだ。カシムラさんのほわほわとした好意を感じる。
「タイセーくんっ、だぁーい好き!!」
とっても最高の笑顔で僕に飛びついてくるカシムラさん。
不意打ち同然で抱きついてきたのでちょっと驚いたけど、なんとか彼女を下に落とさないで正面からキャッチできた。
「ありがとう。僕もカシムラさんのこと大好きだよ」
……ただし心の妹としてだけど。
ちっちゃい身体をぎゅっと抱きしめると、その柔らかさに驚かされる。
昨日の体育で、ガケ下へのダイブ中にカリンの身体を抱きしめた時もなんて柔らかいんだろうって思ったけど、カシムラさんの柔らかさはカリンとは少し違った柔らかさだ。なんていうか言葉では上手く言えないけど、“ 保護すべき柔らかさ ” って感じがする。だってこんなにちっちゃいんだもん、誰かが守ってあげなくっちゃ。
抱きしめている間、この娘の兄貴になった妄想に思いっきり浸らせてもらっていると、不意にカシムラさんが僕の胸から顔を上げる。
「タイセーくんっ」
「ん?」
顔を向けた途端、ちゅっという音。
「カカッカシムラさんっっ!?」
いいっ今、僕たちもしかしてッ!?
「タイセーくんとキスしちゃったですー!」
明るくサラリと、でもとんでもない事実が僕の耳に飛び込む。
「エヘヘッ、クルミの大胆さに驚いちゃいましたかタイセーくん?」
「こっ、こんなことしちゃダメだよっ!! 兄妹でキスするなんて!!」
「……キョーダイでキス? それ、どういう意味ですか?」
「あわっ!?」
うわわわっヤバいっ! 僕まだ妄想の世界から完全に帰還しきっていませんでしたっ!!
「いいいいやなんでもっ! 本当になんでもないです!!」
犬が水気を弾き飛ばすぐらいの激しさで必死さに首を振り、全力でごまかした。幸い、カシムラさんは少し不思議そうな顔をしただけで深く追求してこなかったので何とか命拾いをする。
あぁ、それよりもフルリアナスの女の子とキスするのこれで三人目だよ……。
決して僕からの積極的な働きかけではないとはいえ、この事実をあのメデューサ様に知られたら、謝る前に必殺のゴルゴンアイで抹殺されそうだ。
「さぁタイセーくん、クルミと一緒に教室に戻りましょ!」
カシムラさんの小さな手が僕の手をキュッとつかむ。しかも繋ぎ方が指を絡め合うあの握り方だったのがさすがだ。きっとカシムラさんの中では先ほどのチューに続いてまだ僕を果敢に攻めているつもりなんだろうな。
「ごめん。僕コシミズさんを探してるんだ。だからもう行かなくっちゃ」
やんわりと断って、さりげなく手を外す。するとそれが不満だったカシムラさんはちょっぴりだけ口を尖らせた。
「えーっ、どうしてヨナちゃんを探しているんですかぁ?」
「コシミズさんにちょっと話があるんだ」
「ふーん、ヨナちゃんとお話しがしたいんですかぁ……」
カシムラさんはそう言うと少し黙り込んだ。時間が惜しいので「じゃあ…」と去ろうとすると、なぜかカシムラさんはしたり顔で「分かりました!」と頷く。
「ヨナちゃんはタイセーくんを狙ってないから取られちゃう心配はたぶんないですね! だから今回は二人っきりで会ってもいいですよ! クルミ、特別に許可しまぁす!」
「許可!? そ、そっか許可か、ハハ……」
笑顔が引きつり気味になっているのが自分でも分かる。
あぁどうしよう、この娘の頭の中で、もう僕は完全に彼氏の立ち位置になっているみたいだ。参ったな……。
でも強迫に近い迫られ方だったとはいえ、さっきのムチャぶりな二者択一でカシムラさんを選んだのは他ならぬ僕自身だし、後々トラブルにならないように何か対策を考えないといけないのかもしれない。でも今はとにもかくにもコシミズさんだ。
「タイセーくん、行ってらっしゃーい!!」
笑顔で手を振るカシムラさんに、
「うん、行ってきます」
と答える。
僕は心の妹と別れ、再び裏山へと走り出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……結構広いんだな、ここ。
思っていたよりも裏山の敷地が広大なため、まだコシミズさんを見つけることが出来ていない。
これ以上もたもたしていられない。一時間目の授業が始まる時間になったらコシミズさんと話ができなくなってしまう。次第に強くなってくる焦りの感情が、僕の気持ちの先頭に立とうとぐいぐい身体の中を押してくる。
でもなんかヘンだなぁ……。
今歩いている場所は木々がまばらにしか植えられていないのでぜんぜん鬱蒼とした雰囲気ではないのに、さっきから妙に背中が薄ら寒く感じるのはどうしてなんだろう?
まるで誰かにじっと監視されているみたいな感じだ。しかも決して友好的じゃなくて、むしろ怨嗟的な空気を感じる。
感応力がゼロの僕でもこの嫌な空気をなんとなく感じることが出来るくらいだから、もしかしたら相当な恨みな感情があるのかもしれない。だけどそうなるとその感情の対象先って……やっぱり僕ってことになるの!?
でもなんで僕!? 誰かにここまでの恨みをもたれるようなことをしたっけ!?
ひどく恨まれるような可能性がある人物の心当たりを必死に考えていると、ついさっき僕の前に突然現れて「……逃げるなよ?」と言い残して消えた従順な従者さんを思い出した。
もしかしてレドウォールドさんっ!?
考えれば考えるほど、それが正解のような気がしてくる。もしかしたらレドウォールドさんの怒りの思念が僕にとり憑いているのかもしれない。
だってレドウォールドさんのさっきの気迫凄かったもんな……。それにあの人のカリンに対する忠誠心って半端じゃないし。思い返してみればあの人は幼稚園の頃からそうだった。
「あのねタイセー。この人はパパが最近やとった “ がーどまんさん ” なの。あぶない目にあわないようにわたしを守ってくれるんだって」
幼いカリンの一歩後ろに佇んでいたレドウォールドさんは、自分が紹介されたのにニコリともしなかった。
遥か高い位置から無表情で僕を見下ろすその視線はどことなく冷たくて、全身黒づくめの服を着ていたせいもあり、まるでカリンから伸びた長い影のようだったのを覚えている。
昔、身代金目的でさらわれたカリンとそれに巻き込まれた僕を、サーベル片手に助けに来たのもレドウォールドさんだ。あの時の従者さんの形相は、誇張一切なしで本当に鬼気迫るものだった。
レドウォールドさんがいたから助かった。
あの時の僕もカリンも。
だから僕のケガがこの右手だけで済んだのもあの人のおかげだ。
でもレドウォールドさんのあの忠誠心って一体何から来ているんだろう? ちょっと異常なくらいの執着を感じるのは僕の気のせいかな……。
── レドウォールドさんってカリンのことが好きなのかもしれない
そんな事を思いついた途端、胸の中心がすごく痛くなった。まるでこの場所に黒く淀んだ負の念弾を無理やりねじ込まれたみたいだ。
だって僕はあの人に敵いっこない。
容姿だって、PSI能力だって、男気だって、僕は全部負けている。僕があの人に勝てる要素なんて一つも無い。
カリンだって、出来の悪い子ほど可愛い的な母性愛のせいで僕が気になっているだけで、やがてその気の迷いから抜け出たら落ちこぼれな僕に愛想をつかして嫌いになってしまうかもしれない。そうしたらその時カリンに一番近い場所にいるのは……。
あーっ! ダメだダメだ!! 何考えてんだよ!!
さっきよりも激しく頭を振って雑念を振り飛ばす。
救いようのないヘタレが卑屈にまで落ちたらもう完全に終ってるじゃないか!!
僕は諦めない!! このフルリアナスで必死に特訓して、絶対にPSIを使えるようになってみせる!! そしてその力で大好きな女の子を守るんだ! そう決めたんだ!
── でも僕だって伊達に十年以上もPSI能力ゼロで生きてきたわけじゃない。
この道のりがすごく険しいことは分かってる。
こんな気合を入れたぐらいですぐにどうこうなるもんじゃないってことも、もしかしたら目指している場所が僕では一生到達できない場所かもしれないってことも充分に分かっている。
PSIが使えないことでイジめられもした。
その度に地べたに何度も這いつくばったし、石つぶてや傷つくような言葉も数え切れないほど投げつけられてきた。心だって今までの人生の中で何度折れたか覚えていない。
だけど、僕はまだ自分自身の可能性を信じたいんだ。
この身体からもう一度超能力を出してみたい。
十年ぶりにカリンと再び出逢って、その思いが今までよりもさらに強くなっている。
PSIが使えない惨めな僕を慰めてくれただけなのかもしれないけど、昨日カリンは僕に言ってくれた。
「あなたは落ちこぼれじゃない」って。
だから天性の力が無くたって、僕は諦めない、絶対に。
カリンに会って昨日怒鳴った事を謝ることができたら、次はお礼を言わなくっちゃな。
必死に努力しても相変わらず一つの能力も出せない事に最近少しくじけ気味だった僕を、優しい君がこうして再び奮い立たせてくれたんだから。