僕は嘘つきな男だったみたいです
どうしよう、コシミズさんが見つからない。
ちょっと気後れがするけどここは思い切って呼んでみるべきかな。早くしないと授業が始まる時間になっちゃうし……。
よ、よしっ、決めた! 呼ぶぞ! 林に響き渡るぐらいの大声でヨナ・コシミズを呼んでやる!
スゥと大きく息を吸い、口が「コ」の大きさを形作った時、
「……何か用?」
消え入りそうな声が背後から聞こえた。
「うわあぁっ!?」
出たっっ! 呼ぶ前に出てきたよっ!
でも凄いや、単に僕が鈍くさいせいだからかもしれないけど、声をかけられるまでまったく気配に気付かなかった。
コシミズさんは少し離れた所にポツンと立っている。
まずは何から切り出そうかな……。
そうだ、とりあえず昨日コダチさんに放り投げられたベルトを届けてくれたことのお礼から言おう。
そこから自然な流れを装って、次は昨日乱暴なことをしてしまった件の謝罪、そして最後に僕の過去を全部視てしまったかどうかの確認だ。
今回はどもったり挙動不審になったりしないぞ、そう意を決してコシミズさんに近寄る。でも彼女のすぐ側に行った途端にとてつもない悪寒を感じ、思わず身震いが出た。
「どうしたの?」
と不思議そうなコシミズさんに、
「なっなんでもないよ? なんか今日は冷えるなぁと思ってさ……、は、ははっ」
愛想笑いを浮かべてごまかす。だけどこの時はっきりと分かった。
── やっぱり僕、誰かに恨まれてる
たぶん身体を走るこの悪寒は、僕に向けられた恨みの思念が呼び覚ました防衛感情だ。で、でも一体誰だよ!?
恨みの発信源がヨナ・コシミズじゃないということだけは分かる。
この娘から出ている感情じゃない。背中を中心に身体の奥にまで突き刺さるようなこの気迫、別の場所から僕に向けて放たれている感じがする。だけど落ちこぼれの僕ですらここまで感じられる思念の強さから考えて、犯人はこの辺りにいることは間違い無さそうだ。
そこまでの推測を終えた時、硬直して動かない僕をじっと見つめているコシミズさんと目が合った。
ええっ!? ちょっ待ってくれよ! この娘、まさかまた勝手に僕の中を視ようとしているわけじゃないだろうな!?
「あああああのっ! ありがとうございましたっ!!」
彼女の目線を外す意味も含め、急いで頭を下げる。するとコシミズさんは小さく首を傾げた。
「……なんのお礼?」
「だって昨日物質想起を使ってわざわざベルトを届けてくれたから……」
「あぁ、その事」
コシミズさんは少しだけ頬を赤らめて軽く目を伏せると小声で答える。
「別に大したことしてない」
……ん? 気のせいかな、なんか急に背筋の悪寒が緩まったような……?
「用事はそれだけ?」
「ううんまだあるよ。それとコシミズさんに確認しておきたいことがあるんだ。昨日僕に抱きついてさ、僕の心を視たろ?」
「……」
急に黙り込むコシミズさん。
昨日のトラブルの原因を蒸し返したせいで、また彼女との間の空気が微妙なものになってしまった。
ついさっき、お礼→謝罪→確認のコースで行こうと決めたばかりなのに、気が急くあまり、謝罪をすっ飛ばしてしまったのも悪かったのかもしれない。でももう確認を口にしちゃったから、ここはこのまま突っ切るしかないな。
「そっ、それでさ、その時にやっぱ全部視た……んだよね……?」
「……」
相変わらず返答は無い。この重い空気につい怯みがちになる。
だけどこの件は絶対に確認しておかなくちゃいけない。そのためにこの娘を探していたんだから。
でも過去を読み取られた件に関しては僕に非はないんだから、おどおどしないでもっと男らしく尋ねるべきだったかもしれない。
「……それは君にとって重要なことなの?」
あっ、やっと会話してくれたっ!!
さっきまで少し照れていたコシミズさんの表情はもう無表情に戻っていたけど、でもまた僕と喋ってくれたことに安心する。
「う、うん。僕にとっては大事なことだよ。でも全部視ちゃっているならもうそれはいいんだ。今さら無かった事にできるものでもないし。ただ昨日も言ったけど、そこで知った事は誰にも絶対に言わないでほしい。それだけは今ここではっきりと約束してほしいんだ。お願いしますっ!」
もう一度頭を下げる。さっきよりももっと深く。
この約束だけはどうしてもしてもらいたいから。
「……それが言いたくて私を探してたってこと?」
コシミズさんが足元に視線を落とす。
俯くその姿が急に意気消沈したように見えたので、うっかり飛ばしてしまったもう一つの理由も慌てて付け足した。
「それと謝りたかったのもあるよ? 昨日いきなりあんなことしちゃったから……」
コシミズさんは視線をつま先に落としたままで「あの時の君、すごく怖かった」と呟く。
「ご、ごめん!」
「君にあんな面もあるなんて思わなかった」
「本当にすみませんっ! 反省してます!」
「……」
「だ、だから約束してくれるよね? 誰にも言わないって」
「…………」
あぁ、思ってた以上にコシミズさんを脅かしてしまっていたみたいだ。
今回は挙動不審にならないって決めたのに、結局あたふたとうろたえてしまう。僕を許せないからそんな約束はできないわ、なんて言われたらどうしよう!?
でもコシミズさんは少しだけ黙った後、「約束してもいい」とポツリと言ってくれた。
「ホントッ!? ありがとうっっ!!」
「……必死ね。すごくカッコ悪い」
「う」
冷めたような口調で呟いたコシミズさんのその一言が、僕の心の底にずぅんと沈む。
カッコ悪いのは自分でも充分に分かっているけど、こうして女の子から面と向かって言われると、やっぱり堪えるものがある。
そんな無様な僕に、コシミズさんは答えざるをえないような静かな迫力で問いただしてきた。
「……君がそんなに必死に隠したがるのはどの事実?」
「ど、どの事実って……、ぜっ全部だよ!」
「ううん、違う。君が隠しておきたいことはそんなに多くない」
コシミズさんはそう言うと瞼を二三度瞬かせ、不思議な色をした澄んだ瞳で僕の顔をまたじっと見つめる。
「どれを隠しておきたいの? 君の右腕のこと? それともカリンのご両親のこと? それともナナセのこと?」
「エ!?」
ポカンと開いた口から赤い心臓が転がり出てきそうなくらい、ビックリした。
「なななんだよそれっ!? ヤヤヤヤマダさんがっなななんでそこで出てくるんだよっ!?」
驚いた後に動揺が押し寄せてきて口がうまく回らないけどそれどころじゃないよ! だってヤマダさんの事と言えば昨日のアレしか考えられない!
確かに昨日の夜にシヅル姉さんの車の中でヤマダさんに手を握られて「好き」って言われたよ!? でもこの娘に心の中を読まれたのは昨日の午前なのにどうしてその事を知っているんだよ!? まさかさっきマツリが言ってた【 無接触での接触感応 】 で、追加された画像を見たってこと!? もしそうならこの娘はイブキ先生に匹敵する魔女だっ! 怖すぎだよっ!
「……君、もしかして自分の気持ちに気付いてないの……?」
ビビリまくっている僕を見て、コシミズさんはほんの少しだけ驚いた表情を浮かべている。
「ぼっ僕が何に気付いてないってんだよっ!?」
でもそう問い返した直後に、激しい後悔に襲われた。
コシミズさんの透き通った切れ長の目を見ていると、これから彼女が口にする事柄を聞かないほうがいいような予感がしたせいだ。
そのまま黙っていてくれと心の中の僕が叫び出している。
理由は分からないけど、僕の中で必死にそう叫んでいる。
なぜだろう、これからコシミズさんが言う事が間違いのない真実のような気がしてたまらないよ……!
だけど、コシミズさんはサラリと言ってしまった。そんなことをいきなり言われる僕の気持ちなんて考えもしないで。
「……君はやっぱり嘘つきね。本当はナナセ・ヤマダが好きなくせに」




