聞いてないです あなたがショタコンだなんて
く、口の中にイブキ先生の舌が侵入してきてるッ!?
なんで!? なんで先生が僕にキスなんかしてくるの!? だって僕はこれから先生にお説教されて空気拳骨をガツンと喰らうはずだよ!? それがどうしてこんなことにッ!?
パニックでガクガクと震える僕の身体を、イブキ先生はキスをしたまま包み込むように優しく抱きしめてくる。そして先生はその柔らかい舌で僕の口腔内の至るところを愛おしそうに舐め回し出した。
「んんっ!? んーっ! んんんんむっ!」
うああああどうしよう!? イブキ先生の舌の動きが止まらない!!
ここここっ、この身体の中を駆け巡る感情は何!? 悪寒と快感と驚愕を極度にまで高め、特大シェーカーに全部丸ごと放り込んで三日三晩休まずにフルシェイクされたみたいなこの気持ちは!?
かっ身体が勝手にピクピクと痙攣し始めてきたんですけど!? 体面上の全ての毛穴が全部開ききったみたいな感覚もするしっ、今なら身体のどこを触られたって感じちゃいそうだよ!!
「ハ…ァ……っ」
たっぷりとかなり長い時間をかけて僕に強烈なキスをした後、ようやくイブキ先生は僕から唇を離した。でもまるで離れるのを惜しむかのように、僕とイブキ先生の唇の間にはまだ唾液の透明な細い糸が繋がっている。それを見たイブキ先生は小さく笑うと再び僕に軽くキスをしてその鎖を断ち切った。
「あぁとうとう禁断の線を越えちゃったわ……」
甘い声でそう囁くイブキ先生の両瞳はとろんとした鈍い光を放っている。こ、この人、本当にイブキ先生なの!? 別人みたいにエロすぎるんですけど!?
「でも先生をここまで狂わすタイセーくんが悪いのよ……。ねぇだから最後まで責任取って……」
先生が僕にしなだれかかってくる。
ぜっ、絶対におかしいよこんなの!! こんなのイブキ先生じゃないっ! きっとイブキ先生の身に何かが起こってるんだ! だから今日は妙に不機嫌だったし、いつも優しいのにすっごく怖かったりしてるんだ!!
「先生! 気をしっかり持って下さい!!」
イブキ先生の両肩をつかんで強く揺さぶる。
えーとえーとこんな風に人格が豹変してしまうPSI能力って何があったっけ!? 今まで授業で習ってきたことを必死に思い返してみる。
確か人為的な能力なら、まず【 強制憑依 】だろ、【 言語制御 】だろ、【 記憶粉砕 】だろ、……でもこれってどれもS級のPSI能力が無いと発動できないやつばかりだ。しかもむやみやたらに人に使っちゃヤバい能力だったはず。場合によっては警察に捕まっちゃうレベルのとってもダークな能力だ。
だけどイブキ先生のこのおかしさは尋常じゃない。やっぱり第三者に人為的に操作されているに違いないよ! でも一体誰に!? そしてなんのために!?
でも残念なことに身体も子どもで中身も子どもな僕じゃ到底推理できそうにない。それに犯人や理由が分かったって、イブキ先生を元に戻す方法が無ければ何も意味がないし……。
「タイセーくん……先生の気持ち分かって?」
煩悶する僕などお構いナシでイブキ先生が僕に身体を摺り寄せてくる。あぁ一体どうすればいいんだろう!?
「先生! しっかりして下さい! 一体どうしちゃったんですか!? 僕に事情聴取するはずだったでしょ!?」
「ウフッ、それはもう済んだからいいのよ。さっきタカツキさんもコダチさんもカシムラさんも目を覚ましたわ。あの娘たちから話を聞いたらタイセーくんは何も悪くないことが分かったの。あなたを疑ってごめんなさいねっ」
右頬に吸い付くような感覚。
いいっ!? 今度はほっぺにチューされましたけど!?
「イブキ先生! いい加減に正気に戻って下さい! 僕はあなたの生徒ですよ!?」
もう一度イブキ先生の二の腕をつかんで激しく揺さぶった時、先生は急に表情を変え、鋭い眼差しで僕をキッと見据えた。
「そんなこと知ってるわっ! だからこそ今までこの気持ちを必死に押し殺してずっとずっと耐えてきたんじゃないっ!!」
水に濡れたように妖しく揺らめいていたイブキ先生の瞳が、ここで突然激しく燃え上がるような強い輝きに変わる。
「タイセーくんっ、私はあなたがずっと好きだったのよおおおおーっ!!」
イ、イブキ先生が咆哮した……!
「でもあなたは私の生徒っ! だからずっと気持ちを隠してあなたと向き合ってきたわ! だけどタイセーくんを見るとこの身体が疼いてしょうがないのよっ! あなたに抱かれたいし同時にメチャクチャにされたいっ! その穢れた願望が私の心からずっとずっと消えないのよぉぉぉーっ!!」
そう叫び終わるとイブキ先生は崩れ落ちるようにCallroomの床に座り込んだ。そしてギリギリまで短く切り揃えられた自分の後ろ髪にそっと手を当てる。
「……この気持ちを抑えるために今までずっと苦労してきたわ……。自分の中からどうにかしてこのいやらしい女らしさを消そうと、あなたにトキめく度に髪を短く切ったり、視力はいいのに眼鏡をかけるようにしたり……」
だからイブキ先生はショートカットなのにしょっちゅう後ろ髪をマメに切っていたのか……。いきなりとんでもない秘話を聞かされて言葉を無くす僕。
「今までは毎日タイセーくんの顔を見られるだけで何とか気持ちを抑えることができていたわ。でも今日タカツキさんとあなたが仲良くしているところを見ていたら、妬ましい気持ちが溢れてくるのを止められなくなったの……。さっき屋上でタカツキさん達にエッチなことをしようとしているように見えたタイセーくんを見つけてしまった時もそう。あの時、もうどうなってもいい、たとえここをクビになってもいい、無理やりにでもあなたを自分だけの物にしたい、そう思ってしまった……。昔から自分よりずっと年下の男の子がタイプだったけど、よりにもよって自分の受け持ちの生徒を好きになってしまうなんて私は教師失格ね」
……し、知らなかったよ、まさかイブキ先生がショタコンだったなんて……。僕、入学時からずっと先生にそんな目で見られてたんですね? 驚きです……。
「……ふふっ、ビックリした? タイセーくんはこんな十以上も年の離れた年増の女に魅力なんて感じないでしょ? 笑ってくれていいのよ」
床の上から僕を見上げ、今はベリーショートのイブキ先生は寂しげに笑う。
「い、いえ、そんなことないですっ」
「いいのよタイセーくん。そんな優しいウソをつかなくても」
「いえウソじゃないです。そ、それに僕、眼鏡かけている女の人って、結構好き…ですから……」
「えっホント……!?」
これは事実だ。
イブキ先生は昔から年下の男が好きみたいだけど、僕は昔から眼鏡っ娘に弱い。それにはれっきとした理由があって、おそらく僕の家族に眼鏡をかけている人が誰もいないからだと思う。なにせ僕の家族はちょっとアレな人ばかりだから。
それよりも今のイブキ先生はいつもの優しいイブキ先生に戻っているような気がするよ。
ということは誰かに人為的に何かをされたんじゃなくて、今のイブキ先生の告白通り、僕への想いが募って抑えられなくなったから一時的におかしくなっちゃったってことなのか……。
ん、待てよ……?
カリンに、マツリに、そしてイブキ先生……、考えてみたら僕は今日一日で三人の女の人に告白されてるぞ!? こんなこと僕の人生でありえないよ! 一生分の幸福をこの一日で使い果たしているような気がしてならないんだけど!?
「んー、タイセーくんに告白できてスッキリした!」
ビックリするぐらい爽やかな顔でイブキ先生が立ち上がる。
「タイセーくんが私を女として見てくれていることが分かっただけで今は満足よ! これからはまた元通りに髪を伸ばしてタイセーくんに振り向いてもらえるよう頑張るわ!」
「あの先生……」
「なぁに?」
「ぼ、僕、カリン・タカツキが好きなんですけど……」
「そんなこと知ってるわよ?」
イブキ先生は教室で初めて出会った時と同じように、僕を慈しんでくれるような笑顔を見せる。
「タカツキさんもあなたが好きよね。そしてテンマさんもあなたが好きで、コダチさんがあなたに惹かれ始めていることも全部知ってるわ」
「エエエ!?」
「ふふっ、だって私はあなた達のクラス担任よ? 生徒の行動や思考はすべて把握していないとねっ」
ハ!? 僕たちの行動とか思考って全部イブキ先生にダダ漏れしてるの!?
先生はとびっきりの笑顔で微笑んでくれたけど、僕はこの時イブキ先生のことが怖いと心から思った。いくらなんでも見透かしすぎだろ……! あなたは現代に甦った魔女ですか!?
「あ、それとカシムラさんもあなた達のその輪に加わる事になると思うわ」
僕がまだ恐怖に慄いている最中だというのにサラッと意味不明のことを言い出すイブキ先生。何それ!? どういうこと!?
“ カシムラさんが輪に加わる ” という意味を先生に尋ねようとした時、先生の身体がピクリと何かに反応した。
「……残念だけど今日はここまでね。また別の日に個人授業しましょ」
「こっ、個人授業ってなんですか!?」
「言ったでしょ、タイセーくん。私はあなたの考えていることが分かるのよ? 私との個人授業はあなた自身が強く望んでいることじゃない。違う?」
「そっ、それは……!」
本気で背筋が凍りそうになった。たぶん両腕全体にも鳥肌が立ちまくっている。それぐらい本当に驚いた。
イブキ先生の言っていることは嘘じゃない。この女性は対象物との接触が無くても心の中を正確に読むことができるんだ……!!
「タイセーくんが望むのなら、個人授業を受けたがる目的がたとえどんな目的でも、私はクラス担任として、そしてあなたを愛する一人の女として全力でサポートするわ。じゃあ気をつけて帰りなさいね。今日はありがとうタイセーくん。あなたとのキス、とろけるくらい最高だったわ……!」
そう言った次の瞬間、イブキ先生の姿が目の前から消えた。そしてその後すぐに別の女性がCALLroomに現れる。
「タイセー!」
「カリン!?」
そうかっ、イブキ先生はカリンがここへテレポートしてくるのを事前に察知したから姿を消したんだ!
「ごめんなさいね。私、またタイセーに迷惑をかけてしまったみたいだわ」
カリンは済まなそうな顔で近寄ってくる。僕は慌ててジャケットの袖口で口元を数回拭った。
「あらどうしたのタイセー? 別にあなたの顔には何もついてないけど」
「い、いや、これはちょっと……」
もごもごと言葉を濁し、目線を逸らした。
「……?」
カリンが不思議そうな顔で僕を見ている。イブキ先生のキスの痕跡でも残っていたらとつい心配になって口をこすっちゃったけど、余計な動きをしないほうが良かったかな……。
だって何でも見通せる魔女先生と違い、僕のメデューサ様は肉体接触無しで相手の心を読むことはできないけれど、第六感の閃きのスゴさは魔導師クラスのレベルに到達していそうだから。