僕だって嫉妬ぐらいできるんです
「……なぜ押し黙るのか」
耳横から流れてくる低い声が更に質問を重ねてくる。うっかり唾を飲み込みそうになって慌てて止めた。
「早急に答えよ。返答次第によっては貴様がお嬢様に害をなした不貞の輩とみなし斬り捨てるっ……!」
だだっ、だからこんなに刃をぐいぐい押し付けられてたら答えようがありませんって!!
とりあえず眼球は動かしても大丈夫そうなので、ソロリと横目で刺客を確認してみた。そしていきなり襲ってきたこの黒ずくめの男性を見て、内心で声をあげる。
── やっぱりレドウォールドさんだっ!
金色の髪で片目は隠れちゃっているけど、見覚えのある大きなサーベルを握ってるし、やっぱりこの人レドウォールドさんだよ!! あぁこんな時に精神感応がちゃんと使えたら、声を出さなくても名乗れるのに!
「……ム? お主、どこかで見たような顔をしているな……」
チャンスだっ!
成長した僕の顔にかすかに昔の面影を見つけたレドウォールドさんの手元が少しだけ緩む。刃と喉元に若干のスペースが出来たのでこの隙に急いで名乗った。
「ぼっぼぼぼく、タイセーです! タイセー・イセジマです!!」
「おお……!」
僕の名前を聞いたレドウォールドさんの目が驚きで少し大きくなる。そしてすぐに刃を喉元から外してくれた。ふううと大きく息を吐いた後、急いでごくりと唾を飲みこむ。たっ、助かったぁ……。
「久しいな、タイセー・イセジマ」
下ろしたサーベルをスマートに鞘に仕舞い、レドウォールドさんにしては珍しくほんの少しだけ眦を下げる。その柔和な笑顔を見た瞬間、甘酸っぱい懐かしさで胸がいっぱいになった。
「僕のこと、覚えていてくれたんですね……」
「当たり前だろう。お嬢様のお命を救った男の名をこの私が忘れるはずもない」
「いっ、いえ、僕、そんなに大したことをしたわけじゃないし……」
僕の返答を聞いたレドウォールドさんの眼差しに優しさがさらに増す。
「フッ、あの時あんなに勇敢だった幼子がずいぶんと謙虚な男に育ったものだな。すべてはご両親の教育の賜物か」
「は、はは……それはどうでしょうか……」
視線を逸らし、照れ隠しで頭をかく。
情けないけど褒められるという経験が人生の中でほとんどなかったため、こうしてぐいぐいと持ち上げられるとどういう態度を取ればいいのか分からなくなってしまう。
「時にタイセー。お嬢様がどこにおられるか知っているか? フルリアナス外でお帰りをお待ちしていたのだが、先ほど急にお嬢様の気配を感知できなくなったのだ」
あっそれはカリンが屋上で気絶したからだっ!
だけどすごいなぁ、学園の外にいるのにカリンの波長が途切れたことを感知できるんだ。
レドウォールドさんを見上げると、普段は感情をあまり露にしない人だったはずなのに今は少し心配げな顔をしている。その表情を見て胸の中心にチクリと嫌な痛みが走った。
きっとこの人はあの頃からずっとこうして毎日毎日ひたすらカリンを護ってきたんだろう。もし僕もPSIを自在に使いこなすことができたらカリンを護ってあげられるのに……!
「お嬢様には学園内に侵入しないよう言いつけられているのだが、どうにも胸騒ぎがしてな……。もしお嬢様のいそうな場所に心当たりがあれば教えてほしいのだが」
レドウォールドさんに対するこの気持ちはもしかすると嫉妬心なのかもしれない。それを隠して僕は答える。
「カリンはたぶん救護室にいると思…」
「何!? メディカルルームだと!?」
カッと形相を変え、レドウォールドさんはせっかく鞘に納めてくれた剣をスラリと抜く。
「ではやはりお嬢様の身に何かあったのだな!? まさかお怪我をなさったのか!?」
すっ、すごい気迫っ!! 再び現れた白銀の刃に息を呑む。
「いえっ、べつにケガをしたわけではないです! 気絶したので念のために運ばれただけですからっ!」
そう答えると、レドウォールドさんは急に邪気の抜けた表情で、「なぜお嬢様が気絶など……」 と呟く。
それよりレドウォールドさん刀を納めて下さい!! 敵意の無い人間に刃先を向けてはいけないって習いませんでした!?
「それは間違いのない事実なのだな?」
重ねての確認に、安心させてあげるためきちんと頷く。
「……タイセー、貴殿は久方ぶりにお嬢様と再会したからまだよく知らぬのだろうが、あのお方はそうそうのことでは驚きもひるみもしない、強靭な精神力をお持ちの方なのだぞ?」
レドウォールドさんはそう言いながらサーベルの柄を強く握りしめたり離したりを延々と繰り返し始めた。せわしなく動き続けるその左手を見ているうち、きっとこの意味不明な動作はレドウォールドさんなりの困惑している証なのだろうと理解する。
でもレドウォールドさんの言いたい事、今なら僕もすっごくよく分かるよ。今朝からさっきまでのほんの半日の間ではあるけれど、カリンと一緒にいて幼馴染のアマゾネスぶりはもう痛いほどに体感してきているから。
「タイセー、何か他に知っていることは無いか?」
少し落ち着きを取り戻したレドウォールドさんはようやく刀を再び鞘に納めてくれた。
「えっと、気絶の原因はクラスの女の子と口げんかをしちゃった結果です」
「口げんか……? そんな程度で気絶をするとは思えないのだが?」
「実はその口げんか、最終的にはPSIもセットで盛大に行われたので……」
と正直に答えると、レドウォールドさんは両肩を落とし、ハァァァァーっと、とっても大きくて長い溜息を深々とつく。
「……まったくあのお方はまさか登校初日でトラブルを起こすとはな……。いや待て、お嬢様のあの性格を分かっていながらこの事態を予見できなかった私がまだまだ未熟ということなのか……」
額に手を当て、ぶつぶつと一人反省会を始めたレドウォールドさんにちょっぴり同情する。
十年ぶりに会ったのに全然見かけが変わっていないことに実は驚いていたけど、今のレドウォールドさんの後ろ姿には “ 人生の疲れ、やつれ ” ってやつをひしひしと感じます。
やがて猛省タイムが終了したレドウォールドさんは、少しだけさっぱりとした顔で僕に向き直った。
「ではお嬢様は気絶をしただけでお怪我などはなされていないのだな?」
「はい、大丈夫だと思います。気絶したカリンの身体を見てみたけど、ケガをしている感じはありませんでしたから」
「……む? ということはタイセー、もしや貴殿はその場にいたのか?」
レドウォールドさんの声が硬くなったのが分かった。それに合わせて僕も身を固くし、「はい、いました」と答える。
「ではなぜ今回はお嬢様をお助けしなかったのだ? あの時貴殿は幼子ながら己の身を挺してお嬢様を必死に庇っただろう」
ぐっと言葉に詰まる。
できればレドウォールドさんの前で口にはしたくはないけど、でもこれは事実だから言わなければならない。
「……僕、落ちこぼれなんです。PSIがほとんど使えないから、カリン達のケンカを止める事が出来ませんでした。すみません」
「PSIが使えない……?」
レドウォードさんが怪訝な表情を見せる。
「このフルリアナスに入学しているのにか?」
「そ、それはカリンが僕をフルリアナスに推薦したからなんです。それで、成り行き上ここに通うことに……」
溜息と共にレドウォールドさんが呟く。
「お嬢様……、まさか袖の下でも使ったわけではあるまいな……」
レドウォールドさんのその深い溜息は、そのまま黒い重りとなって僕の胸をぎゅっと押し潰してきた。
……ま、まさかカリン、お金を積んで僕をこの学園に入れたの……?
身体の中心が勝手にぐらぐらしてきているみたいな感覚をおぼえた。
そうだよ、こんなダメ人間に優れたPSI能力が眠っているわけがない。きっと、カリンが惨めな僕を哀れんでここに入れてくれたんだ……。
今日は厄日なのかな。自分が最下層に位置する人間なんだってこと、今朝からこうして何度思い知らされているんだろう。辛い。
「して、メディカルルームはどこにあるのだ?」
うつろな気持ちを心の奥深くに押し込め、問われるままに救護室の場所を教える。
学園内に部外者は入っちゃいけないけど、もうこうしてレドウォールドさんは侵入しちゃってるし、きっとこの騎士さんなら見つからないで最後までうまくやれるに決まってる。でも余計なお世話だろうけど一応、「カリンの様子を見に行くなら先生達に見つからないように気をつけて下さいね」と言ってはみた。
「大丈夫だ、そんなヘマはしないさ。ではまた会おうタイセー」
レドウォールドさんは片方の口角を上げて斜に笑うと、テレポートで僕の前から一瞬で消えた。
チクショウ、カッコイイなぁ……!
それに引きかえ、床に落ちていたベルトを拾ってモソモソとつけ直している自分の情けなさ。あまりの小物っぷりに泣きたくなりそうだ。
でもあんなにカッコイイ従者さんがいつも側にいるのに、どうしてカリンは僕なんかがいいんだろう? 自分で言っていて落ち込みそうになるけど男の趣味が悪すぎるよ……。
ふう、と肩で息をつく。
その時CALLroomの扉がすごい勢いで開いた。落雷にも似た凄まじい開閉音に思わずビクリとしてしまう。
「いたわねタイセーくんっ……!」
イ、イブキ先生……!?
先生は入学以降、僕が今まで見た中で一番険しい顔で現れた。この怒りっぷりなら事情聴取無しでいきなり空気拳骨の制裁が来るかもしれない。
殴られる覚悟を決めた時、先生は急に僕に抱きついてきた。
「もうダメッ! 先生ガマンできないっっ!!」
な、なに!? なんなの一体!?
焦る僕などお構いなしにイブキ先生はますます強く抱きついてくる。これでもかというくらいに全力でしがみついてきたので、先生の大きな胸がふにふにふにふにと僕の体を何度も刺激してくる。
うああああああ! な、なんだかだんだんといけない気分になってくるんですけど!?
「せっ、先生!?」
慌てて呼びかけるとイブキ先生は一度腕の力を緩め、僕の顔の前に自分の顔を近づけてきた。先生の眼鏡の奥にある熱に冒されたような潤んだ両瞳がすごくエッチっぽくて思わずドキリとしてしまう。
「タイセーくん……。先生はもう限界なの……。いけない先生でごめんなさいね……」
イブキ先生の顔がさらに近づく。そしてすぐに唇にとても柔らかい感触。
……ヘ!?
ももも、もしかして僕っ、今イブキ先生にキスされてるのっ!?




