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No.111 虚飾(ライ)・インテグレーション、あるいは混濁(カオス)する真実(ロゴス)




 No.111 虚飾(ライ)・インテグレーション、あるいは混濁(カオス)する真実(ロゴス)




 「リベレーターッ!!」


 砕かれようとする意識の淵で、真が吠えた。


 その叫びに応じるように、沈黙していたシステムが不気味な黒いノイズを撒き散らしながら、強制的な再起動を開始する。




 【警告:リベレーターシステム、論理破綻を無視して再起動。


 『真実を綴る書』第一隔離領域より、コードネーム『欠落した獣』――仮称・虚飾の人狼(ライアーウルフ)からの干渉を確認。


 契約者:繭住真からの要望を受理。……インテグレーション・アップデートを開始します】




 網膜に走る無数のエラーログが、青白からどろりとした赤黒いへと塗り替えられていく。




 【――アップデート完了。『虚飾の人狼(ライアーウルフ)』のインテグレーションを開始しますか? [Y/N] 】




 迷いはない。真は思考の速度で「YES」を選択した。


 刹那、まどかが展開していた純銀の防衛障壁に、血管を這うような毒々しいまでの赤い閃光が混ざり合う。


 「『きゃああっ!?  まこと、なに、このあ、つう!? ……ドロドロした力、なに……!?』」


 「(我慢しろ姉さん……! こいつを飲み込んで、演算の一部にするんだ!)」


 左手に携えた魔道書が光の粒子へと崩壊し、猛烈な旋風となって真の周囲を駆け巡る。


 粒子は逃れようのない重力に引かれるように真の左半身へと収束し、凄まじい熱量と共に新たな「形」を編み上げていった。


 それは、かつて大口一子が纏った無明(むみょう)(めん)を彷彿とさせ、それでいて決定的に異なる姿。


 真の左手足は鋭い鉤爪を持つ獣のそれへと変貌し、左肩には獲物を睨みつける巨大な狼の頭部が、誇示するように突き出す。


 そして真の顔の左半分は、咆哮を封じ込めるかのような「×印」が半分だけになった鉄のマスクによって覆われた。


 「――待たせたな、理屈屋。さあ、この潔癖な蒼白の世界を、俺たちの泥で汚してやろうぜ」


 左肩の狼の頭が、その口を歪め哄笑する。


 真の右目は冷静な「論理」を宿したまだが、左側の視界は世界を獲物として捉える「獣の嘘」に染まっていた。


 「……っ、ぐ、あああッ!?」


 変逢(へんげ)が完了した瞬間、真の左側の視界が、沸騰した鮮血のような赤に染まった。


 それはライアーウルフの奔放な力を無理やり受容したことによる、精神への物理的な弊害。


 脳髄を直接針で刺されるような鋭いノイズが走り、真の膝がガクリと折れかける。


 「『まこと!?』」


 感覚の共有をしているまどかが、真の不調を感じとり悲鳴に近い声を上げた。


 まどかもその意識さえも、ドロリとした黒い泥に飲み込まれそうな恐怖に晒されていたが、真への心配が強く出る。


 真もまどかの心配を無下にはしないが、今は他にやるべき事がある。


 「……大丈夫だ、姉さん。……おい、ライアーウルフ」


 「あん? もしかして俺のことか? まぁ呼び名なんてなんだって良いがよ。……で、なんだ?」


 左肩の狼の頭部が、顎を鳴らしながら退屈そうに問い返す。


 この絶望的な戦場にあって、その声には一切の緊張感がない。


 「……お前の、力の使い方は」


 「はっ! 俺を使うだぁ? なめた口きくんじゃねぇよ理屈屋。お前が俺に、『力を貸す』んだよ」


 狼の喉を震わせて響く声は獣特有の重低音となっていた。


「……なんでも良い。用件だけ、言え」


「……ふん。相変わらず面白味のねぇやつだ。いいか、よく聞け」


 狼の赤い瞳が、迫りくる獅子井の十手――その「絶対的な一撃」を嘲笑うように細められる。


 「俺の力は『嘘』だ。たとえそれが動かしようのない『真実』だとしても……俺が嘘だと言えば、そいつは嘘になる」


 その言葉が耳に届いた瞬間、真の右目のリベレーターが、不可能を可能にするための方程式を、強引に書き換え始めた。


 獅子井が十手を振り下ろすという確定した未来(真実)を、『なかったこと』にするための偽典の演算。


 「……わかった。演算を開始する」


 (……だけどそれだけじゃまだ足りない。正しいだけじゃ、届かない。だったら――僕は間違える)


 「おっと、ひとつだけ注意だ。……俺の嘘を、信じるなよ。テメェがテメェでいたいならな」


 人狼の警告が、真の理性を試すように鼓膜を撫でる。


 一歩間違えれば、真自身のアイデンティティさえも「嘘」として消えてしまう危険な綱渡り。


 真は赤い視界を無理やり固定し、正面から迫る「正義の化身」を見据えた。


 振り下ろされる十手の先、空気が死白に凍てつく。


 だが、今の真には、その一撃がひどく脆い「虚像」のように見えていた。


 獅子井の掲げた十手が、断罪の雷となって真の頭蓋へと振り下ろされる。


 だが、必殺の衝撃がその身を砕く寸前、狼の喉からくぐもった笑いが漏れた。


 「『おっと、そっちには誰もいないぜ。お嬢ちゃん』」


 ライアーウルフが「嘘」を囁く。


 それと同時に真の右目、『真円を覗くもの』がライアーウルフの力に作用し、獅子井の思考に一時的なハックを仕掛けた。


 刹那、獅子井の眼前にいたはずの真の姿が、陽炎のようにゆらりと掻き消えた。


 「なっ!?  ――移動しただと! だが無意味だ!」


 獅子井は驚愕を即座に戦闘本能で塗り潰し、直前の攻撃から流れるように半円を描いて身体を旋回させる。


 薙ぎ払われる十手は、横へと転移した真の胴体を正確に捉えた。


 ……はずだった。


 「なん、だと……っ!?」


 手応えがない。


 十手は真の肉体を抵抗なくすり抜け、空を切った。


 そこにいたのは実体のない残像。


 認識の書き換え。


 ライアーウルフの嘘の力は他者が「事実」として認識している事象を虚実へと変える。


 その不条理な演算により、獅子井の感覚には決定的なズレが発生していた。


 「ぎゃははははは! どうしたお嬢ちゃん、横に何かいたか? 目が腐ってんじゃねえのか!」


 (……なんだ、この“正しい”って感覚は。窮屈で、息が詰まる)


 左肩の狼が、獅子井を嘲笑うように激しく顎を鳴らす。


 真はライアーウルフの力を受け入れると同時に、内側から溢れ出す激しい拒絶感と、麻薬的な幸福感の混濁に戸惑いを覚えていた。


 その後も、獅子井の鋭い連撃はことごとく空を突いた。


 当たる瞬間に位置が入れ替わり、捉えた瞬間に虚像と化す。


 規律に基づいた彼女の体術は、規律そのものを無視した「嘘」の前では、ただの虚しい踊りに過ぎなかった。


 (……これでいい。これは正しい──いや、違う――どっちでもいい)


 「何故だ!? なぜ私の攻撃が当たらない!?」


 しかし――奇跡のような回避を続ける真の身体に、異変が起きる。


 「……ッ、は、ぁ……く、ふふ……」


 「『まこと……!? どうしたの!? しっかりして、まこと!』」


 まどかの悲痛な呼びかけは、今の真の耳には届かない。


 嘘を演算し、嘘を真実として脳に刻み込み続けた結果、彼の「論理」を支える境界線が、どろどろに溶け始めていた。


 「ふふ、ふふふ……ははは、はははははは!!」


 突然、真は狂ったように笑い出した。


 右目のリベレーターは真っ赤に点滅し、エラーログとエマージェンシーコードが滝のように流れ落ちる。


 だが、その瞳に宿るのは絶望ではなく、未知の全能感に酔いしれる快楽だった。


 「ああ……いい。嘘は、素晴らしい。……もっとだ、もっと僕に『嘘』を。この世界を、僕自身を、もっとデタラメに塗り潰してくれ――ッ!!」


 (ああ、これでいい───これが一番、正しい)


 左肩の狼の口から、黒い泥のような液体が溢れ出す。


 正義を翻弄するため快感に飲まれ、真の自我が、人狼の底なしの虚飾へと没入していく。


 「クックックッ、ああ、いいぜ理屈屋!  ……いや、『嘘に翻弄されたヤツ』よ!」


 ライアーウルフが高らかに嗤う。


 「───だから言ったろ? 嘘を『信じるな』ってな」







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