第8話 手紙
「教会の職員が協力したいって言ってくるなんて、どう考えても罠ね。」
ノクティスの拠点、広間。
険しい表情を浮かべたイレーネの視線の先には一通の封書がある。教会の紋章が刻まれた赤い封蝋が、鈍く光っていた。
「届いたのは教会の内通者からだろ?本当に困ってるのかもしれないぞ。しかも差出人は女の子みたいだし……。」
ライネルが口を挟む。
イレーネはライネルの言葉を無視し、カイルに尋ねた。
「あなたはどう思う?差出人はあなたの知り合いなんでしょ?」
カイルは黙って封書を手に取る。
手紙の差出人はティーナという教会職員の女性だった。教会の職員の中では珍しく、カイルに対しても友好的に接していた職員だった。教会の体制に疑問を持っており、しばしばカイルにその話をしていた。教会のはぐれものであるカイルならば、話しても問題ないと考えていたのだろう。
カイルは筆跡を青い目でじっと見つめる。
「流石のあなたでも筆跡から相手の感情までは読めないわよね?」
試すような目でイレーネはカイルを見る。
「……うん。字に現れる筆跡の乱れが、本人の書き方の癖なのか、感情の揺れによる筆跡の乱れなのか分からないからね。」
穏やかにそう言って、カイルは手紙を卓上に戻した。
「確かにティーナは俺の知り合いだ。教会の体制に疑問を持っていたのも事実。本気で協力したいと思っているのかもしれない。」
「……危険すぎます。」
静かな声で口を挟んだのはノアだった。
「セイラさん、グレイスさん、マリナさんを取り戻したい教会はカイルさんを狙っている。そんな状況でカイルさんを呼び出す手紙が来た。この人の手紙は本物かもしれません。それでもカイルさんが行くべきではないです。」
「どうしても行くなら私も行く!」
セイラが声を上げた。
「私も。」
とマリナが続く。
「……カイル、一人で行く気?」
グレイスが腕を組み、じっと彼を見つめる。
カイルは少しだけ目を伏せ、即答した。
「俺が行く。一人で。」
カイルは迷いのない声で言う。
「罠かもしれない。でも、もし本物だったら、見捨てたくはない。俺たちは教会に抗う意思を持つ人達のための組織。そうだよね?」
その言葉に場が静まり返る。
「それに……大人数で行けば、ティーナはきっと警戒する。そうなれば協力関係は築けなくなるかもしれない。」
イレーネが小さく息を吐いた。
「……つまり、あなたが最も危険を承知で行くのに向いていると。」
「そういうことだ。」
カイルは軽く頷く。
「ダメよ!私は絶対に一緒に行く!私なら何かあってもカイルを守れる!」
セイラが机を叩いて叫んだ。
「……考えがあるんだな?カイル。」
話を黙って聞いていたドグマが口を開いた。
目が合う。カイルは全く表情を崩さない。
「…………。」
ドグマは一つ息を吐く。
「行かせてやれ。」
「……ちょっと、ボスまで!」
セイラが明らかに不満そうな声を上げたが、ドグマに睨まれて黙る。
「大丈夫。危険を感じたらすぐに引くよ。」
カイルの笑顔は穏やかで、けれどどこか、冷たく静かな覚悟を孕んでいた。
◇◆◇◆
カイルは自室で手紙を見下ろしていた。
整った筆跡で書かれていたが、その奥にある感情をカイルの目は正確に捕らえていた。
(……普通、敵対組織に協力を申し出る手紙を書くなら、多少は恐怖が滲むものだ。それなのにこの手紙の筆跡からは恐怖が全く感じられない。むしろ微かに滲む感情は、期待や喜び。)
カイルは目を細め、手紙を折り畳む。
「お前、嘘ついたろ。みんなには『手紙から感情は読めなかった』って言ったけど、本当は最初から分かってた。これは罠だって。」
ユユがため息混じりに言った。
「……籠絡士が嘘を見抜くのは当然だろ?恐らくこの手紙を偽装したのはローザだ。」
ユユは呆れたように笑う。
「籠絡するためなら罠だって分かってても突っ込む。お前は本当に籠絡士の鑑だよ。まぁ、あの大男ボスはお前が嘘ついてること、勘づいていた気がするけどな。」
皮肉を込めた声でユユが言うのをカイルは黙って聞いていた。
しばらくの沈黙のあと、低く答える。
「俺が彼女を救えるなら、それが一番平和的だろ。」
「お前、ほんとそういうとこブレねぇな。嘘をつくのも、結局は誰かを救うためか。」
「…そのためなら俺は手段を選ばないよ。それが、リリアナの願いだからね。」
カイルは淡々とした口調の中にも、微かに優しさを滲ませた。
「罠でも、そこに救える可能性がある相手がいるなら、行く価値はある。俺の技はそのためにあるんだから。」
「……そういう理屈っぽい優しさが、一番危ねぇんだよ。」
ユユはひょいと跳ねてカイルの肩に飛び乗った。
「……俺はついて行くからな。」
「危険だぞ。」
「知ってる。いつものことだろ?お前が救うつもりで地獄に踏み込むなら俺も一緒に行く。」
カイルは苦笑し、肩に視線をやった。
「……ありがとな、ユユ。お前がいると、俺の行き過ぎを止めてくれそうだ。」
ユユは得意げに鼻を鳴らした。
「お前を見張るのが俺の仕事だからな。」
カイルは静かに頷き、手にしたランタンの火を見つめた。
「行こう。」
「おう!」
指定された場所は聖都のはずれの森。カイルは拷問の女王の罠が待つ闇夜へと踏み出した。




