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第99話 ESCAPE

 ナイフはぴたりと止まっていた。ミライはその現象に驚く。廬は力を制御出来ていないはずだ。それなのに確実にそこには壁がある。憐の脅威を退く為に築かれた壁。


「てめえ」

「悪いが、俺が此処にいる事を考慮するべきだったな。俺はただの旧生物じゃない」


 そう普通の旧生物なら既に消失している。だが廬は元から新生物なのだから消えたりしない。


「っ……」

「俺は、A型0号。お前の先輩に当たるな」

「あり得ない。そんな奴いるわけねえっす! 冗談言うんじゃねえよ!!」

「冗談じゃないよ。廬は本当にA型だ。0号を信じられないならA型と言うのを信じるべきだね」

「旦那。知ってたんすか」

「僕は知っていた。きっと瑠美奈も知っているだろうね。だけどそれは何も廬を守る為じゃない。君の為だよ。君は廬が嫌いだろ? それなのに新生物だって知ったら、とんでもない事になるのはわかっていたからね」


 憐は廬を嫌っている。それはずっと旧生物だと思っていたからだ。

 それなのに新生物だと知り態度をどうしたら良いのか混乱する。


「……っ……俺は、クソ」

「嫌いなら嫌いで良いんじゃない? 何も全新生物を愛する必要ないんだから、君が佐那を心配しているようにね」

「えっ……」


 新生物じゃない佐那の心配もしていた。憐は優しい。

 しかし優しいだけでは何も変わらない。か弱い狐は強くなくてはならないのだ。

 強気でいなければ生き残れない。仲間の為に、家族の為に……それなのに家族と戦っている。旧生物が味方で新生物が敵。この状況すら意味が分からないと言うのに廬まで新生物だと言うのだからもう憐は許容は超えている。


「悪いけど、時間が惜しんじゃない? 明日の日没までに事を終わらせないといけないんでしょう? あたしはどうしたらいい?」


 最後にミライはどうするべきなのか廬に指示を仰ぐ。


「ミライは、儡たちと一緒にいてくれ。だけど傍にいなくて良い。遠くで鬼殻が二人を殺そうとしたら守って欲しい」


 そう言ってトランシーバーを渡した。


「退屈そう。だけど良いわ。あたしが死ねばこの世界も終わり一蓮托生よ」


 劉子とさとる、棉葉が病院。

 佐那と聡が瑠美奈を説得。

 儡と憐、ミライが鬼殻の足止め。

 そして、廬が自分の過去と決別する。


「暗くなったら病院に戻って来てくれ。もし戻れなかったら知らせて欲しい」


 廬が言うと各々頷いた。


「僕、何か食料になりそうなものを探してきますね! 皆が帰って来た時、疲れを少しでも取れるように!」


 さとるがそう言って病院の奥に行く。

 劉子が寝ているという事はまだ景光は病院に侵入していないと仮定する。


「それじゃあ、あたしたちは瑠美奈を探してくる」

「行ってきまーす」


 佐那と聡が手を振って瑠美奈を探す為に病院を出て行く。

 同時に鬼殻の足止め班である儡たちも動き出す。憐の足場をミライが魔術で生み出して外まで誘導する。


「棉葉」

「ん? なぁんだい?」

「糸識廬の居場所を教えて欲しい」

「良いとも」


 にこりと笑い棉葉は偽廬の居場所を教えた。


「君と言う人生に幸がある事を祈っているよ」


 棉葉の言葉に廬は何も言わなかった。



 深くまで考えていない作戦。全て理想で百パーセントじゃないのは誰にでも分かる事だった。しかし、そうするかない。どう考えてもどう頑張ってもそれが妥協案なのだ。明日の日没、筥宮は消失する。故郷が惜しいわけじゃない。

 出られないのだから自分たちも明日の日没に消失する。それが嫌だから戦う。鬼殻の狙いを阻止して、瑠美奈が宝玉を支配して、厄災を止める。




 高層ビルの屋上で鬼殻は街を俯瞰していた。

 白い壁に覆われて厄災を待つしか出来ない街並み。

 静寂に包まれた街を一切の表情を変えずに眺めていた。


 鬼殻の手には真っ黒な宝玉。一切の光を通さない宝玉が鬼殻の意思を支配しようと語り掛ける中、鬼殻はその意思を逆に呑み込み支配した。


「なぁにしてるんだぁ」


 間延びした話し方をする男の声。景光が鬼殻に尋ねる。


「なんでもありませんよ」


 振り返り鬼殻は景光に言う。


「邪魔をする方たちは退場願いましょう。でなければ厄災は止められない」

「なぁー。自分の妹を犠牲にするってどう言う気持ちぃ?」

「清々しい気持ちですよ。一点の曇りもない。快晴のような気持ちでとても気分が良い。それがなにか?」

「別にぃ。じゃあ俺、仕事してくるぅ」

「ええ、くれぐれも無理のないように」

「それは無理ぃ。だって向こうに劉子いるし」


 そう言って景光は影の中に消えた。


『おにいちゃん』

「!? ……ッ」


 頭の中に響いて来る。誰かの声。それが自分の妹だと言うのは分かっている。

 忌々しいと鬼殻は顔を顰める。何度も見た妹との思い出。

 まるで考え直せと言われているようで腹立たしい。美しくないと鬼殻は頭を振った。折角整えた髪も乱れる。


「本当に可愛い妹には手を焼かされる」


 父親を殺して瑠美奈に喰わせて暴走させた。そして、殺された。

 そこまでの記憶しか鬼殻にはない。自分のやるべきことは分かっている。

 生前と同じ目的の為にどれだけ脅威が増えようと関係ない。


「廬君、過去も現在も未来でさえ殺し尽くして、私の所に来てください。貴方が最後のパーツなのです」


 街の中で点々と動き出す新生物たち。無駄な足掻きだ結末は変わらない。

 変わってはいけない。厄災を止める為にはこうするしかない。


「尊い犠牲のもとで平和は成り立つ」


 筥宮を消し去ろうとする政府の意向。これほどまでに新生物が七転八倒しながら厄災を消し去ろうとしているのにミサイルで全てを解決しようとしている。何とも可笑しい事だと鬼殻は笑うしか出来ない。


 筥宮と言う街を忘れてしまうことも知らないで何もない土地で厄災を待つ。


「見つけたっす!」


 元気な好青年の声に鬼殻は顔を上げる。道路を挟んだ向こう側のビルの屋上。貯水タンクの上で憐がこちらを見ていた。


「器用ですね、憐君。昔は高い所を怖がっていたと言うのに」

「っ……昔の事をねちねちと」


  忌々しいと憐は鬼殻を見る。

 此処で鬼殻の足止め。物陰で隠れている儡がトランシーバーで鬼殻を見つけたことを伝える。


「兄貴、どうしてこんなことをしたんすか」

「……まだ慕ってくれるのですね。裏切ってしまった私を兄貴と慕うのはもう貴方だけでしょう」


 悲しいわけではない。そもそも裏切っている自覚がある以上、悲しいと嘆く資格はない。後悔もない。

 かつては臆病で誰かの背後で隠れたがっていた狐の少年が強くなって現れた。その志は自分の妹の為に、妹の婚約者の為に立ち向かう騎士のようだ。ならば、鬼殻はさしずめ悪党であり、彼らの幸せを奪う敵。事実そうだ。鬼殻は妹を、瑠美奈を殺す為に動いている。


「貴方が私を殺す存在となるか、私が貴方を殺す存在となるか。ふふっ、そうなれば貴方の母親は許さないでしょうけれど……本当にこの時ばかりは厄災に救われましたよ。彼女が現れると何かと都合が悪いですからね。それに子供の喧嘩に親が口出しをするなんて無粋だと思うのですがね」


 なんて言っても妖狐がどう動くのかなんて誰にも分らない。

 実は既に筥宮に来ているかもしれない。もしそうなら、鬼殻は早々に憐を始末して宝玉を回収するだろう。


「なんだって構わないですが。もうじき、私はやっと厄災を止める事が出来るのです」

「兄貴が止める前にお嬢が支配するって話」

「それは余りに理論的ではありませんね。彼女が宝玉を全て支配して厄災が消えると言う保証は何処にもないのです。宝玉が一つに集まることでそこに厄災が訪れるのなら宝玉ごと壊してしまえば良いと思うのですが」

「それでお嬢が死んでも何とも思わないんすか」

「言っていると思いますが、仕方ない事です。彼女にはこの世界の為に死んでもらう。彼女もそれを望んでいる」

「お嬢は、あんたらの為にそれを選んだだけじゃねえか!!」


 憐は途方もない脚力で鬼殻に向かった。

 短気な憐に行動を制限させたって仕方ない。儡も鬼殻もそれは知っている。

 弱点を知っているならもう小細工は必要ない。

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