第95話 ESCAPE
儡がその見解にたどり着くまで数日有した。さとるも様々な可能性を口にして、片っ端から否定をして、残る物を暗中模索していた。
『鬼殻の目的は結局厄災を止める事でしかない。世界を支配するとか、美しいもので埋め尽くすとかそう言ったのはまだ二の次であり、僕たちのように使命を遂げようとしている』
廬に全て報告をした儡はやっと話し終えたと息を吐いた。
旧生物の手を借りずに鬼殻は一人で厄災を止める手段を知った。妹を使った阻止。それはきっと世間では喜ばれることで、もし公表したら瑠美奈の為に慰霊碑でも建てられる。
殉教者となり死ぬ。約七十億人の為に死ね。そう言われている。
『まだ彼が親切で良かったよ。もしそうなれば、世界は瑠美奈を血眼になり捜索して見つけた日には隔離、宝玉を手に入れて片っ端から与えて、最後の宝玉を与えて殺すからね』
「それのどこが殉教なんて言うんだ!! ただの虐殺だっ!」
咄嗟に廬は叫んだ。
瑠美奈が宝玉の力を支配する間もなく宝玉を与えられて、拒否反応を起こしていたとしても許されない。それ以前に瑠美奈は人を傷つけたりしない。鬼の子と言っても今まで人を傷つけてきてない。不可抗力だったんだ。
『落ち着いて。鬼殻はそんな事してないって言っているよね?』
感傷的になるのは良いが、話は聞けと儡は廬を咎める。
鬼殻が血も涙もない性格をしていて、手段を択ばないとしたらそう言う事もしただろう。しかしならが、鬼殻は何事も美しさを追求する。それは手段も含まれていた。
確かに厄災を恐れている人間に『厄災を止める方法を知る少女がいる』と公表したら、どれだけ信憑性が無かったとしても瑠美奈を探し出して生贄のように差し出すのだろう。
「鬼殻は瑠美奈を憎んでいるのか?」
『……。どうだろう。結局最後まで彼は僕たちを信じてくれていなかったようだからね。信じてくれていたらA型だけで反乱を起こしたりしなかったはずだ。凄く懐いていた僕たちに相談してくれていたはずだよ。鬼殻の心を知ることはできない。彼は本当に世界の為に、人々の為にと思ってやっているから僕を欺ける』
以前聞いた。本当に心から、曇りなき真意を持っていた。厄災を止める。
それが鬼殻の役目。その役目にどのような意味があるのか。誰にも分らない。
どうしてそこまでして鬼殻は厄災を阻止したいのか誰にも分からないのだ。
『君は? 何か進展……鬼殻の襲撃は遭った?』
報告は終えたと今度は廬の話を聞かせて欲しいと儡が言う。
廬は鬼殻の襲撃はなかったことを伝える。そして、このまま手をこまねいていたら取り返しのつかない事になってしまうと佐那を連れて筥宮に行きたいと伝える。
『危険だよ』
「わかってる。すぐに守れるように。景光は劉子が対処してくれる。あの子なら景光を抑えられるだろ? 瑠美奈もまだ見つかっていない。偽物の俺は俺自身が相手をする。佐那をお前たちが守ってくれ」
『結局、僕たち頼み。君それで瑠美奈を見失っているんだよ? その事は分かっているんだよね? 偽物君と相手している所為で瑠美奈は正気を失った』
「もうしくじらない」
『数日御代志に行って変わったなんて言わないでよ?』
「言わない。俺は何も変わっていない。ただ……思ったことはある」
瑠美奈を山の中から連れ出そうとしたあの日から御代志町の平和な日々を瑠美奈に与えたかったのが始まり。その心に偽りなんてない。
「今の環境を守りたい」
「は?」
拍子抜けするような声が聞こえた。
自分は瑠美奈の保護者に徹していた。瑠美奈とその交友を見ていると穏やかで静かで、時々騒がしいのが心地よかった。
「俺は自分の事も、お前たちの事もよく知るわけじゃない。たった数か月しか生活していない上、自分がもしかしたら偽物かもしれないなんて思う日が来るなんて思わないだろ。……変わらないはずの生活が変わり続けた。俺は誰かに俺を受け入れて欲しかっただけだ。それが瑠美奈だったんだ」
ただ仕事をして帰って、意味もなく生きて行く。何のために生きているのかすら曖昧で、それを考える必要がない。
瑠美奈との出会いがきっかけだった。新生物を知って世界の事を知ることが出来た。研究者となった廬が見て来た光景は、驚くべきことの連続だった。
暖かいと感じた。旧生物としてそこにいる廬では新生物の気持ちなど分からないと一線引いていた。だからこそ、今更気が付いたのだ。
疑わないと宝玉の力を使えないと言われた廬は考えたのだ。
一体誰を疑えて、誰が疑えないのか。瞬間的にわかるわけもない。
その結果、廬は「誰を疑いたくないのか」と考えた。
このおかしな騒動に関係した過程で知り合った人たちは疑いたくないと思ったのだ。
「何も変わらないなりに考えたんだ。俺は、お前たちとの他愛無い日々が好きなんだなって……」
廬は他愛無い日々に幸福を感じていた。
華之は家を用意する事が出来ないから家族の為に暮らせる孤児院を建てた。
しかし、政府が華之のやっている事に気が付き。結局、バラバラになってしまった。
あの洞穴での生活は、……あの日々は、華之にとって幸せだったに違いない。
金があるから幸せじゃない。家があるから幸せじゃない。
雨が降っていても、風邪を引いたあと傍に家族がいるだけで良い。寝るとき傍にいるだけで良い。暖かいご飯が無くても良い、生焼けで味のない物を家族で笑いながら食べられたらいい。そんな些細な幸福を瑠美奈は見てきたはずだ。
「瑠美奈が夢見ている事を、俺が実現出来るわけないと思うけど、努力くらいさせてくれ」
『……。それが本物の君が想う感情なの?』
少しの沈黙の後、儡は呟いた。どこか悔しそうな声色をしていた。
廬は薄々自分が偽物だと思い始めている手前、そんな偽物の感情でも、大切な瑠美奈とその周囲にいる人々を守ろうとしている。
偽物ならば、儡だって親近感みたいなものが芽生えるかもしれない。
廬の持つ偽物は所詮ガワだけ。儡は抱く感情が偽物だが、廬は違う。その感情は確かに感じている。
儡は何も感じない。瑠美奈を愛している気持ちは本物であり続ける。だがそれ以外は分からないのだ。楽しいと思うし、悲しいとも思う。その気持ちが本物か実感できない以上、儡は困惑もする。
理解者同士と言っている憐との関係も曖昧だと言うのに廬は、その日々が楽しいと感じられる。
羨ましい。
廬と儡が対面していない以上、儡では廬の気持ちを理解する事は出来ない。
その力を使って今まで人の気持ちを理解してきたのだから当然だ。
「ああ。きっとそうだ」
廬は神ではないし、人間でもないのかもしれない。
廬も実感は出来ない。自分が何者で何のために生まれて来たのか。
本当の両親は誰なのか。何も分からないが、分からないなりに今を生きるしかない。そして、その今を生きた状態で維持したいと願ったものがある。
「そりゃあ俺は偽物の俺に会っても動揺するし、自分が不安定になる」
漫画のように突然強くなることはない。力が使いこなすことは出来なかった。
疑う事で力が発揮されるのなら、疑いたくない人の事はずっと信じていたい。
「俺は瑠美奈に生かされてる。恩返しにはならないが、瑠美奈を信じている相手を疑わないで守り続けたい。俺はお前たちを守りたいんだ」
『……阿保らしい』
儡の口から聞こえる声。相変わらず廬には手厳しいと苦笑する。
『自惚れないでくれる? 何度も言っているけど、君に期待していない。僕は確かに人の心を見るしか出来ないけど、憐が君の妄言を聞いたら半狂乱になるだろうね』
「そうだろうな。だから、俺はお前を怒らせることは出来ない。お前を怒らせたら憐に告げ口されて騙し殺されるだろうからな」
『言われなくてもする。本当に僕は君が嫌いだよ。君だけ鬼殻に形而上の生物にされてしまえば良いのに』
なんて言われようだ。
儡は深い溜息を吐いた後『なんだって良いよ、もう』と諦めたように本題に戻って来る。
『まあ来るなら来なよ。どの道、早く事を終わらせないと施設のカレらが地上に戻ってきちゃうからね』
「奴らはどうなるんだ」
カレらが今度どうなるのか廬は心配する。
『どうする事も出来ない。鬼殻もそれは同じだよ。あの姿をもとに戻すことが出来るのは誰もいない』
「……救われないな」
『だけど、保護は出来る』
「保護?」
『ああ、それはこの事態が収束したら話をするよ』
儡の許可も下りた為、佐那を筥宮に連れて行くことになった。
鬼殻を捕まえて、瑠美奈を見つけて、その後は厄災をどうにかする方法をみんなで考える。宝玉は揃っているのだから……。