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第92話 ESCAPE

 それから一週間ほどが経過したが、鬼殻は幸運にも襲って来ない。準備期間なのだろう。生き返ってしまったことで身体が正常に機能していない可能性もある。出来る事ならそのまま死んでほしいというのが本音だった。


 ミライは、棉葉から聞いた情報を廬に伝えた。

 廬の宝玉を支配する方法。強引に手応えを得る方法。

 ミライが廬を殺すまで魔術を放ち続ける。流石に本気で殺してしまうと宝玉が消失してしまう。その事はあえて廬には言わなかった。言ってしまえば殺さないと思われてしまうからだ。


 中庭でミライは一撃で仕留められるほどの魔力を手に集めた。

 だが、間違っても殺してはいけないと言う繊細な技術を要求されてしまい神経質になってしまう。


「あたしが呪文を一つ唱えるだけであんたは消し飛ぶ。自殺願望が無ければ此処でやめておくのをお勧めするわ」


 廬が確かな手応えを求めていた。

 そこらへんは男の子なのだろう。自分に特別な力があったら試してみたい使ってみたいと言う好奇心。


「それじゃ! 行くよ!」


 聡がゲームセンターのコインを空中に放り投げる。

 コインが地面に落ちた時が合図だ。勢いよく地面に叩きつけられるコイン。


未来失楽ロストフューチャー


 言うと廬に向かって業火の弾が飛ぶ。直撃させて廬をかき消そうとしていた。

 だが廬は近づく熱量に弾くことが出来ないと気が付き転がるように回避する。

 廬が背後を確かめる前に間髪入れずにミライの雷撃が廬を襲った。

 

「ぐっ……!?」


 廬の足が雷撃に触れて痺れる。


「呆れる。足元を疎かね。なら」

「っ!? うわっ!?」


 廬の身体がふわりと浮き上がる。


「あんたが力を使わなければ死ぬわ」


 研究所の屋根よりも高い所まで浮き上がらせてミライはそこで止める。

 このまま魔力を遮断してしまえば廬は落下するだろう。

 地面に叩きつけられて目を背ける大惨事。


(さて、もしも自発的に落下している事態を宝玉の力は発動するのか)


 ミライが魔術を放てば壁が出現するのは既に確認済みだ。ならば、特異能力が廬の身体に支障をきたしていない以上、自然の死は宝玉の力は適応されないのではないだろうか。

 これでギリギリまで落下して廬が力を発動できなければ、ミライが救う段取りになっている。


「み、ミライっ」

「悪いけど助けないよ。あたしはあんたを殺す。そもそもあんたの力が発動しないって言うなら邪魔でしかない。此処で見事なまでに散ればお荷物も消えてあたしとしては万々歳ね」


 ぱちんと指を鳴らすと魔力の供給が途絶え廬は地面に近づいて行く。


「ッ!?」


 急降下の経験。力など使えたとして無理だと廬は死を覚悟した。

 ばーんっと土煙と少しの振動が研究所に響いた。


「廬さん!?」


 聡が廬の安否を確認する。地面に肉塊となった廬を見たくないが確認しなければと聡は近づいた。

 ミライは聡の反応を待つ。


「……っ!? 生きてる。廬さん、生きてるよ!!」


 聡の声を聞いてミライは近づくとクレーターが出来上がっていた。

 深さ三メートルほどの穴の中で血を吐いた廬がいた。

 血を吐いてはいるが何とか生きていたらしい。


(廬の身体が屈強だったから? 特別な力は感じなかった)


 特異能力だと言うなら目に見えたエネルギーの波を感じるはずだが、それが無いと言うことは廬の身体がとんでもないほどに丈夫か。もしくは……。


「ミライ」

「なに?」


 土にまみれて廬はまだ身体が言う事を効かないようで座り込んでいる。


「……実感はない」

「ええ」

「だけど、俺は確かに力を使っていたんだと思う」

「そうじゃなきゃこの状態に理由は付けられないわね」


 そう。廬が仮に普通の人と同じ身体能力をしていた場合、かなりの高さがある所から落とされて生きているわけがない。つまり宝玉は廬を救ったのだ。

 廬は実感がない。衝撃を身に受けて血を吐いているのだ。完全には防ぎきれていないのだろう。


(波は感じていない。宝玉の力は違和感がない。完全に自然に溶け込むこと、世界の一部で起こり得る事を起こした)


 魔力のようにエネルギーを感じていない。その代わり宝玉の光をミライは見た。

 冷たい光。それは誰にも干渉されない冷たい光。

 廬が一瞬のうちにミライを疑ったのだ。本気で殺すつもりなのだと……だからミライは、その冷たい光を感じる事が出来た。


(魔術師と特異能力者はベクトルが違う。だからあたしには見えたのかしら……仮にそうだとして、完全に弾けていないのは、あたしを少しだけ信じてしまっていたから、あの瞬間であたしが廬を救出していた可能性がある。お生憎様ね。宝玉、あんたは少しだけ過保護だった。そして、あたしの力を見誤っていた。あたしなら数ミリ程度で廬を生かすことが出来た)


 宝玉とミライは数センチの誤差。数センチで死を確信した宝玉と、魔術で数ミリ残っていたら救えたミライとでは価値観が違う。魔術師の許容を宝玉は知らないのだろう。


(けど、どうして生かしたのかしら。此処で廬を殺してしまえば、新しい器に入れたのに……)


 それ程までに廬と適合して離れ難かったか。

 宝玉に人と同じ感情有無があるとは思わないが噂では宝玉の意思があると言うのだから透明の宝玉にも廬を想う感情があったのかもしれない。


「あたしの勝ちである事に変わりないわね」


 ぼそりと呟いた。誰かと勝負していたわけじゃない。ただ宝玉の許容範囲を超えた。

 特異能力よりも魔術が優れていることが証明された瞬間だったからだ。


「聡だっけ?」

「え、うん」

「彼を休ませてやって、今日はこのくらいで終わらせましょう」


 宝玉の意思が廬を守る。寧ろ廬しか守らないのならもう手の打ちようがない。

 少しでもミライを疑い、敵意に気が付いた。その小さな疑念が大きくなる。

 そして、確実を手に入れた瞬間、廬は力を支配出来るだろう。




 廬の怪我を治している間、力を分析して伝える。


「結論から言わせてもらうけど……、あんたは自分を保ちなさい」

「俺を?」

「そう。偽物に惑わされない為に確固たるものを手に入れる。それがあんたの今するべきこと」

「はははっ」

「面白い?」


 清潔なベッドの上で点滴が付いた腕。身体の擦り傷を治す為に巻かれた包帯。

 廬は俯きながら笑った。何が面白いのかミライは分からず首を傾げた。


「俺の確かなものを見つける。いろんな人に言われたんだ」

「他の人だって同じ見解に至っていたってわけね。あたしがわざわざ言う必要もなかった」


 答えが出ているのならもういいかとミライは部屋を出て行ってしまう。

 しかし廬にとって確かなものとは何なのか分かっていないのが問題だった。


「……臆病になるな。俺はもう見つけてるはずだ」


 もうその手に、大切なものを、自分を手に入れているはずなのに廬はそれを口に出せなかった。


「コワいのかにゃあ?」

「!? 猫、いつの間に」

「オレァはどこにでもいるにゃあ。そして、オレがオマエに声をかけたと言う事はもうわかってるんじゃにゃあい?」


 ずっと廬の行動を見張っていたのかと警戒するとその様子に気が付き言った。


「オレァは何もするつもりはにゃあよ」

「なら、何をしに来たんだ」

「退屈なんだにゃ~。オレは見ているのが好きだが、こうも何もないとオレの尻尾が縮れて丸まっちまうにゃあ」


 廬をずっと見ていたが廬が蹂躙されている所を見ているのは楽しかったがそろそろクライマックスに行ってもいいのではないのかと言う。つまり、筥宮に向かえという事だ。


「どうしろって言うんだ」

「んにゃのは決まってる。筥宮に行くみゃ?」

「鬼殻は襲って来ないって事なのか?」

「オレが知るわけがにゃい。ただオレが退屈しているって言ってんだにゃ。オマエが蛆虫をしている間もオレは退屈してる。だからお宝を持ってる連中で戦場に行けって言ってるんだにゃ」

「言われなくとも……行ってやるよ」


 猫が退屈だと言っているが、もう佐那を筥宮に連れて行くことは決まっている。

 廬の我儘で御代志町に残っているだけだ。それももう終わりだ。

 廬自身が決意を固める事が出来ればいつでも筥宮に向かえたのだ。


「けど行けてにゃい。どうしてか、結局オマエはニセモノに会うのがコワいからだにゃあ。臆病者はいつまでも安全圏で見守る事しか出来にゃい」

「俺を挑発しているつもりか?」

「そうだ。じみーに挑発されてにゃい感じで詰まらないにゃあ」


 猫は退屈だと言い続けた。

 早くこのド田舎から出て早々に筥宮を激戦の様子を見たくて仕方がない。

 筥宮に行って鬼殻と会い殺し合いをして厄災を阻止するのは誰なのか猫は見たい。

 誰が生き残るのか気になって仕方ない。だから、廬に早く佐那を筥宮に連れて行って欲しい。

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