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第88話 ESCAPE

 三十年か、四十年か、それよりも昔なのか。

 それは鬼頭華之が、御代志町ではなく御代志村に来た頃だ。

 御代志村は廃村として状況は最悪だった。復旧の目処などは立ってない。

 村の中には生まれたばかり子供が野ざらしにされていた。最悪な光景で救うことも出来なかった。救いたいと思えば思う程、その命は消えていく。

 心が擦り減ってもうどうしようもない所にまで追い詰められた。同行していた友人たちは「もう駄目ですね」と一目見て諦めた。


 土を素手で削り堀る。爪の間に入り込む土、血が滲む。

 文字通り血の滲む努力をしても村を立て直すことは不可能と言われた。

 人を救うことを生き甲斐にしてきた華之は、子供だけでも救おうとするが感染症で死亡してしまう。

 華之も諦めてしまおうかとふらふらと歩き出した。

 山奥の崖で身投げしようと身体を傾けた。地面に叩きつけるのを覚悟してもその衝撃は訪れなかった。顔を上げれば華之の腕を醜い姿でなおかつ強靭な体つきをした鬼が掴んでいた。

 ただでは死なせてくれないのかと……。


「責任者殿は、遠い街から村を復興させるために訪れた研究者。慈愛に満ちたその心をズタズタにされ仕事を放棄するのなら身を捨てる覚悟をしたのじゃ。他人の為に心を痛めるのは娘子とそっくりじゃな」

「命を救われたことで鬼を誤解していたと自覚したのか」


 鬼はこれ以上誰かが死ぬのを見たくはなかった。


「じゃあ、本の中の若い男はどうなったんだ? この話の続きは? 鬼が生きているという事は、若い男は鬼に返り討ちにあったのか?」

「自分の腹を捌いた」

「……」

「嘘じゃ」

「いい加減にしろ。焼き狐にするぞ」

「怖や怖や。こほんっ……子孫じゃ」

「子孫?」

「あの小僧は確かに奴を始末する為に山に戻って来たが、鬼を始末する事は出来なかった」

「どうして」

「墓を作っていたからじゃろう?」

「墓?」

「ほれ、そこじゃ」


 指をさした先には木の枝を平らにして地面に刺した棒がある。

 洞穴から少し離れた所に盛り上がった地面があった。枯れた花が刺さっていたのだろう。不格好な墓が作られていた。


「これは」

「崖から落ちた童の墓じゃ」

「嘘じゃなかったのか?」

「どうかのう……嘘かもしれぬぞ?」


 墓にはもう誰も来ていないようで雑草が生えている。


「鬼が墓を作っている所をその男に気が付かれて、男は殺せなくなったのか。けどそんな単純な事なのか? その程度の気持ちでいたのか?」

「……はあ、まあもう良かろう。わしの所為じゃ」

「お前の?」


 妖狐はゆっくりと思い出すように語り出す。


 退屈だった。あの時、あの村の残った男衆を誑かした。

 妖狐の特質した魅惑を出し惜しみせずに振りまいた。

 その結果、妖狐を欲した男衆が村を破壊し始めたのだ。民家に火を放ち、男たちは農具を片手に殺し合ってしまった。

 妖狐も初めは愉快だった。この美しさを前に誰かと共有なんてしたくないだろう。独り占めしたくて仕方ない。男たちは妖狐の為に殺し合ってしまった。高笑い、高みの見物。優越感に浸り愉悦を浴びる。


 だがその後、鬼は妖狐を殺そうとした。何故そんなに激怒するのか理解出来なかった。どうせいつか死ぬ人間を生かしておいても意味など無い。弄び飽きたら捨てる。殺して喰ってを繰り返している鬼が一番よく知っているはずだと言うのに半殺しにあった。


「珍しく叱れたわ! このわしをこっぴどく叱り、尚且つ生きておる者を救おうともした。あの小僧はその事を知らなかったようじゃが」


 鬼は知らなかった。村が滅ぼされたことを知らなかった為に妖狐の仕出かした事は鬼の耳に届くや妖狐を殺そうとした。

 鬼は和平を求めようとした。しかし、妖狐がした事で全てが台無しになった。


「この時代に和平など無駄なこと。科学が発展した結果、わしらは追い払われてしまう。こうして意思疎通が出来ると言うのにじゃぞ? 見た目が恐ろしいと言うだけで迫害されるのじゃ……ならば、殺してしまっても構わぬのだろ?」

「……俺は、お前を責めることはできない。俺だって鬼や怪物が現れたら怯える。怖いと思う。そして、そんな俺にお前たちは不快に思うのなら反逆を起こすのも当然だ」


 寧ろ怯えない方がどうかしているし、応報しない方もどうかしている。

 何も間違っていない。妖狐がした事をとやかく言えるわけじゃない。

 鬼が可笑しいと廬にだってわかる。何がしたかったのか分からないからだ。


 和平を結んでどうする。小さな村を守って何の得がある。


「もはやあやつの考えなど誰にも分からぬが……。あの村を救済しようと百年越しに人間たちが現れた。そこに立つ女。今で言う責任者殿を見た鬼は確信した。若造の子孫であるとな」


 若い男は、鬼が墓を作っていた所を目撃して殺す事を躊躇った。

 もとより殺意は薄かったのだ。村を滅ぼされてそれが強くなってもやはり鬼は善人だったのだと若い男は直感した。その証拠に鬼は遺体を丁重に扱っていたのだ。

 だから、若い男は逃げ出した。燃え盛る村を無視してがむしゃらに走り出したのだ。逃げ出した。もう復讐心を抱こうにも相手は悪人ではない。


 御代志村から逃げ出した男は、その村の事を忘れる事が出来ないままに他の町で暮らしていた。そして、子供を生み。巡り廻って戻って来た。

 遠い親戚がかつて御代志村で暮らしていたなんて知ったら驚きだろう。


「知っているのか?」

「さあの。そこらへんは二人だけの話じゃ。わしが知る所じゃないのう」


 罪滅ぼしだったのだろうか。

 この村を生き返らそうとした華之の献身的な姿に惹かれたのかもしれない。

 もしくは百年間申し訳ないと自責の念に囚われていたのか。

 鬼らしからぬ行動は周囲を驚かせたことだろう。


「責任者殿は鬼と交流があると気が付かれてしまえば鬼に危険が及ぶと判断し仲間には言わんかった。調査を終えて時代が流れ、責任者殿は孤児院を開くのを建前にやつの居場所を作り上げようとしたが……なんとも愚かなことをしたものじゃ」


 研究者を辞めて、御代志町として立て直した。


「……立て直した。その事を町の人達は知っているのか?」

「知らぬじゃろうな。所詮は移住民。先住民の事などどうだってよいのだ」


 洞穴に近い洞窟の中で生んだ息子と娘。

 都市伝説で怪物との間に子供を授かったと言ってバラエティ番組のネタにされてしまう。御代志町が出来て発展していく。孤児院を建設してるうちに政府の人間に気が付かれてしまった。いったい何処から嗅ぎ付けて来たのか。鬼を包囲されたくないのなら厄災の研究をして厄災を終わらせるように命じられた。


「……」

「なんじゃ! 言わんと言った手前全て言うてしまったわ!! どうしてくれる小僧」

「……どうして俺に言った」

「どうしてじゃろうな?」


 妖狐は意味深長な微笑を浮かべる。


 華之は鬼を守ろうとした。子供たちを守ろうとした。

 しかし、孤児院を運営するどころか、政府に見つかり思うように動けなくなった。

 もしも政府が華之に目をつけなければ、今頃、華之は鬼と仲睦まじい夫婦でいられた。鬼殻だって暴走しないで、瑠美奈にとっても良い兄でいられた。


「変えることはできないのか? いや、変えなくて良い。やり直すことはできないのか? 鬼殻と瑠美奈がまた一緒に暮らせる道はないのか」

「ぬし、あの小僧が正気じゃないと思って居るのか?」

「いや、あれが本心なんだろう。あれが鬼殻の本性で、もう変えることなんてできない。なら、そのままで瑠美奈とまた家族で居られることはできないのか?」

「事なかれ主義たるぬしが誰かの為と? 嗤わせる」

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