第81話 ESCAPE
総合病院にて。
真弥は入院が決まった。当然だ。原因不明の昏睡状態なのだから。
こちらの言葉が届いているのかも分からない。
病室で点滴が腕にある。真弥を生き繋いでいる細い管。
かつての笑顔は暫く見る事が出来ないだろうと廬は顔を顰めた。
「君さ。久しぶりに会ってからずっとその顔、もう見飽きたんだけど」
儡が廬に指摘にする。
「久しぶりって?」
尋ねるとハッと儡は廬を馬鹿にするように笑った。
「まさか、あの糸識廬と名乗る男を君だと本当に思っていたわけ? 僕も甘く見られたものだね。彼が偽物だというのは知っていたよ。君と違って彼は明るく元気な青年だ。僕の知る廬は違う。人間関係を極限まで省こうとするに決まっている」
「よくわかるな」
「僕は君を知ってる。そう言っただろ」
「……ああ。だけど、その記憶はきっと意味がないんだ。俺は、俺じゃない。俺の記憶は、オリジナルのもので、俺はA型0号と呼ばれた……お前たちよりも先に生まれた新生物だった……らしい」
実感なんてない。記憶の忘却。それが後遺症。
棉葉のように一目見るだけで関係性を知る事が出来るわけでもない。
この後遺症は自分のことを思い出せないというだけで今までの記憶を忘れるわけじゃない。自分が糸識廬と認識し続ける。かつての自分を思い出せない。
「あのさ。君って本当に人の話を聞かないよね。君が糸識廬じゃないのなんて知っていると言っているんだよ」
「そんなわけがないだろ。俺の記憶は糸識廬の物だ。それを複写したもので……」
「だからさ、僕は蓋をした過去を知る事ができるって言ったんだけど」
幼少期の記憶が夢として見た時、儡と話をした。
その時、同じ言葉を聞いた気がする。
「君がA型0号だったことを僕は知ってる」
「……ならどうして言わなかった。俺が旧生物じゃないの事をどうして、まさか俺に気を遣ったのか」
「なんで僕が君に気を遣わないといけないのさ。憐の為だよ」
「憐?」
「ああ、君が新生物だって知ったら憐は、動揺するに決まってる。その姿を見るのもきっと楽しいけどさ、僕は憐を苛めたいわけじゃない。君が旧生物だって言い切るなら僕はその通りに扱う」
「じゃあ、あのとき思った以上に面倒くさいって言うのは」
「うん! そう言う事だね!」
廬が新生物のA型0号だというのは既に知っている事で儡からしたら驚くことでもない。
「自分の事を改めて知る?」
「……それは俺がショック受けるのか?」
「さあ? 僕は既に知ってしまってるわけだしね。僕自身は気持ちの整理はもう終えてるし」
知らなくて良い事もあるが、これは廬の事だ。知らなくて良いなんて言えない。
しかし儡は「記憶がないならそれに越した事はないよ」と言う。
今まで知らなくても生きていたのだから今更知ったところでだ。
「自分が何者か、なんて……漫画みたいな展開だね」
「面白がるな」
「折角真弥のように空気を盛り上げてあげようとしているのに君って男はてんで空気の読めない男だね」
「悪い」
「また謝罪。君さ、謝れば全て解決すると思ってる? そんな事絶対にないから……。因みに僕は怒っているんだよ」
「部屋を出ようか」と真弥の病室を後にすると儡は廬の服を掴み壁に押し付けた。驚く廬に儡はにこりと「一度やってみたかったんだ」と揶揄うが解放はしてくれなかった。
「っ……」
「僕が聡みたいなことを言うなんて思わなかったけど、僕の未来の妻を君の好き放題にされたくないんだ。君が瑠美奈を狂わせている。君が何者でも構わない。正直興味がない。でもね、君が僕の瑠美奈を殺すなら僕は君を殺す」
「なら、今すぐにでも殺せよ。俺はお前の瑠美奈を傷つけて手放したんだ。救うなんて出来もしないことを口にして、この様だ。自分自身の事もよくわかっていない俺を殺せば、少しは気分が晴れるんだろ。お前の言う通り、俺は偽物だったんだろ」
「お前……っ」
何度も見つめられた白い瞳。奥に潜む憎悪も見えた。
廬を嫌う瞳はきっと瑠美奈には絶対に見せない色をしている事だろう。
「瑠美奈が消えたのは俺の所為だ。だけどな、お前は何もしていなかっただろ。お相子だ」
何も出来なかった廬と何もしなかった儡。
互いにいがみ合う。元から親しいわけでもない。
これ見よがしに互いの悪癖が漏れ出す。睨み合い嘲り合う。
「おい、このろくでなし共。女の子を道具扱いしないでちょうだい」
「! ……ミライ」
腕を組みくだらない口論をしている儡と廬を睨みつける。
「瑠美奈が居ないのはこの際仕方ないとして、その鬼殻って奴の復活について言う事はないわけ? それとも異世界の魔術師風情はお役御免なのかしら?」
鬼殻が復活したことで今後の問題をミライは尋ねに来ると男たちのくだらない言い争いを目撃してしまった。
その事も話をしなければと儡は廬から離れる。
「ホテルに戻ってから言うよ。此処だとどこかの看護師が煩そうだ。君も来たいなら来ても良いよ」
「そりゃあどうも」
例のビルは火災報知の誤作動という事で通常営業を開始させた。
地下施設の事も最上階の事も気が付かれていないのは、新生物の特異能力だったのか。純粋に誰もあの場所の行き方を知らないのか。有耶無耶のままとなった。
地下施設に行くことは出来る。鷹兎伝手にビル内に侵入する事が出来る。
明日にでも儡とさとるが直接その生物を見に行くことになっている。
それに地下施設にはイムを放置してしまった為、見つけなければならない。
「儡、俺は筥宮を離れる。逃げるわけじゃない。鬼殻たちが病院か研究所を襲撃する」
「宝玉を狙って? なるほど、それで? 研究所を襲撃されたとして君に何が出来るのかな?」
「俺の力はお前たちの特異能力を反射出来ると聞いた。それを使いこなせればもしかしたら」
実際は宝玉の力だろう。一切の力を及ばせないなら、廬が宝玉の力を制す事が出来れば鬼殻も景光の力も廬には通用しないのではという。
「出来もしない事を言わないでよ」
「やってみなければわからない」
「そう。なら勝手に自滅して……僕はもう知らない」
そう言って儡はミライを見て「手伝ってくれるなら、君の力を借りたいな」と言う。
「乗り掛かった舟だし良いわよ。その代わり、あたしは好きに行動する」
「うん、わかった。ありがとう」




