第80話 ESCAPE
「ネクロマンサーと言うのをご存じですか?」
降霊術を行い過去と未来を知る為の術。仮初の命を与えて情報を得る。
その器に入ったのは前世の命ではなく悪魔の類だと言われている。
「此処まで来る間に多くの液状化した人間を見て来たと思いますが、あれは私の糧になった者たちです。もっとも貴方が私の身体を何処に隠したのか分かっていれば、こんな事にはならなかったのですがね。先日、やっと見つけましたよ。地下最下層。父と同じ所に私がいました」
「御代志から筥宮に持ってくるの大変だったんだぜ」
偽廬が鬼殻の遺体を運んだ。
瑠美奈は兄を食べなかった。それは情けからだったのか、嫌悪からだったのかは分からない。だが肉体が残っていたお陰で宝玉でどうとでも出来た。
器のない鬼殻は、この世に存在するために人の生気を吸いながらこの世に定着しようとしていた。
偽廬が肉体を御代志町から運ぶことで魂と肉体が引かれ合い綺麗に一人の人間として再臨した。
「今後は確実に厄災を鎮めましょう。協力してくださいますよね?」
一番の近道だ。誰を犠牲にしても厄災を無くすことで多くの人が助かるのなら、今までの憎悪を無かったことに……。
「話に乗るな!! 瑠美奈っ!!」
「っ!?」
「ちっ……偽物の癖に」
別の入り口から廬が駆けて来たが、景光の所為で身動きが取れなくなる。
やっとたどり着いたのかと偽廬が悪態をついた。
「0号。貴方にはまだ用はないのです」
「悪かったな。俺だってお前に用はない。瑠美奈を解放しろ」
「折角の家族水入らずに、無粋ですよ」
「そうかよ。水を差すようなことをして悪いが瑠美奈が床と友だちになってるなんて許せないから口を出させてもらった。自分の妹にあっさり死ねと言うお前の神経を疑う」
「一度死んでいるもので、少し常識がねじ曲がっているかもしれませんが、仕方ない事でしょう」
にこりと微笑む鬼殻。
「バカは死んでも治らないのか。生きる道を探すのが家族じゃないのか」
「価値観の押し付けですね。理想投影しないでください。貴方が理想とする事が仲睦まじい事だとしても私たちには無関係。世界と瑠美奈、そんなの天秤にかけるまでもなく」
「瑠美奈だ」
廬は間髪入れずに言った。世界と瑠美奈を天秤にかけるのなら瑠美奈を選ぶ。
それで厄災がやってきて世界が滅んでも構わない。瑠美奈がたった一人死ぬなんて廬は認められなかった。
そんな情熱的な事を言う廬に鬼殻は肩を震わせて「あははは」と無邪気に笑った。
「本当に美しいですね、廬君。確かに瑠美奈を一人死なせてしまえば、そこで時間は停止してしまう。ならば、貴方も瑠美奈と共に死ねば良い。そうすれば世界も貴方たちも願いは叶う」
「死にたくないって言ってるんだ」
「その選択は意味がないのですよ。瑠美奈の死は決定事項です。早ければ良いですが遅ければ厄災が来てしまうのですよ」
「厄災はお前たちでどうにかしろ。だけど、瑠美奈は連れて行かせない」
「ええ、連れて行きませんよ。貴方も共に来るのですから」
今はまだ宝玉が集まっていないから手出しはしない。しかし鬼殻は見張っているという。廬と瑠美奈が勝手な事をしないように、勝手に意味もなく死なないように見張っている。
宝玉が集め終えた時、また現れると三人は立ち去ろうとする。
「まて!!」
鬼化した瑠美奈を景光は「落ち着きなよ」と制する。
「くれぐれも怪我はしないように。もっとも怪我をしても助けてくれる王子様がいますか」
鬼殻は廬を一瞥して歩み出す。
「景光君、彼女の解放は私たちが出てからお願いします」
「分かってるわかってるよぉ」
三人が立ち去る。廬の身体が自由になると一目散に瑠美奈に近づいた。
助け起こそうと手を差し出した時だった。
「ア"ア"ぁ"ア"アぁアアぁアァっ!!」
「ッ!?」
瑠美奈の咆哮は施設を震え上がらせる。
牙の生えた口が強く噛み締められる。拳を握って床を殴り続けた。
震える瑠美奈は、泣いていた。
「……瑠美奈」
「っ……!」
呼びかけるとバッと顔を上げて、床を蹴り台座に駆けだした。
台座に置かれた青の宝玉を手に取る。
「こんなものっ」
「ッ!? やめろ!」
宝玉を床に叩きつけようとする。
廬の声は遅く既に瑠美奈の手から離れていた。
激しい音を立てて宝玉は弾んだ。宝玉に亀裂は出来なかった。
廬は安堵して宝玉を拾い上げる。
宝玉を拾っても廬の身体に異常がないのは、鬼殻の言う事が真実だからなのだろうと自暴自棄になりたくとも今は瑠美奈が心配だった。
「一旦、病院に行こう。……さっき、劉子に会った。真弥を見つけたのも知ってる。皆で考えればいい」
「鬼殻はいきてる。いきかえった。よみがえったんだよ。もうかんがえることなんてなにもない。いやだけど……鬼殻がしているのはわたしがしようとしていること、なにもかわらないよ」
「お前……何を言ってるんだ」
「廬だけがびょういんにいって……わたしは、鬼殻たちをさがすから」
「探してどうする。殺すのか」
「……ほうぎょくをぜんぶあつめて、わたしがとりこめば、鬼殻だってしんでくれるはずだから」
「なんだよ、それ。お前はそれで本当に良いのか」
瑠美奈は元から宝玉を全て制する為に生きている。
廬が勝手に瑠美奈を生かそうとしているだけで瑠美奈はいつだって死ぬ気だったのだ。今日宝玉が集めきれば、それを支配して死ぬ気だった。宝玉を持って消えるつもりだったのだ。
鬼殻がまだ黒の宝玉を持っている。その気になれば宝玉はその手に集まる。
いま此処にそれらを持ってこなくて良かったと命拾いしたのだ。
「それがわたしのしめいだから」
「っ!?」
「廬、ありがとう。たのしかったよ」
瑠美奈は今日が最後と言いたげに微笑んだ。
鬼化した笑みで瑠美奈は踵を返して鬼殻を追いかけて行った。
「待てっ……!」
追いかけようとしたが、鬼化した瑠美奈に追いつくわけがない。
伸ばした手は瑠美奈を捕まえる事も出来ずに虚空を握る。
立ち尽くして、どれ程経ったか廬には分からない。
呆然と何も頭が回っていない頃、スマホが音を立てた。
「……もしもし」
『随分と暗い声をしているね。僕、儡だよ』
懐かしい声だと思った。数日ほど偽廬と入れ替わっていたのだ懐かしいのもの当たり前だ。
「どうして番号が分かった」
『ホテルの方に訊いたんだよ。万が一の事があればと緊急連絡先に君の番号が』
「そうか。賢いんだな」
『馬鹿にしているならもう良いよ……ってダメ、僕からかけたのに。病院に行ったらもぬけの殻で驚いたよ。瑠美奈を連れ出して何を考えているの? 挙句に憐を見つけたり、劉子がミライと真弥を連れて病院に来た』
「……劉子は」
『寝てるよ。彼女の後遺症は僕も知っているから、ご心配なく』
劉子は無事に病院に真弥を連れて行くことが出来たようだ。
真弥の状態は最悪だという。飲食をする気力すらない為、いつ死んでも可笑しくはない。
『瑠美奈は一緒にいるんだろうね?』
「……」
『? もしもーし』
「悪い」
『悪いって……何が』
「俺は何も出来なかった。ただ叫んで飛び出しただけで何も出来なかった。俺なら出来るって思い込んで、舞い上がってたんだ。瑠美奈を引き留めることが出来ない癖にっ!!」
後悔。儡に懺悔する。
悔しい。鬼殻を前に何も出来なかった自分がどうしようもないほどに嫌いになりそうだった。
自分がA型0号だとかどうでもよくて、瑠美奈の為に何かしてあげたかったのに結局その手を掴む事も、追いかける事も出来なかった。
瑠美奈を守ると言っておきながら守られて、全てを犠牲にしてでもと意気込んでいた癖に……。
後悔を口にすると弱音がとめどなく出て来る。
こんなことなら、筥宮に来なければ良かったのだと、こんなことなら、自分が瑠美奈に腕を差し出して研究所に向かってもらえば、華之は死ぬ事はなかったんじゃないか。
「もう取り返しの付かないところまで来ているんだ。俺はッ……一人で何でもできる気でいた。もう宝玉が集まってしまえば、瑠美奈を救う手立てが無くなる」
『……君は自分が優秀で何でもできる神だとでも思っているのかい? 本当にバカだね』
「なん、だと……」
『僕がいつ君に期待した? 僕がいつ君に全てを押し付けた? 瑠美奈を助けるのは君じゃない。勿論、僕でもないだろうけどね』
優秀じゃないのは知っているし、新生物でもないのだから特異能力が使えない事も知っている。末端の研究者崩れでもない男が足掻ける範囲なんてたかが知れている。
それこそ、瑠美奈の死期は刻一刻と迫っている事も事実で、だからこそ廬一人で任せているなんて思われては困ると儡は呆れを通り越して哀れだと声色がする。
『僕は一度だって瑠美奈を託したことはない』
「お前は、瑠美奈を救う方法を思いついたのか?」
『いいや? 全然』
「……」
『僕では思いつかない事は君が、君が思いつかない事は僕が。瑠美奈を救う為ならなんだって使う。それが旧生物でも』
「……ありがとう」
『なにが? 良いから早く戻って来てくれる? 情報が欲しい』




