第74話 ESCAPE
「侵入者捜索中、侵入者捜索中」
巡回する自立防衛機。何処からともなくと増え続ける。
「自動量産機能でも備わってるのか」
廬は物陰に隠れて様子を窺っていた。
会議室に落ちていたインク切れのペンを廬は進行方向とは逆に勢いよく投げた。
カタンと小さな音が聞こえると自立防衛機は一斉にそちらを向き走り出した。侵入者が立てた小さな音の波長すら逃さない。
ウィーンと機械の足が動いている音が廊下に響く。遠退くのを確認した廬は手で瑠美奈たちに会議室から出て来るように合図を送る。
中腰で出来るだけ音を立てないように廬のいる方に向かい通り過ぎてエレベーターホールを目指した。
自立防衛機は音の正体がペンである事を確認すると振り返り本来も持ち場に戻ると廬たちがいる事に気が付かれ「侵入者発見! 侵入者発見!」と繰り返して周囲の自立防衛機に知らせている。
「走れ!」
廬の言葉に瑠美奈たちは慌てて足の速さを強める。ガタガタと追いかけて来る自立防衛機と一定の距離を保った瞬間、最後尾を走っていた廬が振り返ってその手にあるモノを自立防衛機に向けた。
そして、勢いよく手に力を込めると消火剤が廬に一番近い自立防衛機のレンズに直撃する。
『緊急事態発生! 視認レンズニ損傷ヲ確認! 緊急事態発生! 前ガ見エマセン!!』
レンズが真っ白になり右往左往する自立防衛機は背後にいた自立防衛機を巻き込んで横転する。高圧電流を持つその手が同じ自立防衛機に直撃しフリーズを起こす。
横転したことでフリーズした機体は起き上がる事も出来ず煙を出した。
するとビーっ! ビーっ! けたたましい音が響いた。
『火災です! 火災です! 速やかに外に避難してください! 繰り返します。これは訓練ではありません! 速やかに外に避難してください』
天井のスプリンクラーが作動すると自立防衛機は防水機能が備わっていないようで放電しながら動きが鈍くなると廬は踵を返して走った。
スプリンクラーの水で濡れた床で足元が覚束ない。
「最近、濡れてばっかだな俺」
エレベーターホールでは鷹兎と瑠美奈たちが待っていた。
「無事で良かった。迎えに行こうと思っていたところです」
エレベーターに乗り込むと今度は劉子がボタンを押した。「7」「5」「3」「6」「4」の順番で押すと『緊急システムが作動』とアナウンスが鳴る。
「監視カメラが停止したです」
「なるほど、だから僕では最上階の道しかわからなかったんですね」
「です」
地下に向かうエレベーターは一定の災害を予想して完全にシェルター状態になっているらしい。
「景光は何を企んでいるんだ?」
地下まで行くまで少し時間がかかると言う為、廬は劉子に尋ねる。
「景光さんは何も知らないと思うです」
「知らない?」
「です。私たちは鬼頭さんの反乱で研究所に帰れなくなったです。その後は、行く先々でお世話になったです。転々としたです。研究所に戻ったら殺されると思ったです。だから、日本一周をしたです。……そしたら、劉子たち宛てに指示書が届いたです。筥宮のこのビルでの生活を許されたです。相手は知らないです」
その指示書には、筥宮に来て定期的に訪れる命令を実行する事だった。
劉子で出来ない事は景光がやり、景光が不慣れな事は劉子がやる。
バランスの取れた関係だからこそ、認められた。
(二人を新生物と知って命令を出した。生活を保障するのなら断る理由もない)
「相手に会ったことはない?」
「劉子はないです」
「景光がある可能性があるって事か」
「……です」
「? 気になる事があるのか」
俯いて思いつめた顔をする劉子に廬は尋ねる。
「景光さんが、私に黙って仕事に行くです。後遺症の所為で長時間も引き留める出来ないです」
何をしているのか、何をさせられているのか。劉子は心配で気が気じゃないと悲しい表情をする。
景光がしている事が善なのか悪なのかは測れない。この状況を明確に測れるのは、真弥だけだと内心廬は思った。
「劉子はどうしたいんだ?」
「……です。私は景光さんを危険な目に遭わせたくないです」
「わたしもそう」
(劉子にも黙って……景光は何を企んでるんだ)
『説明する義務って生じてないわけだし~』
(説明する義務がないんじゃない。説明してはいけない義務があるのか。劉子に言えない事情がある)
チンっと地下に到着した。ガタンと重々しい音を立てながら扉が開く。
眼前に広がる光景に廬は絶句した。
「……廬ッ」
「見るな!」
廬は咄嗟に瑠美奈の目を塞いだ。そんな事をしても意味がないのは分かっていたがそれでも少女に見せられる光景ではなかったのだ。
瑠美奈の方が見慣れているかもしれない。人を食べる瑠美奈にこの光景を見せた所で発狂しないのは分かっているが見せてはいけない気がした。すぐ横を見れば鷹兎が劉子の目を覆っている。
扉が開いた先は長い廊下が続いていた。
そしてまるで、エレベーターに向かっているかのように奇妙な生物が徘徊していた。
半分液状化が進んでいるものもいる。べちゃりぐちゃりと耳障りな音が聞こえる。
その状態を廬は何処か見覚えのあった。だがそれが何処なのか思い出せない。
「これは一体どういう事なのでしょう」
驚きながら何とか言葉を絞りだす鷹兎。どうもこうも廬が一番聞きたい事だった。
ただの企業ビルの地下でこんな非人道的実験が行われていた。誰もその事に気が付いていなかったのだ。
「私が来た時はこんな事になってなかったです」
劉子でも知らされていなかった実験。
「此処にいる奴は相当頭が狂ってるのか」
御代志の研究所では生身の人間を使っての人体実験は行わなかった。
いや、行ってはいた。佐那は研究所に移動した後に秘密裏に人魚の血を投与され続けていた。他にも幾度となく人体実験は行われていたが佐那が現れてからは中止している。
もう終わった事とばかり思っていたが、此処で続けられていた。
だが無理もない話だ。たかが研究所の一つが旧生物の人体実験を中止したからと言って他の研究所が中止にになるわけじゃない。
カレらを避けながら先に進む。
「ァ……ギィ…………ィダァイ」
「マ……マ…………エ、ナイ…………」
声のような音が聞こえる。聞き取ってしまえば気が狂ってしまう程の引き攣られる音に廬は顔を顰めながら瑠美奈の手を引いた。
「びっ!」
誰かいないのか探しながらぐちゃぐちゃのカレらの横を歩いていると廬が背負っていたリュックサックからイムが飛び出して来た。
「あ、おい! イムっ!」
イムはその場で少しだけ揺れたと思えばぴょんぴょんと跳ねて先に行ってしまう。来たことがないはずだが一切迷いのない様子で進んで行ってしまうイムを追いかける。
「っ……やめろ! イム!!」
曲がり角を行きイムが見えなくなる。だがすぐに見えた光景はまだ人の形を保ったソレを食おうとしているイムだった。
しかしながら呼び止めるのが遅くイムはその人を食べてしまった。
「雑食にも程度があると思いますが」
追いついた鷹兎が呟いた。
今までこんな事なかった。イムが人を喰らうなんて事はなかったのに今になってどうしてそんな事をしたのか。空腹でもイムは無断で何かを食べるなんて事しなかった。
この地下室で可笑しくなってしまったのかとありもしない事が思考をよぎる。
イムはそのまま何処かに行ってしまった。追いかけるにしてもカレらが邪魔で廬たちでは進めなかった。