第50話 ESCAPE
翌日、憐はDHRの特訓と真弥を連れて外に繰り出した。
「ふわぁ〜……」
移動通路の上で真弥は欠伸をする。早朝に起こされてまだ眠い気持ちを殺して憐の用事に付き合わされる。嫌と言うよりは事前に言ってくれたら前日に準備をして早く起きることが出来た。
真弥にとって断るの二文字はないようだ。
一方で真弥に肩車されている憐は街並みを眺めている。約二週間ほど御代志町を離れて筥宮にもだいぶ見慣れて来た頃だが、やはり新鮮なものばかりで移動通路が路上にある事に驚いている。
技術が発展しているこの街は部分的に言えば他の街より優れている。
「まさか、ミライちゃんとDHRをやりたいなんて突然言われて吃驚したけど、憐君にも同じ趣味の友だちが出来て嬉しいよ!」
「友だちじゃないっすよ。同じ趣味でもない」
互いの合意の上でDHRをやりスコアが高かった方が宝玉を貰う。それだけの単純な賭けをしている。
それを言えるわけもなく憐はゲームセンターに連れて行って欲しいと真弥に頼んだ。別に勝てないかもしれないと言う不安はない。確実に勝てる自信はあった。
ポーズが必要だと思ったのだ。瑠美奈や儡に頑張っている所を見せて失態を挽回したい。
もしもミライを襲撃しているときに、瑠美奈が来なければ儡は厄災を起こした第一人者になってしまう。
宝玉の件を二人に伝えたのち、儡は二人の意思を訊かずにミライを襲撃する為に待機していた。
世間はしくじったら謝れば良いと言う。
だが謝っても許されない事は多くある。
盗みを働くこと、人を困らせること、自覚しないこと、人を殺すこと……。
厄災が起これば多くが実行されてしまう。
人を多く殺すのは実行者の憐だ。きっと燃やされて終わる。
「こんにちは、天宮司さん?」
ミライがゲームセンターの前で待っていた。
「こんにちは、ミライちゃん」
「なんでいるんすか?」
「なんで? 今日が約束の日でしょう?」
「昨日の今日で? 冗談っすよね?」
「あたし、待つのは嫌いなの。待つのも待たされるのも、そうやって約束が流れていくのも嫌い。だが思い立ったが吉日、善は急げ。あんたが善人であるなら、あたしがいつDHRをやろうと受けてくれるでしょう?」
「別に良いっすよ。そっちの方が早く終わるんなら」
筥宮いちのゲームセンター。
DHRの前で憐は赤いカードを翳した。
それはゲームをやる際いちいちコインを入れることなくカードを翳すだけで支払いを終えてすぐにゲームが出来るゲーム機専用のカード。
三百円でカードを購入できる上に三クレジット入っている為、実質カード分は無料と言うシステムを知り廬が作ってくれたものだ。
「曲は、NoMonsterでいい?」
「良いっすよ」
三曲の合計得点で競う事になり、真弥が採点者となった。公平な計算をしてくれると憐は知っている。
NoMonster以外の高難易度楽曲を二つ各々選び競う。
そうすること約十二分後、スコアを必死に計算している真弥を余所にミライと憐は休憩と自動販売機で炭酸水を買っていた。
「あんた、どうして本体でやらないわけ?」
魔術師だからなのか、憐が姿を消していても本体は見えているのか。真弥の横にある誰も座っていない椅子を一瞥する。事実そこに憐の本体は座って計算を眺めている。
「別にどうだっていいじゃないっすか。それでイカサマをしているわけでもない」
微かに開いている窓に近づけば気持ちの良い風が吹いて来る。
「あんたさ。どうして二人に従ってるわけ? 何でも出来るじゃない」
「あんたに言う必要が?」
「どうして本体でやらないのかって質問を除外してあげるから教えなさいよ」
此処で何も言わない事も出来たがこれ以上、後遺症の事を尋ねられるのは鬱陶しいと口を開いた。
「宝玉が俺を拒絶した。それだけっすよ」
宝玉に適合しなかった。それだけの事だ。
適合しなければ失敗作、適合したら傑作として瑠美奈のように大切に扱われる。
ただ特異能力が高いだけでは意味がない。宝玉が全てだ。
「拒絶されて、お嬢の餌にされそうになって……お嬢と旦那がそれを拒んだ。だから俺はいま此処にいるんすよ。あの二人が慈悲深くも俺を助けた。それだけで俺が二人に従うのは十分すぎる理由だ」
後遺症で死ぬのならまだましだ。だが同族に殺されるなんて絶対に嫌だ。
家族に殺されてその家族の心に深い傷を残してしまうなんて嫌だ。
研究所を支配するずっと前の事だ。今でこそ憐は儡と肩を並べるほどの実力者となっているが、昔の憐は弱い子狐だった。壁と棚の隙間に挟まって隠れるほど、誰かの後ろに隠れて怯えるようなか弱い子狐。
研究者に楯突くなんて以ての外で何でも受け入れるイエスマンだった。そんな過去を恥じながら、情けなくなければ救えた家族だっていたと後悔ばかり。
もう誰も失わせない為に憐は強くなった。母親に助言を貰っている今ですらまだ弱いと自分を律している。
「じゃあ、あんた。コレ持てないじゃん。なんで奪おうなんてしたわけ?」
「俺は万物をも騙す狐っすよ? 宝玉は使えねえっすけど持てないって事じゃない」
宝玉すら騙してしまう憐の力を研究者は気が付いていなかったから殺そうとした。知った時は掌を返して憐を重宝させていた。利用されるのには慣れている。
利用されている限り生き残れるのだから、媚びを売っていればいい。
そうこうしているうちに真弥がやっとスコアの計算を終えて近づいて来る。
「憐君の勝ちだぜ。一万スコアの差だ」
数字の掛かれたメモ用紙を見せられてミライは「勝ちは勝ちね」と呪文と思しき言葉を呟くとそこには光輝く宝玉が出現する。一体どこに隠し持っていたのか不思議なほどに違和感なくミライの手から出て来た。
「はい」
「なんでそんな簡単に……」
憐は警戒しながらも宝玉に手を伸ばすと一切の抵抗も無く手の内に収まった。
「あたしには必要ないからね。それに、多分この世界の重要物を持っていたらあたしは一生お母さんには会えないと思うし」
確証はないがこの世界の住民ではないミライではどうする事も出来ない。持っていたとしても帰れないのなら必要ないと呆気なく憐に差し出したのだ。
真弥はミライが宝玉を持っていた事に「君! え? なんでっ!?」と驚愕している。
「天狗。気づくの遅すぎ~」
「いや! 気がつけないって!!」
「きっとド屑は気が付けるっすよ」
「廬だって無理だって!!」
「……ぷっはははっ! あんたたち、あたしの尊敬する二人に似てる」
「尊敬? なにそれつまり、あんたは俺を尊敬してくれるんすか?」
「そうじゃない。てか、撤回するわ」
「出した言葉を飲み込むんじゃねえっすよ」
愉快だと笑うミライ。自分の尊敬する人たちが似たような会話をしていた事を伝えるが、やはり憐たちの方が幼稚だと撤回する。
宝玉を手にする憐は「まっ、なんだって良いんすけどね」とそっぽ向いたときだ。
そこにはいるはずのない男が立っていた。