第49話 ESCAPE
「まって」
突如として聞こえた幼い声。
憐は聞き間違えるわけもない、瑠美奈が背後に立っていたのだ。
瑠美奈は鋭い爪を幻である憐の首筋に突き付けて言った。
憐はどう言うつもりなのか困惑する。相手を殺してでも宝玉を奪うのは当然ではないのかと街灯の上にいる憐は瑠美奈に尋ねた。
「どうして止めるんすか? 宝玉を持っているのは俺じゃないんすよ?」
「このひとをころしたらやくさいがくる」
「……マジ?」
「まじ」
憐は「お嬢、離れて。もう何もしないんで」と言うと瑠美奈は離れてミライを見る。
「あんたは?」
「瑠美奈。てあらなことをしてごめんなさい。くわしいはなしをしたい」
「しなくていいよ。あんたたちと関わるつもりはないから」
「お嬢がわざわざ足を運んだんすよ。あんたに拒否権とかねえんすよ」
「バカ言わないでくれる。そこのお嬢様が来たのはあんたが粗相をしたからでしょう」
「憐のしたことはゆるされないのはわかってる。ぶしつけであることもしょうちしてる。だけどあなたがしぬことでこのせかいがほろびてしまうの」
「……どうして言い切れるわけ?」
「そのせつめいはべつのばしょでしたい。このばしょだとひとめにつく」
一切通行人がいない場所で人目に付くと言う表現は些か違和感があるも憐よりは話の分かる相手だとミライは警戒しながらも瑠美奈の言葉に了解した。
そうしなければ、憐とはまた違う威圧感が襲っている事に気が付かなければならないからだ。
向かった先は、ミライでは決して泊まる事の出来ない高級ホテル。
一体憐たちが何者なのかと疑っていると憐は「先に部屋に行ってるっすよ~」と驚異的な跳躍力でスイートルームの階層に跳んだ。
「不法侵入じゃないの」
「そもそも憐はホテルからでていることになってない」
「……窓から出て行ったってこと?」
「そう」
瑠美奈はそう言ってフロントで帰って来た事を伝えた後、スイートルームに行く。
スイートルームの一室で儡が待っていた。
ホット珈琲にミルクを入れてティースプーンでクルクルと混ぜていた。
瑠美奈は儡に宝玉を持っている女性、ミライを連れて来た事を伝えると顔を上げる。
「憐から聞いているよ。不躾な事をして申し訳ない。謝罪するよ」
「……あんたが責任者?」
「権限はないけど、一応彼らの世話役だったかな」
研究所での本来の任務である為、憐と瑠美奈に指示を出せるのは儡だけと言える。そんな事を考えながら儡はミライに言う。
「僕たちは君が持っている宝玉を回収する仕事をしているんだよ。その宝玉は世界に厄災をもたらすとされているんだよ」
「証拠は?」
「統計上の事実とでも言っておくよ。五年に一度。数日数ヶ月の誤差はあっても起こらなかったことなんてない。そして、そこには必ず宝玉が関係している」
信じない人なんていない。厄災は本当にやって来る。
阻止するためには瑠美奈の力が必要なのも事実。
「そして、宝玉は多分、異世界と繋がってしまったんだと思う。もしもその人を死なせてしまったら異世界とこちらの世界が衝突するかもしれない。それが僕たちで言う厄災」
「なに? この世界ではしょっちゅうなわけ?」
「現実で説明できない事、人の手で処理出来ない事は僕たちが対処する」
「まるで秘密結社ね。それで? もしかして、あたしその異世界人だって言うの?」
「そうだよ」
「ふざけてる。そんなのあり得ない」
「けど事実だよ。君は異世界人で間違いない。だってこの世界で厄災は常識」
「それも冗談でしょう?」
「こんな嘘を言っても誰も信じない。だから僕は言う。これは真実であるとね」
宝玉の件は極秘扱いだが、厄災に関しては隠そうにも隠せない。五年に一度周期的にやって来る。それを知らないと言った素振りは異常だ。
どれだけ頑張って生きても厄災は体験する。運が良くて体験しなくともニュースを見れば一目瞭然でひと月は厄災の話題で持ち切りになる。
それに他人事には出来ないのが厄災だ。
「……魔術師。異世界旅行はこれっきりにした方が良いと思うよ。世界の秩序が崩壊したら双方の世界が滅びる。大切な人がいるはずだ。その人を意味もなく死なせたくないなら宝玉を僕たちに預けて帰ってくれないかな?」
「帰れるのならね」
ミライは諦めたのか自分の事を話し始めた。
「あたしは確かに魔術師。この世界には無い技術でやって来た。だけど帰り方は知らない」
「来たのに帰れないってとんだドジっすね」
「あんたも一度、時空の穴に放り出される経験をしたら分かる」
魔術の師と一緒に世界を移動していた最中、道が不安定になり強力な魔力を持っていた師と繋がってた手が離れてしまった。その為、時空の渦に飲み込まれてこの世界に来てしまったのだと言う。
儡の知識でも流石に魔術師と名乗る存在はいない。怪物を親に持つ新生物が特殊能力を宿しているがそれを魔術と言うのは違う。生まれ持った才能。
ミライが本当に異世界人の魔術師だとしたら宝玉を所有するのも頷ける。ただの人間じゃないのなら何かしらの方法や手段を用いて宝玉を持っているのだ。
しかしながらその事を研究所の関係者に知られてしまえば、新生物の特権も失われて、ミライが解剖対象として捜索され捕えられて殺されてしまう。
死なせてはいけないのだ。異世界の住人を殺してしまえば即座に厄災はやって来るだろう。帰ることが出来ない以上、守らなければならない。
「魔術師にとって宝玉は何の役割があるのかな?」
「魔術を使う為のエネルギー物質とでも言っておこうかしら? 魔力を貯蓄する為の結晶ね」
「ないとこまる?」
「……別にあたしは大魔師の弟子よ。なくても困らない。けど、あんたたちがあたしの機嫌取りしているのは悪い気はしない。いい気しかしない」
「性格悪いっすね」
魔術師の性格など捻くれていると憐は舌を出した。
「宝玉が欲しいなら条件がある。あんたたちの事をもっと詳しく教えて。あたしがただの人間じゃないのと同じようにあんたたちだってそうなんでしょう」
「複合生物だよ」
「複合?」
儡は簡潔に新生物について口にする。
憐は狐の息子、瑠美奈は鬼の娘であることを伝える。
その事を世間に公言したところで意味がない。何の強請りのネタにもならない。
「そこの狐と一緒にいたのは普通の人間なわけ」
「彼らは協力者だよ。力はない。だからこの件は僕たちだけに任されてる」
と言っても憐が宝玉の件を瑠美奈と儡に伝えただけで廬と真弥には伝えられていない。きっと二人はスイートルームの寝室で熟睡している頃だ。少し騒いだくらいでは問題ではない。
折角の旅行だ。廬は気にして仕方ないだろう。お節介な分、憐にも気を向けるように頼んでいる以上、廬の手を借りる事は出来ない。
「もしもあたしが姿を消したらどうするわけ?」
「んな事させるわけねえっすよ」
「うん、流石に宝玉を持って逃げられちゃうと困るから憐と暫く一緒にいてくれないかな? 僕たちの事を知ってもらって、出来ることなら宝玉を譲ってもらいたいな」
「……心に訴えかけるわけ。強引な手が通用しない上にあたしが死ねば即座に厄災が起こるからね」
随分と慎重だと儡を見る。
慎重にいかなければ自分たちが厄災を起こしてしまう。そうなれば御代志町の研究所に残して来た家族たちが死んでしまう。役立たずだと殺されてしまう。
その真意を理解したのかミライは憐を指さして言った。
「あんた。あたしとまたDHRで勝負しなさい。それで勝ったら譲ってあげるわよ」
「ただのゲームでむきになる意味が分からねえんすけど。……今後は確実に勝てる」
「すごい自信だね」
「子供騙しのゲームっすからね。俺に出来ない事はないって話っすよ」




