第36話 ESCAPE
それからまた一週間が経過した。憐は炎天下の中、うろうろとしていた。通行人にはこそこそと不審者扱いをされている。実際金髪の青年が駅前でうろついていたら通報待ったなしだがどうして通報されないのか不思議でならない。
通報を阻止している人物がいるからだ。
「えーっと何をしているのかな? 憐君」
「ッ!? なんでもねえっすよ」
駅の前で仁王立ちするようにうろうろと歩き回っている憐に困ったように笑う真弥がいた。仕事中な事もあり駅員姿の真弥がいる事で周囲の人は真弥に任せて心配ないだろうと我関せず。
憐は真弥に声を掛けられた事で真弥がいたことに気が付きそっぽ向いて踵を返し歩き出そうとするが「いや、ダメじゃないっすか」とまた踵を返して真弥の前に戻って来る。
「俺に何か用事かな?」
「~~~っ!」
カッと顔を真っ赤にして悔し気に真弥を睨みつけるが流石に怖くはない。
何だかんだあり打ち解けてくれてはいないが気は許してくれているのは理解出来た。旧生物をまだ苦手意識は残っているが憐自ら歩み寄って来てくれていると真弥は信じていた。
友人を傷つけて友人の恋人も洗脳してと酷い事はしてきた。だがそれだって瑠美奈や儡の為だと知っている。怒りは感じているが真弥が首を突っ込むことじゃない。
もう少し何かあったなんて今だから言えたことだ。結果として皆無事だから真弥も憐に何か言うつもりはなかった。
問題なのはいまだ。憐は真弥に用事があるのは一目瞭然だがそれを言ってくれない。
真弥は、瑠美奈たちの件でサボりがちになっていた事もあり挽回する予定だった。時折駅前にある時計を確認する。
相手をしてあげたい気持ちは山ほどあるが生憎と暇じゃない。
「用事が無いならもう行くけど大丈夫?」
「はあ!? ダメに決まってるじゃないっすか!!」
「じゃあどうしたら良いの? 俺、これでも一応仕事があるんだけどね。君との話も魅力的ではあるんだけど、俺も生活が懸かってるんだよ」
「きょ、今日は仕事何時に終わるんすか」
「え、えーっと……点検とかもあるし、一日過ぎるかもよ」
「はあ!? なんで」
「なんでって……安全の為に? 毎日元気に安全運転で!」
「……ちっ」
「なんで俺が怒られてるのかなぁ~」
後ろ頭を撫でながら「参ったな」と苦笑いをする真弥は「じゃあ」と提案する。
「その用事が、今日中じゃないなら休みの日に君に時間をあげるよ。三日後、俺休みだからさ」
「……別に良いっすけど」
「よしっ!」
三日後に約束を取り付けると憐は納得して研究所に帰っていく背を見届けて真弥も仕事に戻る。
そして、約束の三日後、憐は早朝の五時から噴水広場のベンチにいた。
真弥が来たのは朝の八時だった。流石に時間までは決めていなかった為、早く来たがまさか五時からいるとは思わなかった真弥は寒くなかったのかと心配になった。
「人と約束したことないの?」
「……別に。研究所内で事足りるんすから」
そりゃあそうだと真弥は思う。外に出たことがない新生物だっていると聞いていた為、憐だって頻繁に外出はしないだろう。何なら仕事で外に出て来るくらいで誰かと約束をするなんて無い。今ここにいるのが幻影の憐だとしてもそれは同じだ。
瑠美奈とだって研究所内で約束するだけで外に出て会うなんて非効率なことは決していないだろう。
(なんか、申し訳なくなって来るな)
「そ、それより立ち話もなんだし、何処かに行こうか」
真弥の車でヴェルギンロックに向かう。
ここ数日、棉葉はヴェルギンロックを留守にすると言っていた為、憐を連れて行っても問題はないだろうと車を走らせた。
憐は車に乗ったことがなかったのか呆然としていた。会話はなかったがもしも事故が起こったらと憐は気が気じゃなかった。それが面白いのか真弥は笑うのを我慢する。
ヴェルギンロックに到着して店主にいつものオムライスを注文する。
「憐君は? 俺が奢るよ」
「……きつねうどん」
メニューを握って呟くと店主の耳に届いたようで調理を始める。喫茶店できつねうどんを頼むのも何かおかしいのではと思うがヴェルギンロックに無いものなどないのではと料理や飲み物の品揃えは素晴らしいものだった。
もっとも棉葉が「今日はアレソレが注文されるよ!」と言われて食材を用意している可能性もある。
「研究所の近くにこんな所があるなんて知らなかった。案外、監視も甘いんすかね」
「もうしなくて良いだろ? 瑠美奈ちゃんは戻って来たんだし」
「それとこれとは話が別っすよ。言っただろ。諜報員が出現れた場合、対処しないと」
「殺すのか?」
「必要があれば……俺たちは国からしたら危険物っすからね」
新生物だと気が付かれてしまった場合、憐たちは問答無用で殺されてしまうかもしれない。人権などないのだ。聡とさとるのように旧生物に近い性質を持ち合わせていなければ殺される。
「まあ暫くは諜報員も来ないと思うっすよ。結局デマだったわけだし」
廬が来たのは本当に偶然だったと憐は溜息を吐いた。
オムライスときつねうどんが運ばれてくる。
それらを食べながら他愛無い話をする。
「それで? 俺に用事ってなんだったわけ?」
「あっ……」
気が緩んできた頃合いを見計らって真弥は憐に尋ねる。
憐もその事を忘れていたのか箸からうどんが滑り落ちる。
俯きうどんを見つめる。すぐに意を決して言った。
「……俺たちを外に出してほしい」
「外? もう出てるじゃない」
「そうじゃない。御代志町からだ。俺とお嬢に旦那の三人。外に出してくれ。お魚ちゃんやハンプティとダンプティみたいに外に出たことはない。俺たちはずっと中にいた」
完成品に近い三人は御代志町から出たことがない。
海も知らなければ都会の喧騒も知らない。ゴミほどいる通行人を見てみたい。
観光地を巡って綺麗なものを見てみたい。
「五人で行くか」
「五人?」
「廬も入れて」
「……」
「じゃなかったら連れて行かないぜ。廬は瑠美奈ちゃんの保護者だ。保護者同伴なのは当然の事だろ?」
「お嬢はあのド屑よりも年上っすよ」
「だとしても人は外見で物を測るんだよ。五人で旅行をしよう。俺が車を出すよ。それとも電車の旅にするかい? その方が良いかも知れない。本当に各街の駅ってすごいんだよ! その街ごとに趣がガラリと変わるんだ。俺たちがいつも見ている御代志町の駅とは全く違う景色は子供心をくすぐられたよ。いや、今も冒険心って言うのかな未知な展開だとわくわくするよ!」
真弥の事は知っていた。廬と関わっている事で調査はしていた。
駅が好きで駅員になった少しだけ献身的な男。これほどまで駅が好きなのかとよくわからなくなる。
その反応に真弥は「君の趣味は?」と聞いて来る。
突然なんだとその質問の意味が分からないで怪訝な顔をする。
「ほら、好きなものに熱を上げるのは当然な事だよ。俺には駅があるみたいに」
「好きな事くらいあるっすよ」
「なに?」
「旦那とお嬢の二人を見る」
「えっ……」
「二人が話をしているのを見てるのは本当に楽しい」
幸せそうに話をしているのが好きだ。どんな話をしているかなんてどうだっていいほどに二人の世界は憐にとっては楽園だ。見ているだけで幸せな気持ちになる。
「趣味って言うか観察? いや、推しを見るという点においては間違ってないのかな」
「なんすか俺の趣味にケチでもつけるんすか?」
「いやいや良い事だと思うよ。好きな人達を見ている。憐君はその空間を守ろうとして今まで頑張って来たわけだしね」
好きな事を好きと言えるのは良い事だ。
外に出たことがないのだから身近なものに好意を寄せるのは当然だと真弥は思う。
「人間関係の推しはそのままで、新しい趣味を見つけよう! 旅行に連れて行くからその代わりに趣味を見つけてよ」
「……なんで」
「その方が人生が楽しいから」




