第35話 ESCAPE
一か月後。
廬、儡、瑠美奈は昏睡状態だった。
儡は、黒の宝玉がはじき出されたことで精神に損傷を負っている可能性があるらしい。目が覚めた後、記憶が一部破損していると考察がされていた。
瑠美奈は久しぶりに怪我をした事で回復に時間がかかる為に睡眠で力を封じている。
廬に関しては白と黒の宝玉に近すぎた事により意識の混濁が行われたと研究者から伝えられる。
入院していた佐那は宝玉を失い、歌っても誰にも響かない事で休止を公式サイトより伝えられてファンは復帰を待っていた。
魅了が出来なくなったことも原因の一つだが、何よりも佐那は歌えなくなったのだ。
歌おうとすると声が掠れて拙い音しか出せない。宝玉を長時間使用していた事で完全に支配しきれていない佐那の喉が支障をきたした。本来あり得ない音を発していたのだ無理もない事だと佐那は自分の不甲斐なさに自嘲していた。
そんな佐那を傍で支え寄り添ってくれたのは周東聡だった。彼は宝玉ではなく心から人魚姫自身のファンだ。
その理由も、かつて研究所で行われた事のあるイベントで初めて佐那の歌を聴いたときに聞き惚れた。弟のさとるもそんな無茶苦茶な兄に振り回されながら声が戻って来る方法を探していた。
真弥はいつも通りのんびりと駅員をしていた。休日には研究所に赴き廬と瑠美奈の様子を尋ねに行く日々。
そして、たまにヴェルギンロックに行きオムライスを食べに行く。その際、棉葉のくだらない話を聞く。
二人の事は心配だがそれでも仕事をしなければと笑顔を絶やさなかった。
憐は地下に来ていた。自分の母に会いに行ったのだ。
いつものようにIDカードが勝手に認証して堅牢な扉が開かれる。人魂が道を示しその先にいる妖狐。
「待っておったぞ」と来ることがわかっていたようで煙管を指で弄びながら憐を見て言う。
「旦那は、新生物なんすか?」
「傀儡坊は間違いなく新生物じゃ。しかし一体誰が親なのかわからぬ。ハイブリッドじゃの! ……まあ、それはおぬしらも変わらぬが。兎も角とその所為で特異能力とか言うものも劣化したのがこの施設の人間どもの汚点。上手く作り上げてしまえば娘子よりも強力な個体が生まれておったじゃろう。数字ばかりに囚われ奇跡を願わない。生命の神秘を信じようとしない末路が傀儡坊じゃ」
何もかも管理しようとしてしくじった。管理が一切出来ずに本物の感情を生み出してしまった。
「傀儡坊は全て偽物だと思ってるようじゃがそれは違う。遺伝子を組み替えられただけで傀儡坊が感じ取ったものは全て本物。宝玉の所為でそれら全てが書き換えられてしまったようじゃが」
「じゃあ、ちゃんと二人は」
「ああ、愛し合っておったよ。それをちゃんと口には出していたが気が付かなかっただけじゃ」
憐はそれを聞いてほっと安堵した。また二人は一緒に居てくれるかもしれない。
全て元通りになる。三人一緒に宝玉を制御する為に頑張れる。見つからない宝玉を探して世界を救えば新生物の未来は明るいものになる。
「全部、元通りっすか?」
「そうじゃな。概ねと言ったところじゃ。全てではないが、おぬしが危惧するようなことは起こらない。もっともあの三人が目覚めた後は分からぬがのう」
「? 目が覚めたらダメって事すか」
「いけないという事ではない。目が覚めなければ事は進行せぬ。故にいつかは目覚めるであろう。じゃが、それで動き出す者もいると言うことじゃ」
今の平穏を壊す者が御代志町に近づいているとでも言いたいのか妖狐は言葉を濁した。
「もう誰も傷つく必要なんてないじゃないっすか」
「ならば逃げてみせよ」
「どこに」
「どこにでも逃げ道はあるぞ? あの駅坊に頼んでみるが良い。あの男ならば何処にだって連れて行くことが出来る」
「……旧生物に頭を下げるのは御免っすよ」
「もう既に頭を下げているではないか。何を今更」
「それは、お嬢が関わってただけで……俺の頭は簡単には下がらないっすよ!」
もう下げてやるものかと意気込む事すらしてしまう程、憐は廬に頭を下げたことを後悔している。廬がいなければ瑠美奈は今以上に怪我をしていたし、儡だって宝玉をはじき出したりしなかった。
「……あのド屑は何者なんすか」
「ただの人間。と言ってもおぬしは信じぬのだろう」
「そりゃあ、新生物の抗争を止めるほどの人間なんていない。いや、天狗だってそれは同じっすけど……あいつら可笑しいっすよ」
「何も可笑しなことはないぞ坊や。そう言う奴がおった。それだけのことじゃ。ただ納得出来なかった。だから抗った。それだけのこと、取るに足らない人間の価値観と言うものじゃ。譲れなかったそれだけは何としても納得させるという意気込みのままに生きておる。それはおぬしにも言えたこと娘子を救いたい気持ちがあったから頭を下げたのだ」
「……そう言うものっすか」
「そう言うものじゃ。どうでも良い相手なら助けもせん。どうでも良かったら娘子はいまも山の中、おぬしは傀儡坊と旧生物を抹殺する為に動いとる」
何も変わらなかった一年を変えたのは廬でそれに便乗したのが真弥と言うだけで何も可笑しいことはない。何処かにそう言う奴がいた。それだけの事、驚くことなど何もない。
「お嬢が幸せになる事ってあるんすか?」
「わしは過去を知るものじゃ、未来なんぞ知るわけがないじゃろ」
見て来たものをそのまま語りはすれど未来を騙ることないと妖狐は言う。瑠美奈が幸せになる未来が無いかもしれない。
「あの男さえいなければお嬢は幸せだったかもしれない」
「たらればの話をしたとて意味なんてなかろうに。鬼が出るか蛇が出るか、それはその時になってみんと誰にも分らんことじゃぞ?」
「どっちも勘弁っすよ」
逃げるにしてもいける所なんて限られている。日本に存在していない憐たち新生物が何処に行けると言うのか。
(逃げる。この俺が……立ち向かう事が正義じゃないって誰かが言っていたか。この町から出て何処に……)
「……都会」
「ん? どうかしたのか?」
「都会ってところに行ってみたい気もする。だって俺たちこの町しか知らないっすから」
もしも外に出られるのなら、何処か別の街に行けるのなら御代志町の外から出てみたい。
「癪だがそこを我慢する事で何処にでも行けるぞ?」
「……天狗に花を持たせるのもありっすかね」
「そう言う事にしておいてやる。土産話を楽しみにしておるぞ坊や」
妖狐は憐の門出を祝う為に煙管を振るった。すると憐の耳にピアスが一つ増えた。
「なんすか?」
「まじないじゃ」
「まじないね。じゃあ有意義に使わせてもらうっすよ」




