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第34話 ESCAPE

 儡が意識を失った。儡の中から出て来た漆黒の宝玉が禍々しくも輝いていた。

 憐が宝玉を拾い上げると真弥が心配そうに「大丈夫なの?」と尋ねた。


(コレ)は幻影っすからね。幻影に宝玉は通用しない。俺本体が触れたら爆散でもするんじゃないんすか?」


 実態のない影は触れているようで触れていない。念力だってそうだ。触れずに物を浮かしている。それと似たような物だという。万物とは本当に万物で、物言わぬモノも化かしてしまうらしい。


「それよりお嬢を早く研究所に運ぶっすよ。その傷を治さねえとお嬢が死んじゃう」

「え、病院じゃないの?」

「お嬢を殺したいなら病院に連れて行けばいいっすよ。お嬢は絶対に治らないんすから」


 物理時間をどうにか出来るほど病院は進歩していないのだと憐は言って研究所に急いだ。真弥が瑠美奈を抱えて、廬が儡を抱えて研究所に急いだ。




 研究所にて。

 担架で運ばれていく瑠美奈。儡も身体の異常を確認する為に検査室に入れられた。憐はその場の指揮を執って忙しなくしている。

 憐に事情を訊こうとしている者ばかりで憐は鬱陶し気に「消えろ」と一蹴する。挙句には……。


「今から俺に今の現状を聞いた奴、片っ端から潰していく。黙って働け」


 いつもの軽い口調とは裏腹に早く瑠美奈を治療するようにと研究者に睨みを利かせていた。


 廬と真弥は瑠美奈の治療している光景を見せられていた。傷口をとりあえず縫い。なんとか止血をする。と言っても時間が動いていない瑠美奈の血は止まることなど無い。気休め程度の治療だ。


 痛々しい光景に目を背けたくなっていると一旦の仕事を終えた憐がやって来た。


「病院を勧めたって事はお嬢はあんたらに傷に治し方を教えてないんすね」


 長椅子に座り足を曲げる。床に足をつけないようにする工夫なのだと知る。どれだけ行儀が悪くても死に直結する憐は仕方ない事だ。


 廬は聡に言われていたことを伝えるが釈然としていない。


「物理時間が停止しているんだ。本来なら人を食べたって治らないはずだ」

「本来ならそうなんすよね。ただ本当にお嬢は幸運っすよ。絶対に治らないなんてことはない。お嬢の特異能力と後遺症はプラスマイナスゼロ」

「傷を治す特異能力?」

「それはちょっと違うっすね。まあオマケみたいな部分でお嬢の傷を治す事が出来る」


 憐が言うと瑠美奈の断末魔が聞こえて来た。廬が治療室の方を見るとその光景に絶句した。瑠美奈の姿が知っている姿をしていない。

 それでも背後で憐は語り続けた。


「お嬢は鬼。人を喰らう鬼。文字通り食人鬼なんすよ。親父が強力な怪物だったこともあってお嬢の力も桁外れ。親父を喰ったあの日からお嬢は変わった」


 鬼の娘。二つの角。鋭い爪。瑠美奈は仮の姿を廬に見せていた。

 無垢な少女などではない。血の気の多い鬼が瑠美奈なのだ。一振りするだけで八つ裂きに出来てしまう爪を隠して共に過ごしていた。


 四肢が拘束され自由を失う瑠美奈は苦しみに悶える。

 ちまちまと食事をしていたとは思えないほど大きな口。そこから見える牙。


「お嬢の怪我を治す方法はもうわかってるんじゃないんすか? 驚くことでもない」

「人を食べれば本当に治るの?」


 真弥が憐に尋ねると静かに頷いた。


「血肉を喰らう事で肉体が活性化する。お嬢は喰えば喰う程強くなるんすよ」

「フィクションじゃないんだ。あり得ないだろ」

「あんたらだって飯を食べれば元気になるじゃないっすか。喉が渇いたら水を飲むと潤う。それと同じっすよ。お嬢は腹も空かすし喉も渇く。怪我をしたら消毒だの包帯だのする。あんたと同じくお嬢の治療法は飯を食うこと、人間を喰うこと……だからお嬢は怪我を極力しないようにしていた」


 同じ形をしていたからと同じことを強要してはいけない。

 違う事を受け入れて、違う事を見て見ぬふりをする。


「お嬢は暴走しない。暴走しない代わりに人の姿では居られなくなる。この研究所のもう一つの目的。新生物をいまだに生み続けている理由は、お嬢の飯を確保するため」


 完成品に近い瑠美奈を生かし続ける為には自決させないこと、どれだけ嫌がっても喰わせて宝玉を制御させる。目的は同じだ。問題なのはやり方が違う事にある。


「それでもあんたらはお嬢をお嬢として、受け入れられるんすか?」


 鬼として迫害するのではなく今まで通り年端もいかない少女、瑠美奈として扱えるのか。憐は尋ねる。


「瑠美奈は、自分の人生を怨んでいるのか」


 長い沈黙の後、廬は憐に尋ねる。憐はその問いに目を逸らして思い出したくもない思い出を口にした。


「お嬢は生まれてこなければよかったと何度も俺たちに言った。生まれてこなければ俺たちを喰うなんて事が無い。こんな後遺症じゃなければ生きていた家族がいた」


 何度も泣いた。怪我をする度、誰かが死ぬ。

 そんな可笑しな話があるかと泣いていた。


「宝玉を制御したとしても怪我をし続けるのならお嬢はきっとその身を崖に落として死ぬ」

「……穏やかじゃないね。簡単に死ぬなんて覚悟を決める子は好きじゃないよ」


 真弥が言う。

 穏やかに事が終えれば誰も苦労していない。研究所だって必要としない。

 事の発端は顔も名前も知らない先祖がやらかした罪だ。

 六つも宝玉を生み出した連中の尻ぬぐいの為に五年に一度の贖罪を受ける。

 瑠美奈が死んで厄災が止まっても知ってしまえば受け入れられない。


「お嬢は悪くないんすよ。全部あの男が仕出かした事だ。あの男さえいなければお嬢は自分の後遺症に気が付くこともなかった! 後遺症が見つかる事もなかったんすよ!」


 憐が忌々しいと顔を上げて訴えた。あの男。それが誰の事なのか二人は知るわけもない。

 瑠美奈の後遺症は簡単には見つけられなかった。後遺症はある日を境に見つかった。発症したと言った方が合っているのかもしれない。幼い瑠美奈に齎された不幸。


「鬼頭鬼殻。あの男さえいなければお嬢の怪我だって普通の人間みたいに治っていたはずなんすよ」

「鬼頭鬼殻……っ」

「廬?」


 その名前を聞いた瞬間、廬は頭を押さえてふらついた。

 真弥が廬の違和感に気が付き近づく。

 激しい痛みに襲われた廬を支える。


(知らないはずだ。それなのに俺は、その男を知っている)


『可哀想と言う存在こそ美しい。そう思いませんか? 誰かに迫害される事こそ、その人間性を極める。貴方に決めました。貴方で最後です』


 廬の頭に流れ込んでくるような。いや、湧き水のように溢れる記憶。忘れていた記憶がよぎる。


 手術室。手術台に寝かされた廬の前に誰かがいた。誰かが話をしている。ライトが眩しくて顔が見えない誰か。それが鬼殻なのかも分からない。ただ痛みに顔を顰める。


『―――、貴方が完成した日にまた会いましょう』


(誰だ、お前は……。俺は何を見せられている)


 瑠美奈を本物の鬼にした男。廬の記憶に関係した誰か。

 思い出せない。思い出さなければならない事だと言うのは明白だ。


「廬! 廬っ!!」


 真弥の声が遠く離れていく。痛みで意識が飛んだ。

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