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第22話 ESCAPE

 十二時間前、御代志研究所にて。


「裏切り者はいつだって嫌いな奴に唆されて終わるって言うのがお決まりで腹が立つんすよね。そう思わないっすか?」

「ッ……」


 窓一つない白い壁に満ちた部屋。憐と拘束された佐那はいた。


「まぁた糸識廬とか言うド屑に邪魔された。あんまり俺を怒らせるの辞めて欲しいんすけど」

「……勝手に怒っているのはそっちじゃないですか」

「そーっすよ。俺って短気なんすよ。だから、お嬢がド屑を選んだ事も勝手に気に入らないって怒ってるだけなんであいつには罪はないんすけど、旧生物だって事が罪っすよね」


 理不尽な理由で廬に怒りを向ける憐。

 そして、嫌いな相手に救済を求めた佐那を憐は許さなかった。裏切りの報告はすぐに届いた。佐那の担当していた憐に報告が来ると怒りに柱を一本破壊してしまい近くにいたホワイトが血の気を引かせていたのを今でも覚えている。

 お陰で修理費を憐の給料から差し引かれることが決まった事で冷静にはなっていた。


「俺ねぇ、連日失敗続きで疲れてるんすよ。あんたを呼び戻したのは、資金確保とは別にあのド屑をあぶりだす事だってのに、なんであんたが絆されるんすか。バカなんすか? いや、バカだろうと何だろうとよりにもよってっすよね?」

「どんな因縁があるか知りませんが、あたしは裏切ってない」

「へえ、裏切ってない? じゃあどうしてド屑に慈悲を求めてるんすか?」


 憐はポケットから黄色い動物の耳のような形のアタッチメントを付けたスマホを取り出す。その画面には喫茶店で廬と寝ている瑠美奈、向いの席に座る佐那の姿があった。俯いて洗いざらい全てを語っている佐那がいる。


「あんたの裏切りを決定づけた証拠映像って奴が此処にあるんすよ。なあ?」

「痛ッ!」


 憐は佐那の髪を乱暴に掴み目を合わせる。


「所詮まがい物の癖に救いなんてあるわけねえって気が付けよ。誰のお陰で生きられているかよく考えることっすよ」


 橙色の瞳が濁って見えた。


「瑠美奈は間違ってないです。こんな所にいたら渇いて死んでしまう」

「はあ? ならあんたも裏切り者の烙印を焼いてド屑の所に行くんすか? 俺はそれでもいいっすよ。その代わり二度と戻ってこられないし宝玉も没収で」

「やめてっ!」

「じゃあ素直に言う事を聴いてお利巧さんしてたら良いんすよ。お魚ちゃんは餌を与えただけでパクパクしちゃって……バカじゃないんだからそれくらい分かるだろ」


(宝玉が取られたらあたしはまた……ダメな子になる)


 宝玉を奪われたらもう誰にも見向きもされないで生きる。

 瑠美奈にも見てもらえない恐怖を佐那は感じた。

 宝玉があれば、宝玉を持って瑠美奈に会いに行けば「すごい」と褒めてくれるかもしれない。少しでも視界に入れてくれるかもしれないと言う淡い期待を抱いて此処までやって来た。


「……もっとも中途半端な奴に関しては、奥の手つーか最終手段があるんすけどあんましたくないんすよね。面倒なんで」

「なにを、するつもりですか」

「人間って奴は目に見えている事しか信じたりしない。俺が此処にいる事を素直に信じ切っているんすよね」

「何を言っているんですか」

「俺は何処にもいないんすよ」


 言っている意味が理解出来ないと佐那は憐を凝視する。

 何処にもいないと言うのなら今まさに目の前にいる男は一体誰なのか。


「まあ未完成品に言っても理解出来るわけねえっすよね」


 心地の良い音が聞こえた。一体何の音なのか佐那は周囲を見回すとその光景に目を疑った。そこには憐がもう一人いた。目の前にいる憐と横で指を鳴らした憐。

 どちらも同じ服装に同じ瞳をした瓜二つの憐。


「なっ……!」

「俺、あんま得意じゃないんすけどあんたが言う事を聴かないから調整させてもらう」

「調整? 何をするって言うんですか」

「宝玉の所有条件はあくまでも『愛』なんすよ。誰にも愛されないあんたが存在する事が条件だ。それなのにド屑にその条件を解除された日にはこっちの計画が無駄になる。だからあんたがあのド屑に現を抜かす事のないように調整をする」

「そんな事をしなくてもあたしは」

「女って簡単に靡くんすよ。ちょーっと褒めたりしたら簡単にコロッと……お嬢以外、信用ならないっすよ」


 再び心地の良い音が聞こえた。その瞬間、佐那の頭の中で何かが書き換わっていく。そんなフィクションな事があるわけがないと思いながら廬の事を思い出せない。

 顔のない男が瑠美奈と一緒にいる。次第に瑠美奈の顔すら思い出せなくなる。

 それが憐の力だと言うのかと佐那は目の前にいる憐を睨みつける。


「あたしからあの人たちは消させない!」

「どーだって良いっすよ。期間中まであんたが使い物になれば次の試作品を使う。あんたの代わりなんてゴミのようにある。俺たちに必要なのは試作品じゃない。完成した完璧な檻《器》なんすよ」


 身動きが取れない佐那では憐の特異能力を防ぐ術はない。


(歌え。歌えばこの男を止めることが出来る)


 佐那は口を開こうとした。歌おうと声を発そうとするとかひゅっと掠れた音が漏れた。


「気が付くのが遅いんじゃないんすか? この部屋に入った瞬間から、宝玉の力は封じられてるんすよ? もっとも完全に防ぐ事は出来ないっすけどね。あんたのように中途半端な奴が相手なら容易だ。だからあんたは歌を歌うことは出来ない」


 嘲るように肩を揺らす憐。

 研究所がただ適正者を見つける為に奮闘していたなんて思われていたなら心外だと憐は冷ややかな目を向ける。宝玉を手にして力に酔いしれる個体が生まれないとは限らない。

 必ずしも瑠美奈のように大人しい個体じゃない。自由に使うことが出来る力があれば使いたくなるのは必然。新しい武器を手に入れたら誰かを殺したくなるのと同じだと憐は言う。


「あんたは宝玉の力が無ければただの旧人類なんだよ。俺に敵うわけがないだろ」

「ッ……」


(嫌いだ。大嫌いだ。……こんな所で役に立たないあんたなんか大嫌い。あたしの大嫌いな人魚姫。歌えッ!!)

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