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第21話 ESCAPE

 空気が抜けるような音が聞こえた。何処からしたのか考えるまでもない。

 憐の視界に黒い空が広がっていた。


「は?」


 撃たれたのだ。それは民間人なら躊躇する引き金を引いて憐を撃ち抜いた。怪我はしていない。怪我が出来るほどの代物じゃないのは分かっていた。実弾ではないのなら憐を仕留めることは出来ない。そもそも新生物を相手に実弾でも敵うかどうかだ。


「やばっ……」


 憐は冷や汗を流した。先ほどまで自分が立っていた場所が離れていく。背中が熱くなる。まずいと思考回路が目まぐるしいほどに回っている。どうするどうする。どうしたらいいと懸命に考える。


「ホワイト!」


 憐が叫ぶと指示を待っていたホワイト隊が現れた。憐は近くにいたホワイトを器用に蹴り踏みつけた。身体が麻痺している事が分かる。立っているのがやっとだった。


「やっぱり、全部あの人の言う通りかな」

「あの人?」

「……この銃を渡してくれた人だよ。君は地上を歩けない。地上を歩いてしまえば燃えてしまう。それが君の後遺症だ」


 誰の事なのか憐は新生物の事をよく知り且つ民間人に加担しそうな人物を探す。

 一人だけピンポイントで現れたが可能性が低すぎた。条件と合致しているが一つだけ合致していない。それが合わないだけで協力するわけがないと否定される。

 結果分からなくなる。憐の知らない新生物の事を知る人物など出てこない。

 何よりも憐の後遺症を断言できる人物など数が限られている。


 負けた。


 その言葉が思考を埋めた瞬間、憐の目が熱くなる。また負けた。

 怒りが沸々と湧いて来る。ただの人間に負ける事が悔しく腹立たしい。

 ただの民間人に憐が翻弄される。それを手引きしている者がいる。


「ホワイト、そこのお魚ちゃんを回収して撤収」

「良いのかい? 此処で俺たちを殺しておかなくて」

「ちっ……良いっすよ。殺す機会なんて幾らでもある。それにあんたが俺を更生させるとか出来もしないこと、乗ってやっても良いんで」


 街頭の上に戻り電柱に跳び憐は離れていく。ホワイトは佐那を連れて行こうとすると真弥がそれを許さない。


「彼女は置いて行って欲しいな」

「命令がない以上お前たちに危害を加えたくはない。引き下がれ」

「その子は俺の友だちの彼女だよ。恋人と一緒にいるべきだと思うんだよね。それに君たちだって本意じゃないはずだよ。中途半端な佐那ちゃんを上位種である君たちがわざわざ運んぶなんて」

「憐様の命令は絶対だ。あの人を怒らせればあとが面倒だ」

「なら俺に邪魔されたって言えば良いよ。俺も否定しない。コイツで脅された引き返すしかないと言えば良い」


 新生物であるホワイトは佐那を重要視したくない。捨てることが出来るなら誰かに押し付けることが出来るのならそうしたいに違いない。

 ホワイトたちは互いに顔を見合わせて上司がないことでサボりたい気持ちで一杯だったようで佐那を置いて引き返した。


 憐が離れたことで気が楽になったのか佐那もバタリと倒れてしまった。真弥はなんとか受け止めて急いで救急車を呼んだ。

 廬は佐那に刺されて重傷だ。もしかしたらもう死んでいるかもしれないと心配になり廬を見る。


「えっ」


 驚くことに廬の腹部には刺し傷が無かった。あれ程の血を流しておきながら無傷なんてあり得ないし真弥も廬の傷を見ていた。

 それなのにこの数分で完治したなんて常人にはあり得ない。


「んっ……真弥?」

「! 瑠美奈ちゃん。大丈夫かい?」


 人魚姫の歌で眠っていた瑠美奈が目を覚ましたようでどうして寝ていたのか分からず周囲を見回している。そこで廬が倒れているのを見かけ駆け寄る。血まみれになった服を見て絶句するが真弥は安心させるように「大丈夫、生きてるよ」と言う。

 遠くから救急車のサイレンが聞こえる。救急隊員はタンカを二つ持って来る。

 廬と佐那が運ばれていく。


「……真弥」

「瑠美奈ちゃん、今日は俺のうちに泊まりなよ」

「……うん、イムは?」

「勿論、イムも俺のうちに泊めればいいよ。大歓迎だからね」


 心配そうに瑠美奈は目を伏せた。そんな心配は杞憂だと真弥は満面の笑みを浮かべた。



 それは廬がヴェルギンロックを出た後の話だ。

 廬が何処に行ったのか知りたかった真弥は廬に言われた通り棉葉に尋ねた。


「廬は何処に行ったんだ?」

「君の職場である駅の近くだよー」

「どうしてそこに?」

「いやいや、廬君が意図的に向かったというよりは無意識に行きついたと言うべきかな。廬君は今から佐那君に連絡を入れる。十五分に一度か、三十分に一度か、けれど相手は電話に出ない。困ったね~交際初日にして破局なんて事になったら男として情けない事だよ!」

「えっと、つまり?」

「佐那の安否を確認しようとして電話を掛けて町の中うろついているうちに疲れて駅近くに行きついたのさ。もともと此処から駅まで三十分程度だ。そこに行きつくのは妥当だね。のんびり行ったとしたらなおの事」


 宝玉の仮の器だとしても心配している。分からないと言っておきながら誰かの心配が出来る男だと真弥は何処か嬉しくなる。


「ねえ! 真弥君」

「ん? わっ!」


 俯き廬の優しさに感心しているのも束の間呼ばれて顔を上げると間近に棉葉の顔があり驚く。


「時に真弥君は銃と言うものを撃った事はあるかい?」

「え、ないけど。学生の頃なら競技会で開始のピストルくらいかな」

「モデルガンの類は?」

「ない」

「ゲームセンターでシューティング経験は?」

「ない」

「君って本当に男の子かい? モデルガンを経験していないなんて勿体ない人生を損している!!」

「その代わり俺には駅があるし」

「あ、そっか。……まあ男の子らしい部分を見つけたと言うことで、はいこれ」


 先ほどの問答に何の意味があったのか真弥は疑問だったがその疑問も口に出す前に答えが出ていた。棉葉が軽いように、同僚に仕事を気が付かないうちに押し付けられたような感覚に似た現象。請求書を笑顔で渡された気分に近いソレは、必ずしも真弥にだけ被害があるわけではなかった。

 棉葉から渡されたのはその逆。誰かを傷つける代物だった。


「うわっ!?」


 がたんっと重々しい音を立てて床に転がる。

 銃の話題が出て、その手元に本物の銃が渡された時、手が震えるのは当然のことだ。真弥の頭の中で銃と言う単語で埋め尽くされている時に実物を渡されてしまえば脅威でしかない。

 棉葉は真弥の様子に満足したのか真弥が転がした銃を拾い上げる。異常がないか確認した後再び「はい」と差し出して来た。


「これは君が持っていたまえよ」

「嫌だよ!! 危ない」


 平和主義である真弥が実力行使の物を使うなんてあり得ない。


「これは君の友人たる廬君を救うことに繋がるんだよ。君がこれを持って行かなければ廬君は研究所の稲荷憐君に連れて行かれてしまうぜ?」

「……それってどう言う意味? どうして廬が」

「それはその時になってみないと分からないな~。私の口から言えることでもないしねっ」


 棉葉は暗に少ししたら駅に行けと言っているのだ。その真意を真弥では読み取ることが出来ないがそこに廬がいるのなら会いに行くのも吝かではない。


「大丈夫! それは新生物を五分か十分くらい動きを封じるだけのものだから傷一つつけることは出来ないよ~。新生物に傷を付けられる銃があるなら私が欲しいくらいさ! それに憐君の後遺症は地上歩行の不可能だ。もしも高い場所に立っていた場合、憐君は地上に降りることがない。落としてしまえば彼の動きを封じることは容易だとも」

「本当に怪我をさせない?」

「保証するよ。誰に向けたって怪我はしない。君たちのように民間人に向けたとしても明るいライトが光っているくらいにしか認識しないとも!!」


 テレビで見たり知り合いの警察官が持つような拳銃とはまた違った形をしている銃。特撮映画に出てきそうな形状の銃だと思いながら一応持っておくことにした。


 本当は使いたくなかったが、噴水広場で憐がいる事で真弥はこのときに使うように暗に言われたのだと気が付いた。そうしなければ廬と瑠美奈が連れて行かれてしまうと思った。


 棉葉が言っていた憐が廬を連れて行くと言うのは、廬の傷が突如として完治したことだろう。あのまま憐がホワイトに命じて廬の身柄を拘束していたら遅かれ早かれ気が付かれていた。

 それもこれも瑠美奈が宝玉を支配して無事に生き延びることが出来れば分かる事なのだろうかと真弥は病院の待合席で頭を抱える。

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