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第20話 ESCAPE

 人魚姫の歌は街中に響いた。

 ふらりと廬が眩暈を起こしたのを心配して瑠美奈は立ち上がると同時にプツンと事切れたように倒れる。


「瑠美奈っ!」


 倒れる間際、瑠美奈を抱きしめる。死んではいない事は確かだった。ライブの時と同様に眠っているだけだ。


「やーっぱあんただけはお魚ちゃんの力は通用しないんすか」

「! ……憐」


 頭上。街頭の上に器用に立つ憐はこちらを見下ろしている。

 廬は憐を睨みつけると舌を出した。


「俺の名前覚えてたんすか。最悪」

「なら偽名でも言えば良かったはずだ」

「けっ。知ったような口を……なんだって良いっすけど、これであんたはただの人間じゃないって事は証明された。どうして宝玉の力が通用しないのか」

「そんなの俺自身が知りたい」

「完全に利いていないわけじゃない。その様子から体調が悪いだけのようすね」


 憐は遠くからでも廬の顔がはっきりと見えるようで分析していた。

 廬が人魚姫の歌を聴いてまともに動けない事に気が付いているようだ。

 人魚姫の歌。宝玉の歌で眠りつくことがない廬を憐は警戒する。


「宝玉の力が利かないんすから、俺の力だって通用するわけがないっすよね」

「俺を調べにでも来たのか」

「そーっすよ。だってお嬢が気に入るわけがないんすよ。あんたみたいな普通じゃない男」

「失礼な奴だ。俺が普通以外の何に見えるって?」

「あんたは普通の旧生物以外の何者にも見えねえっすよ。このクズ」


 会って三回目でクズ認定されてしまうあたり、どうなのかと廬は苦笑した後自分の事よりも気になっていたことを憐に尋ねる。


「人魚姫に何かしたのか」

「調整っすよ。壊れかけた機械を修理するのと同じっすよ。もっとも完全に壊れる前に代用品に鞍替えっすけど」


 まだ佐那は生きている。事実スピーカーから流れ続けている人魚姫の歌は本物なのだろう。身体が重くまともに動かない上に瑠美奈が眠っている。憐が裏切者の瑠美奈を赦しているわけがないのだから仕掛けられたら一溜まりもない。


「宝玉も可哀想っすよね。情緒不安定な小娘一人を所有者にしちまった所為でまともに暴れることも出来ないんすから」

「お前は新生物至上主義らしいな。どうしてそこまで俺たち旧生物を嫌ってるんだ」

「あんた、自分たちがいつか滅びる存在だって言うのを認識したことあるんすか? かつて存在した古代種は隕石によって死滅した。環境の変化で餌をとることもままならない。草食は肉食に喰われ減り続け、草食が減る事で肉が消え肉食も滅びる。そうして古代種は死んだ。ならあんたたちは一体何をしたら滅びるか。少しでも考えたことはあるんすか? まさか、寿命とか言うのが尽きるまで生きられるなんて思ってねえよな?」

「……」

「俺はね、旧生物の終着点は此処だと思ってるんすよ。俺たちが新しい人類だ。この世界の主人公を滅ぼせば今度は俺たちの時代がやって来る。ヒエラルキーのトップである俺たちがあんたたちに従うわけがねえんすよ。力ある者が全てを制する。いつの時代もそれが全て。金と言う権力もあれば暴力と言う権力もある。知識と言う権力もまた一つの力。あんたには何がある? ふらふらと根無し草の無いようなことを言ってお嬢を翻弄するあんたの力は?」

「秘密兵器ってのは隠しておくものだ。簡単に披露したら詰まらない」

「……ならそのまま、永久に披露しないで死ね」


 指を鳴らすとスピーカーの音が消える。先ほどまで聞こえていたものが消えると少しだけ違和感で奇妙に思えた。瑠美奈をベンチに寝かせて上着をかける。

 曲が止まったお陰で少しだけ呼吸が出来るようになった廬は一度深呼吸をした。


「裏切り者には粛清を。俺は絶対に裏切り者を赦さない」


 そう言った瞬間、廬は横腹に違和感を感じた。突然の激痛に身構えることが出来ずに倒れる。見えたのは青。佐那が廬の腹をナイフで突き刺していた。

 特異能力を使うことなく普通に殺しに来た当たり若干拍子抜けしてしまうが刺されたことが何処か蚊帳の外に残ってしまう。


「ぐっあぁああッ!!」


 やっと情報が収束した時に激痛は廬を襲った。

 先ほどまで感じていた痛みと違い熱を帯びた痛みが廬の思考を埋め尽くす。

 とめどなく流れる血に思考が鈍る。


「外見はただの人間。力が通用しないってなったらやっぱ物理って決まってるじゃないっすか。その服が刃を通さないもんならお手上げっすけど流石に日常的に命を狙われるなんて事あり得ないからそんなもの日頃着てるわけもねえっすよね。少し安心した」

「っ……佐那」


 だが佐那は何も答えなかった赤く染まったナイフを握ったまま廬を見下ろしていた。


「何をしたんだ」

「調整だって言ってんだろ。あんたは、宝玉の資格をはく奪しようとしたみたいっすけど生憎、俺が担当している間は余計なことはさせねえっすよ」

「それは残念だ。薬液にでもつけて意識を朦朧とでもさせたか」

「そんな手間の掛かる事なんてするわけないじゃないっすか。それに此処であんたを始末しちゃっても良いんすけど宝玉の力を弾いちゃうとか試作品にする事も視野に入れてるんすよ。旦那も許してくれるはず、お嬢を連れ戻したらまた……」


 馬鹿だなと言われそうな声色で憐は笑っている。

 佐那が憐に調整として何かされた。何をされたのかは分からないが先日救済を求めた佐那はそこにはいない事は容易に理解出来た。憐の力の一つなのだろう。

 血が止まらない状態で思考が儘ならない。憐が何かを言っているような気がするが全く頭に入ってこない。


 憐は控えさせていたホワイトを呼び出そうと手を挙げた時だった。

「廬!」と男が駆けて来た。真弥だ。


「お兄さん、やり過ぎなんじゃないの。無抵抗だった相手に」

「そう言うあんたはずっと見てた割に今更助けに来たんすか」

「見てないよ、今来たばかりなんだから。……それに廬は絶対に抵抗しない」

「どこにそんな証拠があるんすか? 全く旧生物は」

「新旧は関係ない!!」

「っ!?」


 廬を助け起こす。血が止まらないと真弥は何とか痛くならないように介抱する。

 何も命じられていない佐那は突っ立ったままだった。

 糾弾する真弥に憐は目を見開いた。温厚な真弥が叫んだことに憐は驚いた。この町の住人の事はある程度知っていたし、真弥の事もその他大勢の一人と考えていた。特別な人生は歩んでいない。普通過ぎるほどに普通の青年である。

 ただの駅員で好青年。怒っている所なんて見たことがない。優しい男と定評がある。平和主義者の真弥が憐にキレた。


 真弥は双方の目線で物事を視たかった。研究所が悪なのか、邪魔している廬たちが悪なのか。一方的な解釈をしてあとから勘違いだと気が付いた時後悔したくないと真弥は様子を見ていたが、もう我慢できなかった。


「俺は遠くから眺めて判断するようにしているんだけど、どうしても感情が邪魔をする。最近もちょっとそうだったんだけどさ。君たちがしている事、いや君の発言は少しだけ俺の堪忍袋の緒を切るには十分な事ばかりでどうしようかなって思っていたんだ」


(廬のしている事は佐那ちゃんを傷つけてしまう事かもしれない。だけどそれによって宝玉から解放されるなら佐那ちゃんは自分の声で歌える。研究所は佐那ちゃんを人とも扱わない。挙句に精神を殺している。そんな事をして笑顔になるわけがない)


「俺は君を更生する」

「はっ! どーしようって言うんすか? ただの旧式が俺を更生?」


 けらけらと腹を抱えて嗤う。無理な事、無駄なことはやめて普通に駅の整備でもしていろと憐は嘲る。すると真弥は憐にある物を向けた。


 黒い塊。持ち方からしたら銃と形容するべきものだが銃と呼ぶには不格好で歪な形をしていた。

 光線銃に似ているかもしれない。実弾銃ではなく光線銃。どうして民間人と謳う真弥がそんな物騒なものを持っているのか憐は分からない。


「君たち新生物はコレに撃たれたら十分は動けないよ」

「……だからぁ? そんなの当たらなければ問題ないんすよ」

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