ティファニア編:安息
第82部分 ティファニア編:邂逅 のサヤの口調を変更しました。
ちょっと今後の流れ的にこちらの方が良さそうでしたので。
ティファニアの着物が決まったのは、夕暮れ時になった頃であった。
数時間も着せ替え人形のように、サヤと店員が勧める着物を着続けた。
普段慣れていないことをしたために、さすがのティファニアも疲労の色を隠せない。
「こ、これは・・・・!」
「控えめに言って、最高じゃ! じゅるり」
決定した服は、サヤが選んだ薄緑色の生地に金字で花が刺繍されたものである。
森の民であるエルフ族を表す緑に、ティファニアの髪色である金色。
ティファニア自身も非常に気に入っていた。
「ところでサヤ、間もなく先ほどの男達がここへ来ますがどうしますか?」
ティファニアは千里眼を使った周囲の警戒を怠ってはいなかった。
「まことか! さすがティファニアじゃ。では、急いで退散するとしよう」
サヤがいたずらっ子のような笑みを浮かべ、舌を出す。
「御代なのですが・・・・」
「もう少ししたらここへ男達が来る。彼らにもらってくれ」
「かしこまりました」
店員は満足そうに頷いた。
サヤとのやり取りを店員は心得ているようだ。
それを見てティファニアはある程度の状況を察していた。
どうやら、先ほどの男達はサヤの知り合いだったようだ。
だとするならば、この偉そうな口調、複数の男達。
推察できるだけの情報は十分揃っていた。
「サヤ、代金くらいは私が自分で払います」
「気にするでない。どうせいつものことじゃ」
「そうなのですか・・・・、では、お言葉に甘えます」
「うむ」
ティファニアもある程度のお金は持っているが、無駄遣いできるほどではない。
これからのことを考えるのであれば、できるだけ出費を抑えたいところであった。
ゆえに、普段はプライドの高いティファニアであっても、素直に従ったのだ。
二人は店の裏口から大通りへ出た。
既に辺りは薄暗い。
ティファニアはサヤの横に並んで歩いていた。
サヤは本当に、口を開かなければ人形みたいである。
口調や、しゃべっている時の表情豊かな様子は、今とはまるで違う。
どちらもサヤなのだろうと、ティファニアはサヤから不思議な魅力を感じていた。
着物での歩行はどうにも勝手が悪い。
歩き難いというのもあるし、加えて先ほどからすれ違う人、すれ違う人、ティファニアのことを見ていた。
服装は皆と同じ着物である。
ティファニアには、なぜ自分がここまで注目を浴びるのか理解できなかった。
サヤはすれ違う男女共にティファニアの美しさに、驚嘆していることに気づいていた。
普段はサヤ自身が、そのような視線を向けられているからだ。
サヤがスッとティファニアの手を握った。
ティファニアが驚いてサヤを見ると、サヤが僅かに笑顔を向ける。
二人はそのまま歩き、一軒の旅館にたどり着いた。
「サヤ様、いったいどこへ行かれていたのですか! 街中探しましたぞ」
旅館から屈強な男達が現われ、サヤを出迎えた。
その中の一人がサヤへ声をかける。
おそらくこの男達の頭だろう。
「すまぬ。少し、街の様子が見たくなったものでな」
「無事ならいいんです、無事なら。ところで、この方はどなたですか?」
男がサヤへ尋ねる。
「彼女はティファニア。今日はわらわと同じ部屋で泊まってもらうつもりじゃ」
え? っという表情でティファニアがサヤを見るが、サヤはティファニアへウィンクするだけであった。
「なりません!!」
「いや、なる!! わらわが決めたのじゃから、決定事項じゃ!」
「いくらサヤ様の命令とはいえ、これは承服しかねます。こんな得体のしれ、な・・・・い・・・・」
ティファニアの姿をまじまじと見た男の言葉が途中で途切れる。
「ははぁ~ん、どうやらわらわのティファニアの美しさに言葉を失ったようじゃな」
顔を真っ赤にする男をからかうようにサヤが言う。
周りを見ると、他の男達もティファニアの姿に見とれていた。
「み、みてくれはどうでもいいのです。とにかく、身元がわからぬ者をサヤ様の近くにつけることはできません」
「身元のぉ・・・・」
そう言ってサヤがティファニアの腕に抱きついた。
「カラ! おるか?」
「はっ! ここに」
サヤが名を呼ぶと、一人の女中が返事をした。
いつの間にいたのか、注意深いティファニアでも気がつかなかった。
それゆえに、ティファニアは女中への警戒を深めた。
「カラはティファニアのことをどう思うのじゃ?」
「問題ないかと存じます」
カラはサヤに頭を垂れ、はっきりとした口調で答えた。
「ほれ見ろ! カラもそう言っておる」
勝ち誇った顔でサヤが男へ言った。
「カラ、どういうことだ?」
「ソウエン殿こそ、わからないのですか? ティファニア殿は相当な手練。我らが束になってかかっても勝てないでしょう」
「なんと!」
ソウエンと呼ばれた男は驚き、再度ティファニアの顔をまじまじと見つめる。
そのままティファニアに見とれた。
その様子をサヤとカラは呆れたように見つめた。
「ティファニア殿がサヤ様へ今もなお、害を加えていないということが、ティファニア殿が信用できる証です」
「よし、そういうわけじゃ。ティファニア、わらわと一日の疲れを癒すとしようぞ」
ティファニアはどうすべきか思案していた。
時間は有限である。
服選びに予想以上の時間を使ってしまった。
本来であるなら、休むことなく西の森を目指したい。
しかし、ここはティファニアにとって見知らぬ土地。
夜の状況が不確かな状況で、強行するのは愚かである。
「今日一日だけ、お言葉に甘えます」
「うむ、いざ行こう! 温泉じゃ、温泉!!」
サヤは嬉しそうにティファニアの手を取り、旅館の中へ導く。
その様子をカラが嬉しそうな表情で眺めていた。
温泉。
ティファニアにとって馴染みのない単語であった。
導かれるがまま到着したのは、庭に造られた大きなお風呂であった。
石で縁取られており、くり貫いた竹筒の中から熱いお湯が湯船へと落ちていく。
ティファニアはその光景をあっけに取られて見ていた。
「カラ、誰も入れるでないぞ!」
「分かりました。入ろうとしたもの、覗き見たものはこうします」
そう言ってカラは、親指を立てた右手を首の前で引いた。
これはつまり、デスorデスである。
サヤは早速服を脱ぎ、裸になると桶で温泉から湯を掬い、体にかけた。
「おぉ~、良い湯じゃ。どうしたティファニア、そなたもはよう服を脱いでこちらへ来い」
サヤが笑顔で右手を振る。
その姿は歳相応の少女に見えた。
ティファニアは着物を脱ぐのに苦労しながらも裸になると、体をタオルで隠して温泉に近づいた。
「ノンノン、温泉の中にタオルの持ち込みは禁止じゃ」
「そういうものですか・・・・」
「そういうものじゃ」
ティファニアは仕方なくタオルを横に置き、温泉へゆっくりと浸かった。
最初は湯が熱すぎるとも思ったが、全身が浸かり切る頃にはその温度に慣れていた。
「あ~、これはいいものですね」
ティファニアが艶っぽい声を発する。
エルフ族の村を代表し、聖剣の担い手を探してくるよう言われた時は正直不安であった。
人族はエルフ族を捕まえ、奴隷として売買している。
魔法使いとしての適性が人族より高いため、人体実験にされる。
など、悪い噂しか聞いてこなかったからだ。
けれど、セリアに出会い、冒険者となり、共に迷宮へ潜ったことで、友と呼べる人族ができた。
彼らは皆、気の良い方々である。
もちろん人族の中には悪い者もいるだろうが、それだけではないことを知った。
更に、人族の文化はとても興味深く、料理もエルフ族のものとは比較にならないくらいおいしい。
そして、この温泉である。
ティファニアはエルフ族の村から出て、セリアと共に旅をして本当に良かったと思った。
「隙あり!」
「ちょっ、何ですか?」
いつの間にかにじり寄っていたサヤがティファニアへ飛び掛った。
いつもならば反応し、避けることができただろう。
しかし、温泉に浸かり、完全なリラックス状態ではとっさの動きができない。
というか、動きたくなくなる魔力が温泉にはあった。
サヤは見事な身のこなしでティファニアの背後に回りこむと、背中から腕を回す。
「ふむふむ、大きさはアレじゃが、なかなかに良い胸をしておるな。特に肌がすべすべじゃ!」
「大きさはアレ!? それは確かに、レーアやリンカには負けますが、エルフ族の中では大きい方でした。それなのにアレって!」
「ほう、エルフ族は皆、控えめとな。それで、この肌はどうしてこうなった?」
サヤがティファニアの体を嘗め回すように手で触る。
「いい加減にしなさい!」
今度はティファニアがサヤの背後を力ずくで奪い取った。
「サヤだって、私よりも小さいではないですか?」
「う、うるさい! わらわはまだこれからじゃ!」
そう言ったサヤの顔は温泉に当てられ、上気したように火照っていた。
そんな顔を見るティファニアは、これ以上しては違う扉が開かれる気がして、サヤから手を離した。
サヤが逃げるように距離を取った。
二人はしばらく無言で温泉に浸かった。
どこか気まずい空気が流れた。
沈黙を破ったのはサヤであった。
「ティファニア、そなたはこれからどうするのじゃ?」
「私は、西の森のエルフ族に会いに行かなければなりません」
「ほう。それは、メデゥカディア島とバンドーンの戦争に関わることか?」
「そうです。そもそも、エルフ族が人族の戦争に加担するなど、掟破りもいいところです」
「そうか。では、そなたはエルフ族の介入をやめさせようとしているということじゃな?」
「はい」
「当然、急いでおるのじゃろ?」
「そうです。せっかく泊めていただきますが、明朝には出立します」
「西の森というのは、おそらくルーフの森のことじゃろう。バンドーンの西、この国の南西の端にある深き森にはエルフが住むといわれておる」
ティファニアがゆっくりと頷いた。
南西の端。
どうやらそこが目的地のようだ。
「南西の端はここから歩きであれば二十日以上はかかる。馬でも十日じゃ。エルフ族の森であれば、そこから更に数日といったところか」
「そんなにですか・・・・」
ティファニアは自分の予測よりも時間がかかりそうだと思った。
このままでは、セリアと合流するまで一ヶ月以上の時を有する。
あるいは、状況によっては二ヶ月以上かかるかもしれない。
「じゃが、もっと早くたどり着く方法はある」
「馬よりも早くですか?」
ティファニアにとって馬より早く長距離を移動する方法は、セリアが行った転移以外は知らない。
しかし、転移魔法の実用化はどこの国も、どの種族もできていない。
今のところ扱えるのはセリアだけである。
「そうじゃ、わらわ達は、それを魔法移動車と呼んでおる」
ティファニアは魔法移動車を心の中で反芻するが、温泉を知る前と同様で、想像さえすることができなかった。
いつもご愛読ありがとうございます。
気に入った、続きが気になる方は是非、ブックマーク、評価をお願いいたします。
もう少しティファニア編は続きます。
今後ともよろしくお願いいたします。




