ティファニア編:同衾
ティファニア編が続きます。
「続きは寝室でする。今夜は同衾じゃぞ?」と言われ、良く分からないまま頷いたティファニアは、数分前の自分を大いに呪った。
同衾とは、一つの夜具で二人が寝ることだそうだ。
すなわち、ティファニアとサヤが同じ布団で寝ることになる。
それを知らされたのは、寝衣に着替え、畳に敷かれた一枚の布団を見た時であった。
エルフ族の矜持として、約束を反故にすることはできない。
促されるままサヤの隣に横たわり、今に至る。
ティファニアは和室と呼ばれる珍しい部屋を見渡した。
床には畳と呼ばれる植物を編んで作ったものが敷かれ、天井は木目がはっきりとした木の板が張られている。
明かりは枕元に橙色の光を放つ魔道具が一つ。
ライ皇国とは、本当に不思議な文化を持つ国であると改めて感心した。
「ところでティファニア、そなたには心に決めた殿方はいないのか?」
「な、なな、何ですか急に・・・・」
サヤからの突然の問いかけに、いつも冷静なティファニアが動揺した。
「お! その反応はおるのか?」
「それは・・・・、はい」
「おー! そなた程の女子が好くということは、素晴らしい殿方なんじゃろ?」
「強く、気高く、私とは吊り合わないほど素晴らしい方です。――――っていったい何の話をしているのですか? 魔法移動車の話をするのではなかったのですか?」
チッ、とサヤが小さく舌打ちをした。
「仕方がないのぉ。では、魔法移動車について話すとするか。まず約束して欲しいのじゃが、これは内密の話ゆえ、他言無用で頼む」
「わかりました」
「魔法移動車はな、このライ皇国の地下に作られた高速移動するための手段なんじゃよ。もちろん、すべての都市を繋いでいるわけではない。じゃが、国境付近へは行けるようになっておる」
兵士を素早く前線へ運ぶためだろうか?
だとするとかなり大掛かりな装置ということになる。
本当にそんな物が実在するのだろうか?
「ティファニアが考えているほどの物ではない。今のところは将校だけが早く国境へ行けるというだけじゃ。まぁ、いずれは軍全体を動かせるようにとは、考えておるがな」
サヤが苦笑しながら説明する。
「実はな、これを作るためにある種族の力を借りておる」
「ある種族・・・・! まさか!?」
物作りの技術に秀でて、それだけ大規模な物を作るだけのバイタリティーがあり、地下に道を作り出せる種族は一つしかない。
「そうじゃ、ドワーフ族の力を借りておる」
「地上から姿を消した彼らは、こんな所にいたのですか・・・・」
ティファニアは驚き、サヤの瞳を見つめる。
「このライ皇国ではなく、国境にある北と西へ跨る山脈のどこかじゃがな」
「そう、なのですね・・・・」
エルフ族であるティファニアには、ドワーフ族に対して思うところがあった。
エルフ族は魔王が最初に現われた時に、先頭に立って戦った自負がある。
その時ドワーフ族はどうしたのか?
答えは隠遁であった。
「ティファニアはトロッコというものを知っておるか?」
サヤに質問され、ティファニアはしばらく考え込んだ。
名前を聞いたことはあったが、実物を目にしたことはない。
「高いところから、低いところへ向けて線路と呼ばれる道を作り、そこを荷車が通るというものじゃよ。最初はそのような物を地上に作ろうとしたが、うまくいかなかった。そこで、動力を魔法に変え、地下に平坦な道作り、そこを走る馬車の荷台のような車を作り上げた。それが魔法移動車じゃ」
何となくの原理はティファニアにもわかった。
だが、明らかに欠陥があるように思える。
この車を実現させるためには、セリア級に複雑な魔法陣を描くか、最上級の魔道具が必要になる。
ティファニアは横たわりながら、考え込むように目を閉じる。
「そなたが考えるような問題は解決しておる。じゃから、実際に運用できておるんじゃ」
「それも、そうですね。では、それを私に使わせていただけるのですか?」
さすがにここまで話を聞いて、実は使わせることはできませんとはならないだろう。
そう考えていたティファニアであったが、サヤの顔は冴えない。
「そうさせてやりたいのは山々なのじゃが、問題があってな。これを使うためにいくつかの条件を満たさねばならない。まず第一に、皇帝陛下である父上の許可が必要じゃ。第二に、それを得るためには皇都へ行かねばならない。第三に、皇帝陛下から許可が与えられるのはかなり異例のことということじゃ」
ティファニアはしばらく黙り込み考えをまとめた。
第一と第二の条件は問題ないだろう。
皇都までどれくらい時間がかかるかわからないが、今現在いる場所がライ皇国の東の端である。
南西の端まで行くのだから、ライ皇国を横断することになる。
そうであれば、皇都に寄るのも問題ないだろう。
けれど、第三の条件が厄介である。
「サヤ、許可が取れないのであれば、使うことができないということでは? それならば皇都へ行く理由もないかと」
「一応、策はある。皇都では明後日から、初代皇帝の生誕祭が行われる。そこでわらわ達兄妹は父上を楽しませるための催しをしなければならない。もし父上に喜んでもらえれば、望みを叶えてもらえるゆえ、そこで魔法移動車の使用を願い出ようと思っておる。どうじゃ? ティファニアなら父上を喜ばせることなどわけなかろう?」
期待に瞳を輝かせ、サヤがティファニアへ問う。
そもそも、生誕祭というのがどのようなものかわからない。
魔法で辺り一面凍らせればいいのだろうか? とティファニアは本気で考えていた。
「何をするかは、わらわが、考えておる。ふぁ~、心配・・・・無用・・・・じゃ・・・・・・」
サヤはそう言うと、スヤスヤと寝息を立て始めた。
どうやら、夢の国へ誘われたようだ。
ティファニアは優しくサヤの綺麗な髪を撫でる。
寝顔は精巧な人形のように愛らしい。
しばらくそうしていると、側らに何者かの気配が感じられた。
「夜分遅くに申し訳ありません」
現われたのは予想通りカラと呼ばれた女性であった。
「いえ、大丈夫です。それより、何か用でしょうか?」
ティファニアがカラを見つめる。
カラは紺色の和服に身を包み、その上に真っ白な前掛けをしている。
その前掛けこそ、カラが女中である証だ。
「そう警戒しないでください。私はただ、一言お礼を申し上げに参ったまでです」
「お礼?」
「はい。私達がここにいるのは、サヤ様の兄君であらせられますコウ・ライハ様の見送りのためです。コウ様はシュタットフェルト魔法学院へ入学するために、昨日出立されました。サヤ様が唯一心を許しておられるのがコウ様でしたから、私達は今後のことを心配しておりました。ですが、あなたが現われ、サヤ様が心から笑っておられるのを見て、本当に良かったと思っております。ですから、一言お礼を、ありがとうございます」
深々と頭を下げるカラを見て、ティファニアはなんとも言えない気持ちになった。
確かに最初にサヤを助けたのはティファニアであった。
しかし、服の購入で助けられたのはティファニアのほうである。
もし、サヤが耳隠しという髪型にしてくれなければ、ティファニアはこの国の服装へ着替えることなく、ずっと監視されたような視線に晒されたことだろう。
さらに、エルフ族の住む場所の情報を教えてもらい、あまつさえそこへの最短経路の提示さえしてもらった。
ティファニアの方こそ、サヤには感謝している。
そんなことを考えたとき、ふと疑問が湧いた。
「カラさん、でしたでしょうか?」
「はい。カラで大丈夫です」
「ではカラ、あたなは私のことを知っているのですか?」
「はい。ティファニア殿がエルフ族だということは承知しております」
やはり。
態度や、話し振りから何となくそうだろうと思った。
「私がサヤの近くにいることが不安ではありませんか?」
「不安でないと言えば嘘になります。けれどそれは、ティファニア殿がエルフ族だからではありません。サヤ様へ近づく者が誰であれ、それは変わらないのです」
このカラは、種族で良し悪しを判断するような人物ではない。
自分の目と、サヤのことを考えて判断できる人物のようだ。
「ん~、ティファニア~、こっちのもおいしいぞ~」
サヤの寝言が聞こえ、ティファニアの服の裾が掴まれた。
ティファニアとカラは顔を見合わせて微笑む。
「それでは、失礼します。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
カラは現われた時と同じように、音を立てることなく姿を消した。
ティファニアはサヤを見つめた。
幸せそうに眠るサヤの髪を撫でながら、ティファニアも夢の国へと旅立った。
「納得できません!」
朝から張りのある声で、ソウエンがサヤへ抗議した。
昨日の教訓から、ソウエン達は朝から旅館の前でサヤを待っていた。
現われたサヤは開口一番、あることをソウエンへ告げたのだ。
「悪いが、これは決定事項じゃ」
「ですが、今年の生誕祭において、陛下の御前で演舞をするのは私とカラに決まっていたはずです。それを昨日現われたばかりのティファニア殿に変えるというのは・・・・」
「では聞くが、むさ苦しい男が舞うのと、可憐な女性が舞うのでは、父上はどちらを喜ばれると思うのじゃ?」
「そ、それは・・・・」
「それ見ろ。ティファニアとカラの美女二人の演舞ならば絶対に父上も喜ぶはずじゃ」
サヤのあまりにも直球過ぎる言葉を、これまた実直に受け止めるソウエン。
その結果、ソウエンは悔しそうに地面を見つめていた。
本当に哀れである。
勝ち誇ったサヤは、ティファニアを連れて旅館の前で待っている馬車へ向かう。
「お待ちください。演舞とは、実力者同士が行うもの。私はまだ、ティファニア殿の力を見せていただいてはおりませぬ」
ソウエンがサヤを呼び止めて言った。
「では、ティファニアの実力を見せればよいのじゃな?」
「はい」
「そういうことだ。ティファニア、ソウエンを軽く捻ってくれ」
どうやらこうなることを事前に予見していたのだろう。
サヤは黒い笑みを浮かべながら、ティファニアへソウエンと戦うように告げた。
ティファニアは心の内でため息を吐いた。
「本当に、サヤと出会ってから振り回されてばかりです」
小さく独りごちる。
しかし、その口元は僅かに綻んでいた。
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