第65話:ユイ先生より弱ぇー・・・
更新します。
今週は後1回更新予定です。
あれから俺達は、夜までリンカの部屋で過ごした。
当然ユイを解放するはずもなく、しっかり夜まで付き合ってもらった。
それとなく監視していたが、当の本人はリンカと近況報告ができて楽しそうだ。
俺達の杞憂だったのかもしれない。
レーアはと言えば、ポーションの生成に勤しんでいた。
ただ、換気していたら窓から薬草の匂いが漏れ、誰かに怪しまれる可能性がある。
仕方なく窓を閉め切って行っているが、これはこれで臭いが強烈だ。
予定では夜の内に宿を確保することになっているのだから、我慢するのは今だけなのだが。
それならいいと思うかもしれないが、後日この部屋に入った人はなんと思うだろうか・・・・。
あまり良い想像はできない。
ティファニアは黙ったまま椅子に座っていた。
何を考えているのか大よその予想はつく。
しかし、相談にのってやることはできない。
これはエルフ族の問題である。
他種族である俺が首を挟んでもいいことにはならない。
これは転生前の世界で身をもって経験済みである。
今、俺はやることが特になかった。
やることはなかったが、考えることは多い。
なぜか学院に通うことになってしまったからだ。
必死に拒否したが、数の暴力に屈した。
しかもおあつらえ向きに、入学試験が4日後にあるらしい。
偶然とは恐ろしいものだ。
夜になり、ユイの案内で船着場までたどり着いた。
数ある船の中で、ユイが一つの船を指差す。
「こちらがライ皇国へ向かう船です。この船なら特待章を見せれば乗ることができます」
ティファニアは小さく頷き、特待章を持って船に近づく。
ちなみに、ここメデゥカディア島はエルアルドとは打って変わってものすごく暑い。
時期が冬ではなく、夏だかなのか。
そもそも暑い地域なのか俺にはわからない。
毛皮のコートはすべて魔法のポーチへ収納した。
その変わりにティファニアは薄手の灰色のコートを頭から足先まで纏っている。
エルフ族だとばれたら色々とまずいからだ。
「どうやら大丈夫そうです」
船の番頭に確認し、戻ってくる。
「そういえば、ティファって泳げるのか?」
「いえ、泳げませんが?」
何か問題でも? とでも言うように首を傾げる。
おいおい大丈夫かよ?
一抹の不安を覚える。
「心配ご無用です。いざとなれば海をすべて凍らせますので」
「いやいや、いくらティファでも海をすべて凍らせるのは不可能だろ!」
「そうですか? 森にある湖なら全て凍らせるなど造作もありませんでしたが?」
ダメだ。
こいつは海を知らない。
海を舐めていやがる。
「海というのはお前が想像しているものよりもずーっと広大なんだぞ!」
「そ、そうなんですか? ですが、所詮大きな水溜りですよね?」
俺がどれだけ力説してもティファニアには海の偉大さは伝わらないようだ。
百聞は一見にしかず。
まぁ、見てみるがいいさ。
そして存分に海を味わうといい。
「ティファには必要ないかも知れないが、一応忠告だけはしておく。海上で敵から攻撃されたら逃げ場はない。だから警戒だけはおこたらないように。いいな?」
「はい。心に留めておきます」
ティファニアは一度小さく頭を下げると、皆の方へ向き直る。
「では、行って参ります」
ティファニアが船へ向かう。
これにてしばしの別れである。
願わくは、平穏無事な旅路であることを。
そうならないだろうという予感はあったが、願わずにはいられなかった。
ティファニアを見送った後、ユイを解放し、宿で一泊した。
翌日は、レーアと俺で賃貸の物件を探した。
無事に手ごろな一軒家を借りることができた。
今日からここが俺達の拠点である。
レーアは家を借りたその日の内にレストランでウェイトレスのバイトを決めた。
いつまでも俺達に余裕があるわけではない。
俺は学院へ行き、リンカはそもそも人前に出られない。
この国でのリンカの知名度はすさまじく高いとユイが言っていた。
したがって、大黒柱はレーアである。
その双肩に家計がかかっている。
リンカはユイに頼み結界についての書籍を集め、研究を行っている。
彼女は彼女でとても忙しそうだ。
さて、俺はといえば――――。
「セリアさん、それじゃぁ筆記試験受かりませんよ?」
ユイ先生から猛勉強するよう、強いられている。
傍から見れば、一回り半も歳の離れている娘に罵倒されているように見えるだろう。
というか、実際そうなのだが・・・・。
「何度言えば覚えられるんですか? この歴史は魔道教の経典にも載っている有名な事変ですよ? 実技はもう致命的なんですから、せめて座学で良い点を取ってください」
「・・・・はい」
魔法理論は完璧である。
この世界特有のものもあったが、原理は近しいためすぐに理解した。
幾何学、魔法陣、物理学。
これらもおそらく問題ない。
むしろ俺の中では優秀の部類だろう。
だが、魔法歴史だけは無理だ。
つか、ヴァン・フリードがまた出てきやがった。
しかもかなり頻繁にだ。
もう、問題の人物名を答えるところにはヴァン・フリードだけ書いてれば当たるのではないか?
それくらい彼は何度も登場する。
「ヴァン・フリードが仲間達と発見した魔法理論は、それまでの魔法理論を次の段階へと推し進めるものでした。本当に、ヴァン・フリードは素晴らしい方です」
どうやらユイもヴァン・フリードに憧れているらしい。
こいつ本当にすごいな。
どこにでも名前が出やがる。
そもそも、魔法使いなのか戦士なのかもよくわからない。
「ところで、魔道教って何?」
気になったのでユイに質問してみた。
以前誰かから魔道教という言葉を聞いたきがする。
誰だったか?
「はぁ~、今のセリアさんには魔道教の崇高な志は理解できません。もっと魔法を精進したらいずれ知る機会もあるはずです」
ユイは呆れたように、ため息混じりにそう言った。
魔道教がどんなものか知らないが、崇高らしい。
気にはなったが、これ以上詮索するよりも勉学が大切である。
それから試験前日まで、できる限りの時間を試験に向けての準備に費やした。
ユイ先生が一生懸命勉強を教えてくれ、時には実技試験の訓練も手伝ってくた。
「セリアさんって、やっぱり歳ですから記憶力が悪いんですね」
試験を翌日に控えた夜の帰り際、ユイがしみじみと言う。
それを聞いた俺は、久しぶりに泣きたくなった。
レーアからある噂を聞いたのはその後である。
なんでも、商船に正体を隠して乗っていた大魔法使いが、攻撃してきた敵船をかたっぱしから沈めたそうだ。
その数、二十隻とも三十隻とも言われている。
「ねぇ、これってティファニアよね?」
あいつ、エルフ族だから姿を隠してたはずだろ?
何やってんだよ!
くそ、余計な心配事を増やしやがって。
考えることが多すぎて頭痛がする。
「ティファでないことを祈ろう・・・・」
俺はそれだけ言い残すと自室に戻った。
ベッドに横たわるとすぐに睡魔が襲い、眠りにつく。
その夜は暑く、寝苦しかった。
翌日、目が覚めると首が動かなかった。
え? と思い、無理やり上体を起こそうとした時、首筋に激痛が走る。
やばい。
これは寝違えというやつではないか。
「レーア! レーアはいるか?」
ベッドで横になったまま、俺はレーアを呼ぶ。
「朝っぱらから何よ!」
怒りの表情でレーアがドアを開ける。
「すまん、ちょっと首を寝違えたようだ。ポーションをもらえないか?」
「・・・・ないわよ」
「え?」
「いや、だからないわよ」
「え? なんでだ? この前大量に作ってただろ?」
意味がわからない。
つい先日リンカの部屋で作っていたはずだ。
「当座の資金を得るために、全部薬屋に売ったのよ」
「な・ん・で・す・と?」
このままではまずい。
この状態で試験に合格できる自信はない。
「あんた、今日試験なんでしょ? 大丈夫なの?」
珍しくレーアが心配してくれる。
大丈夫なはずないだろう。
「これが大丈夫に見えるか?」
「見えないわね。私が治してあげようか?」
レーアが笑いながら、指をポキポキ鳴らす。
どうやら無理やり首を真っ直ぐにするつもりのようだ。
「いや、大丈夫。もう、大丈夫。だから試験もできるし、何も問題ない」
慌てて首を振ろうとするが、激痛が走り首筋を押さえる。
「・・・・大丈夫っていうならいいけど。あんた、不合格だったら承知しないからね」
レーアは俺を見下ろし、凄んでくる。
「ま、任せろ。俺を誰だと思っているんだ?」
「はいはい、聖剣の担い手様でしたね。まぁ、せいぜいがんばんなさいよ」
そう言ってレーアが部屋から出て行く。
「はぁ~」
一度大きくため息を吐くと、身支度を整え、試験であるシュタットフェルト魔法学院へ向けて出発した。
空はどこまでも晴れ渡り清々しい。
俺の重たい心とは裏腹に雲一つない。
俺は、どうか合格しますようにと空に祈った。
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