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『幸せの味』

「おはよう、サクラ。」

次の日、いつも通り屋敷を出る。

そんな私に声をかけてきたのはグレン様だった。


「おはようございます。」

「じゃ、行くか。」

そう言って手を引かれ、馬車に乗り込む。

深紅の椅子には白いシーツが掛けられ、所々には刺繍が施されている。


「あの、グレン様?」

「今日から日替わりで俺たちと登下校することにした。今日は俺だ。……迷惑か?」

「いえ…嬉しい、です。でも、遠回りになってしまうのでは?」

「俺たちがやりたくてやるんだ。サクラは気にせず俺たちと登下校すればいい。」


そう言ってグシャグシャと髪を撫でられる。

その手はいつも私を励ましてくれる優しい手。


「昼はみんなで食べるだろ?ユージンが張り切ってた。」

「ユージン様が?」

「ネコノメのショートケーキを買いにいくんだと。」

「ネコノメですか!?」


ネコノメは最近出来たカフェで、連日人の列が絶えない大人気店だ。

特にショートケーキは大人気で、開店から即完売するほど。

食べた人は口を揃えて『幸せの味がする』という。


「『みんなの分を買ってくるから待ってて』なんて大見得を切って行ったからな。楽しみにしてろ。」

「はい!」

『幸せの味』

それはどんな味なのだろう…。



昼が待ち遠しい。

そんな感情が残っていたことに少し驚く。

視界がモノクロになってから、毎日が億劫でしかなかったのに。






「サクラ!」

部屋の外からユージン様の私を声が聞こえる。


「ゆ…」

「ユージン様!」

私の声を遮るように声があがり、少女が駆け寄る。


「リリー…」




「こんにちは、リリーちゃん。」

「こんにちは、ユージン様。お姉様になにか…手に持たれているの、ネコノメのケーキですか?」


猫のシルエットが描かれたケーキ箱を目に止めると楽しそうに笑う。


「リリーちゃんも知っているんだ?」


「シュラ様がカフェに連れていって下さって…ネコノメのケーキ美味しいですよね。いいなぁ…。」


『シュラ様がカフェに連れていって下さって』

その言葉に指先から温度が引いていく。



「ごめんね。ひとつしか買ってないから、リリーちゃんにあげられないんだ。サクラ、みんな待ってるから行こう。」


然り気無くケーキ箱を隠しながら、私の手をつなぐ。



「羨ましいです、お姉様。

ユージン様がわざわざお姉様のためにネコノメのケーキを買って、プレゼントされるなんて!」


まるで周りに聞かせるように声を上げる妹。

それは取りようによっては、ユージン様が横恋慕していると捉えられる。


「いい加減に…っ」

「そりゃ、当たり前でしょ。俺達の大切な姫だからね、サクラは。」

けろっとして応えるユージン様に慌てて顔を見る。


「もういいかな?早くしないと他の二人を待たせてるから。」

そう言ったユージン様の横顔は、言葉と裏腹にとても冷たいものだった。

「二人が待ってるよ。」

軽く腕を引かれ、教室を後にする。


「ユージン様、あの、申し訳、」

「サクラが謝る必要ないから。非常識なのはあの子でしょ。

それよりも、俺の方こそごめん。不愉快な思いさせた。あのシュラ《バカ》は…。」


ユージン様は眉間にシワを寄せ、吐き捨てる。


「いえ…。あの、ケーキありがとうございます。」

「みんなで食べようね。色々買ってきたんだ…あ、やばっ、ティーセット持ってくるの忘れたっ。」

「それなら、私が持ってきます。」

「うーん…でも、サクラはここで待ってて?視えてないと危ないから。ここから空中庭園まで距離もあるし、それに階段も近いしね。」

「でも…。」

「すぐ戻るから。ケーキ、預かってくれる?」


差し出されたケーキ箱を受け取り、大事に持つ。


「分かりました。」

「じゃ、すぐに戻るから。」

そう言ってバタバタと走るユージン様を見送れば、壁を背を預ける。


ケーキ箱の底を支える右手に感じる重さに笑みが溢れる。

わざわざユージン様が買ってきてくださったこと、それをみんなで食べられること。

それだけで心が温かくなる。


こんなにしてもらっているのに、私はみんなに何を返せるのだろう。



カツンという音に顔を上げる。

底にはユージン様の姿はなく、

あったのは妹の姿。


「お姉様。」

「リリー。なにか用かしら。」

「お姉様、あの…私もお茶会ご一緒してもいいですか?」

「え?」

「私も、ネコノメのケーキ食べたくて…。」

「…申し訳ないけれど、出来ないわ。それに、ユージン様も仰ってたでしょ?」

「それは、お姉様が頼めば許してくださるでしょ?」

「リリー、出来ないわ。」

「どうして?私もお茶会ご一緒したいの。ね、お姉様、お願い!」

そう言って私の腕をぎゅっと握られた。

その瞬間、嫌悪感が身体を駆け抜ける。


「嫌っ!」

妹の手から逃げ出すように腕を引く。


「お姉様?」

「リリーはすでにたくさん持っているじゃない!なのに、これ以上何を欲しがるの!」

「そんな、つもりじゃ…。」

「もう、私から奪わないでよ…。」

「お姉様、私はただ…。」


リリーが手を伸ばす。その手すら怖くて、手を弾く。

その瞬間、バランスを崩した妹の身体が宙に浮く。


「あっ…」

「リリー!」


伸ばした手は宙を切り、鈍い音を立てる。

そして広がる黒。


「人が落ちた!」

「誰か!先生呼んでこい!」


「何事…リリー!」

駆け寄る殿下。


「サクラ!お前の治癒魔術で応急措置は出来ないか!」

殿下に呼ばれ、やっと動き出す。


「リリー…」

傷跡に手を翳す。

いつもならすぐに魔素が集まるのに、なかなか集まらない。

「『治癒ヒール』」

集まった魔素で詠唱するが、傷は一向に治らない。

「『大地に満ちたる生命の恵よ、汝の力を以て彼の者を癒せ』」

完全詠唱でやっと治癒魔術が発動する。それでも、通常の1/100にも満たない微弱な治癒魔術。

一方で指先から体温が逃げだし、こめかみを冷たい汗が通っていく。

「何を遊んでいる!お前は妹を殺す気か!?」


―――――――――パチン。

どこかでスイッチの消える音がした。


それとともに、プツンと抑えていた何かが切れてしまった気がする。


「『時は遡り、翻る、螺旋の階段を登りて、過去・現在・未来への扉よ、開け』」

「『彼の者の痛みは我が痛み。彼の者の哀しみは我が哀しみ。乞い願わくば、彼の者の苦痛を我が身に移せ』」


私が詠唱するたびに妹の傷はみるみる失われていく。


あんなにも魔術が発動しなかったのに、今は身体中に溢れるほどの魔素が駆け巡っていて、どんな魔術でも簡単に発動する。


あぁ、身体が軽い。

なんて心地好いのだろう


今ならなんでも出来てしまいそうだ。


「そこまでだ!」

大きな声が響く。

それはいつも心配してくれる先生の声。


「サクラ!」

身体に熱が伝わる。


「ごめん、俺が離れたからっ!」

どこか怒ったような不安そうなユージン様。

「サクラちゃん、すぐに保健室に連れていくからっ…。」

顔面蒼白なジェイド様。

「…っ…」

そして、痛いほどに私を抱き締めるグレン様。


なぜ、みなさんそんな顔をしているんですか?


「これは、どういうことだ?」

固い声で周りを問い詰める先生の声。

そこには誰も声を発せられない雰囲気があった。



そんな中、なぜかあの日のグレン様の言葉を思い出した。

―「サクラ。お前は…幸せか?」


「ねぇ、グレン様?

今、私は幸せです。」

その言葉にグレン様ははっと息を飲むのが見える。

ジェイド様もユージン様もなんだか泣きそうな顔をしていた。


なんでそんな顔するんですか?


そうだ、お茶会。

楽しみにしていたんです。


ネコノメのケーキ。

幸せの味ってどんな味なのだろうって。



でも、なんだか眠い。


最後に見えたのは、きっと放り出されたせいなのか、

潰れた真っ黒な塊(ショートケーキ)だった。




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