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射城学園の殺し屋  作者: 黒楼海璃
弐 『異常』な幕開け(スタート・オブ・ゼウス)
25/44

弐拾肆殺

「あーんむっ!」


 理事長が幸せそうな顔でたまごを頬張っている。

 時刻は午後六時。俺と理事長は回転寿司チェーンのスシローで遅い昼食兼早めの夕食を食べていた。


「はむはむ」


 理事長はうまそうにパクパク寿司を頬張っているが、俺はあまり食が進まない。なんせ今日はいきなり襲撃にあってドッと疲れたからな。


「はーむっ!」


 それなのにどう考えても俺以上に疲れていた筈の理事長は寿司をドンドン食っていく。食べた皿が次々と重なり、かれこれ20皿は食っている。俺はこれにドン引きしてまだ5皿しか食っていない。


「どうしたのじゅう兵衛べえ君? あんまり食欲無さそうだけど」

「何で理事長はそこまで食欲があるんです? さっきまであんなに疲れきっていたのに」

「あー、それはね銃兵衛君、ボク達『異常』の持ち主は式力の供給として、体を休めたり、式力を充填したり、食べ物を摂取したりする必要があるから、お腹が凄く減るのは『普通』なんだ」

「それはゲームで言う所のSPスタミナポイントを回復する為に食べ物アイテムを食うって感じですか?」

「まあ、そんな所かな。はむ」


 成程。理事長も俺と同じタイプの人間か。俺達忍者は忍術を使ったりする時や体術を繰り出すと腹が減りやすくなる。それは集中力や精神力、体力などがかなり必要になるからだ。要は運動したり頭を使って腹が減るのと同じ道理である。ただ今回は疲労の方が大きいのであまり食う気になれない。


「それと銃兵衛君、こういう公共の場でボクを理事長って呼ぶの止めてくれない?」

「は?」

「だって理事長って呼んだら面倒な事になるじゃん」


 確かに。理事長は17歳。どう考えても女子高校生にしか見えないし、教職に就いているなんて世間に知れたら面倒事になるな。


「だからこういう場ではボクの事は名前で呼んで」

「分かりましたあらしざきさん」

紫苑しおん


 俺が返事をしてちゃんと名前で呼んだのに理事長が突然自分の名前を言ってきた。


「苗字じゃなくて紫苑って呼んで」

「な、何でですか?」

「何ででも。言うとおりにしないとさっきの件、君に言いつけるよ?」

「分かりました紫苑さん」


 俺は伊佐南身に虐殺されるのが死んでも嫌なので即行で返事する。

 しかし、何で苗字じゃなくて名前の方なんだ? しかも名前で呼んだら理事長がニコニコと機嫌が良くなってるし。


「……それで紫苑さん、何でまた、回転寿司なんです?俺はてっきり高級寿司かと聞き間違えましたよ」

「あー実は一度で良いから行ってみたかったんだ。回転寿司」


 一度で良いから行ってみたかった? って事は、


「紫苑さん、もしかしてこれが初めて、ですか?」

「うん。ボクはこういう所が初めてなんだ。外出は限られた場所しか行っちゃ駄目だって昔からよく言われてて」


 えーっと、それは要するに箱入り娘って奴か。


「ボク夢だったんだー。回転寿司でお寿司をお腹いっぱい食べたり、マクドナルドでハンバーガーを頬張ったり、買い食いしたりするのが。高級レストランだなんて嫌と言う程行ったから、もう行きたくないよ」

「外出制限って、そんなに厳しかったんですか?」

「うん。ボクの両親と親戚連中はボクを嵐崎家の跡取りにする為に帝王学を叩き込んだんだ。あぁ、ボクの家は昔から政府の役人の家系でね。裏で色々と闇を作って出世していったんだ」


 嵐崎家。聞いた事は無くは無い。こうげんが愚痴の様に言っていたのを思い出す。嵐崎家とは手段を選ばずに大金を手に入れ、その金を積んだりして政府のお偉い役人にコネを作ったり、汚い方法を使って地位を築き、邪魔する奴らを片っ端から潰していく、表では有能だが、裏では闇だらけな名家。ただその嵐崎家は『悪鬼羅刹サティスト』こと政府嫌いの暗殺者、やま光元によって滅ぼされ、今ではいなかった扱いになっている。

 つまり、実質の嵐崎家の生き残りは紫苑さんしかいない。初めてこの人に会った時、嵐崎っていう苗字でなんとなく予想はしてたけど、まさか本当に嵐崎家のご令嬢だったとは。


「ねえ銃兵衛君、こういう話は食べた後で良いかな?今は念願だった回転寿司を楽しみたいし」

「あ、はい。なんかすみません。無神経で」

「気にしないで。あぁそうだ。ボクちょっと電話してくるね」


 紫苑さんはそう言うと席を外した。ちなみにこの後戻って来た紫苑さんは寿司を計50皿も食べてのけ、15皿しか食べていない俺と店員を引かせた。



 飯を食い終えた俺と紫苑さんは今日泊る事になったホテルへと歩いて向かう。のだが、


(……やっぱ俺だよな)


 人と擦れ違う度に変な視線を感じる。それもその筈。俺が紫苑さんと並んで歩いているから。

 今更なんだが、実は紫苑さんは外見が凄い可愛い。きんぱつせきがん、スタイルも細くて優しそうな可愛い顔。大抵の男なら一目惚れするぐらいに美少女である。紫苑さんは。

 忍法『せん』で周囲のヒソヒソ話を聞いてみると、『あの子すげえ可愛くない?』『アイドルか何かか?』『どっかの芸能事務所入ってんのかな』『つうか何なんだよあの野郎ッ』『あんなに可愛い子の隣を歩きやがってッ』『あんなにもネクラそうな顔してるくせにッ』という、紫苑さんと俺とで言ってる事が真逆な気がするが、それはそれで仕方ないか。

 確かに紫苑さんみたいなアニメや漫画とかに出てくるような可愛い美少女と、無愛想でネクラで非社交的な、いかにもモテない感じ出しまくりの俺が一緒に歩いてたらそりゃ嫉妬するよな。ここは少し距離を取った方が良い気がするので、俺が紫苑さんから離れようとしたその時、

 ――ガシッ


「――ッ!」


 予想だにしない珍事が起こった。紫苑さんが俺の腕にしがみついてきた。所謂いわゆる、恋人同士が腕を組むという体勢になってしまった。


「何処行くの? 銃兵衛君♪」


 やってくれますね紫苑さん。あなたがそれをやった事で周りからの(俺に対する)視線が一層恐ろしくなりましたよ。何でこんな事するんですかね。もしかしてまだパンツ見ちゃった事根に持ってるんですか?


「どうしたの銃兵衛君?」

「その台詞そっくりそのまま返しましょう。何の真似ですか?」

「さあね♪」


 紫苑さんはニッコリと答えると――この笑顔が凄い可愛い――周りからの視線が更に怖くなった。



「ふ~ん」、と伊佐南美。

「違う」、と俺。

 今の会話の省略を無くすとこんな感じである。

 ――ふ~ん。お兄ちゃんは妹の私よりも可愛い理事長さんをカノジョに選ぶんだぁ。仲良く腕組みしてるし、殺すよ? (袖に仕込んでいるクナイを掴む)――

 ――違う。紫苑さんが勝手にやってきたんだ。俺が頼んだんじゃない。あと俺がお前を異性として選んだらマズイだろ――

 とまあ、俺達兄妹だからこそできるアイコンタクトである。


「まあまあ二人とも、ここは落ち着いて落ち着いて」

「何で伊佐南美がいるんです?」

「ボクが呼んだ」


 でしょうね。スシローにいた時に紫苑さん電話をしてくると言って席を外してたけど、その相手が伊佐南美だろうなという予感はしていた。この人が今後の事を俺だけに話すとは思えないし。


「とりあえず紫苑さん、離れて下さい。伊佐南美が発狂したら東京の人口が20%ぐらい減りますよ」

「う、うん。分かった」


 俺の脅し(強ち間違っていない)を聞いた紫苑さんは顔を引き攣らせてすぐに俺の腕から離れる。


「それで理事長さん、じゃなかった。紫苑さん、用件ってなんですかー?」


 どうやら伊佐南美にも自分の事を名前で呼ぶよう言っておいたみたいだが、マズイな。さっきの俺と紫苑さんのシチュエーションを見た伊佐南美の精神的ストレスが相当溜まっている。すぐに発散させねば。


「うん、とりあえず、ホテル入ろっか」

「伊佐南美、約束通りご褒美やるぞ」

「お兄ちゃん大好きー!」


 今度は伊佐南美が俺の腕にしがみついてきた。あぁもうヤダ! と叫びたかったが、今度は伊佐南美なので我慢する事にした。



 ホテルに入った俺達は伊佐南美に総務省での出来事を話し、紫苑さんが自分の過去について話した。


「ボクは昔から勉強しかさせてもらえなくて、外で遊ぶのも禁止。通っていたお嬢様学校ではボクをクズ役人の娘って呼ぶ。家に帰っても親戚もボクを跡取りにする為だけに育ててきた。ボクは何の愛情も受けなかった。ただ1人を除いて」

「それって誰なんです?」

とうきょうじょう学園先代理事長、ボクのお祖母ちゃんだよ」


 紫苑さんはスカートのポケットから何かを取り出した。それは一枚の写真。写真には金髪に赤い瞳の小さな女の子、みどりがみに碧眼の随分と年のいってる女性が写っている。


「こっちの女の子が小さい頃のボク。その隣がボクのお祖母ちゃん、嵐崎かえで。優しい人だけど、一時期国家の存亡を左右させた『異常』な人だよ」

「……存亡ってのは、具体的にどんな事ですか?」

「分からない。少なくとも光元さんと組んで何かをやっていたってのは事実なんだけど、詳しい事は何も教えてくれなかったんだ」


 そりゃ教えないでしょうね。光元は気に食わない奴ですけど、関係ない人を巻き込むのはあまり望まない奴ですからね。でも実質巻き込んだりしますけど。


「それでね、お祖母ちゃんは時々ボクに会いにきてくれて、会うといつも可愛がってくれたんた。遊んでくれたり、一緒にご飯食べたり、一緒に寝たり、ボクにとってはお祖母ちゃんが唯一の家族だったんだ。でもお祖母ちゃんはボクに甘いから、他の親戚達とあまり仲が良くなかったし、お祖母ちゃん以外の親戚なんて、上に立つことしか考えない金の亡者。いつも消えてくれって、何度も何度も思ってたよ。それなのに……」


 紫苑さんは歯をギリギリと噛み締め、拳が怒りで震えている。


「7年前、お祖母ちゃんが突然死んだんだ。便宜上病死って事になってるけど、本当は、殺されたんだ。『ZEUSゼウス』に」


 紫苑さんが『ZEUS』の名前を出した途端、体の周りを『異常』な殺気が漂い始める。


「ボクは、お祖母ちゃんの事が大好きだった。ボクの事を唯一分かってる人だった。ボクを愛してくれた人だった。なのに、なのにアイツらは殺した。しかも親戚連中は厄介の種であるお祖母ちゃんが殺されたと聞いて、大喜びしてたんだ。なんせ、お祖母ちゃんが死んだら射城学園を政府に高値で売りつけることが出来る。そのお金を使ってまた裏で闇を作る。けど予想外の出来事が起こったんだ。お祖母ちゃんは遺言書を残してたんだ。遺言書には『私の遺産と射城学園は全て紫苑に相続する。他の者への相続は一斉許さない』って書いてたんだ。それを聞いた親戚達は猛反対してボクから遺産を奪おうとした。その時ボクは抵抗したって無駄だって分かってた。嵐崎家には、『死人に口無し。死んだ奴の物は自分達の物』っていう家訓があったんだ。だからボクはその場から逃げ出した。必死で逃げて、逃げて逃げて逃げまくった。そして出会ったんだ。光元さんに」


 紫苑さんを覆う殺気は、紫苑さんが自分の過去を話す毎にどんどん強くなっていく。なので、

 ――ゴンッ!


「アダッ!」


 俺は紫苑さんの脳天にチョツプを繰り出して殺気を収めさせる。


「ちょっと銃兵衛君! いきなり何するのさ!?」

「紫苑さんが殺気を出したら頭を叩けとほうじょうさんから言われています」


 そして実は俺も、紫苑さんが席を外した後にこっそりと何処かに用事に行っている秘書のほうじょうゆうさんに電話をしたのだ。紫苑さんの殺気を簡単に収める方法を。


『それでしたら、遠慮なく理事長の頭を叩いて下さい。そうして頂ければ殺気は収まります』


 と、前に紫苑さんがヤバい殺気を出してた時に何の躊躇も無く頭をブッ叩いた人からのありがたいアドバイスを試してみた。


「もう、優子さんは。戻ってきたらちゃんと叱っておかないと。ああ、それでね、光元さんに出会って」

「紫苑さん」


 紫苑さんが頭をブッ叩かれたのに話を続けようとするので、ここで話の腰を折る。


「多分手遅れかもしれませんが、そこら辺で終わりして下さい。そろそろ『ZEUS』について教えて下さいよ」

「……うん。分かった。色んな意味で君は失礼だね」


 よく言われます、と反省気味に呟くと、紫苑さんはクスッと笑う。


「じゃあ、話を変えるけど、『ZEUS』っていうのは、政府がマークしている犯罪組織の中でも上位にいる『異常』集団。無法者達だよ。多分、光元さん並みに危険な集団だと思う」

「……ッ!」


 俺は絶句した。この世に光元並みに危険とされている奴らがいる事に驚きだ。いや、確かにいるかもしれない。光元を含めた、政府がマークしている危険人物は日本には十万人以上はいるという話を光元から聞かされた事があった。

 けど、その中で光元は別格だ。『異常』に冷酷で、『異常』に恐ろしく、『異常』に危険な人物。政府を壊滅状態に追い込み、本当に政府を潰そうとした暗殺者『悪鬼羅刹サティスト』。それが伊賀山光元という男。奴を止められる人間は世界中で両手で数えられるぐらいしかいない。それだけ光元はヤバい奴なんだ。俺や伊佐南美がろうとしても、その前に絶対られる。『ZEUS』にはそんな奴がゴロゴロといるのかよ。


「じゃあ、あの真田さなだゆきっていう奴も?」

「うん。仲間の一人だろうね。それにあの時の口振りからすると、七年前にお祖母ちゃんを殺したエージェントの一人だね。『ZEUS』はお祖母ちゃんを殺そうとした時、かなりの人数が犠牲になったって、が教えてくれたんだ。だからお祖母ちゃんを殺した人数は限られる。全員見つけ出して、殺してやるッ!」


 そこまで言った辺りでまた『異常』な殺気を出し始めた紫苑さん。

 ――ゴンッ!


「アダッ!」


 なのでついでにもう一発殴っておく。


「紫苑さん、話してる途中で殺気出すのは止めて下さい」

「あー、ゴメンゴメン。ついつい」


 アハハハ、と笑う紫苑さんだが、この人の『異常』な殺気の源は『ZEUS』への復讐絡みなのか。


「まあ、大体分かりました。要は相当厄介な奴らって事ですね」

「まあね。あ、そうだ。ついでに如月きさらぎ百合ゆりひめ様の事も教えといてあげるよ」


 紫苑さん、その人って全射城学園の統括者ですよね。ついで程度で教えてくれるんですか。


「如月百合姫様。――百合じゃなくて百合姫っていうのが名前ね――総務省で言ってた通り、全射城学園最高統括者。経歴は一切不明。『異常』に美しくて、『異常』に弱いお方なんだ」

「……『異常』に、弱い?」

「どんなに体を鍛えても、筋肉がつかない。どんなに武術を習っても、うまくならない。つまり、如何なる武力を身につけられない『異常』の持ち主。けど、日本の絶世の美女の頂点に君臨できる程に美しい。経緯は分からないんだけど、どうやら政府のツテを使って統括者になったらしい。そして『ZEUS』が百合姫様を狙う理由も一切不明。今回は謎だらけで大変だよまったく」


 はぁぁぁ、と紫苑さんは深い溜息を吐く。確かに謎だらけだけど、あんたもあんたで謎ですよ紫苑さん。


「とまあ、こんな感じ。もうちょっと詳しく話したいんだけど、ボクは今日疲れちゃったから、そろそろ寝るね」


 さっき回転寿司で50皿も食った人の台詞とは思えないんですけど。と言いたかったが、まあ、あれだけ怒り狂ってたら疲れるのは無理もない。ところで、紫苑さんが怒り狂ってた時に使ってたあの西洋剣せいようけんは一体何処から出して、どんな風に仕舞ってるんだ? 大方背中に隠してるとは思うんだが。


「それじゃあ二人とも、二人の部屋は隣だから。おやすみ」

「おやすみなさい」

「おやすみなさーい」


 おやすみって言うけど、まだ午後の7時ですけどね。というツッコミを呑み込んで俺と伊佐南美は部屋を出た。



 俺と伊佐南美は部屋――何故かシングルベッド――に戻り、ベッドに腰掛け、伊佐南美は俺の膝の上に座る。


「お兄ちゃんお兄ちゃん」

「何だ?」

「さっきの紫苑さんの話し聞いてた時に思ったんだけどさぁ、私が戦ったあのガンウーマンのお姉さんも『ZEUS』の人なのかな?」


 ……多分、そうかもな。銃弾に銃弾をぶつけたり、銃弾1発で銃弾2発を弾いたりする奴だ。そういう奴がいても可笑しくは無い。これから先一体どんな事になるのやら。

 と心配していると、ポケットのスマホから着信音が鳴った。画面を見てみると、それは意外な人物の名前だった。


「……もしもし」

『銃兵衛ぇぇぇぇぇぇぇ!』


 ――ピッ

 俺は即座に電話を切る。かと思ったらまたスマホが鳴る。相手は恐らくさっきと同じ。本当はそのまま切りたいのだが、掛けてきた相手が違う可能性もあるので仕方なく出る。


「もしもし」

『あ、服部君? 私だけど、覚えてるわよね?』

「当たり前だ。くりはらだろ? くりはらあや

『うん。正解』


 掛けてきたのは意外にも、ぎょうがくえんにいた時の数少ない(一応)友達、栗原綾香。


「しかし、いきなりお前が掛けてきたから何かと思って出てみたらさかの奴だったとはな」

『あー、ごめんね。服部君の事だからけいの番号入れてないだろうし、入れてても着信拒否にしてるかもしれないって啓次が』

「確かに入れてもないし、入れてもどうせ着信拒否にするな」


 そして最初に掛けてきたのも栗原の携帯だが、相手は栗原の幼馴染の坂田啓次だった。アイツは何かと絡んできてムカつく奴なので基本無視している。


「それで栗原、どうしたいきなり」

『それがさ、服部君が突然転校しちゃって啓次が煩かったのよ。理事長先生に聞いても何も教えてくれないし。だったら本人に聞いてみようかと思ったんだけど、服部君は啓次の番号入れてないし、それで私の携帯から服部君に電話をして』

「要するに心配になって電話してきたって所か?」

『まあ、そうなるわね。それで服部君、一つ聞きたいんだけど……」


 来た。俺が一番厄介な事が。俺達が転校してから、坂田か栗原が電話してくるだろうなという予感はしていた。それは別に良い。けど問題はもし、『どうして転校したの?』とか『今いる学校ってどんな所?』って聞かれる事だ。

 前者は答えづらい。なんせ光元から退学処分を受けたからな。その理由も、暗殺の仕事が無くなったからとか言う事は出来ない。後者はもっと答えづらい。今俺がいるのは、日本中にいる『異常』な学生達を隔離し、監視する国策校。これは絶対に言えない。けど嘘を言うにしても一番良い嘘が思い浮かばない。栗原は目敏いからな。俺が言い難そうだったら何か隠してると絶対思う奴だ。しかも栗原は俺の数少ない友達。口封じをしたくてもしたくない相手だ。これは賭けるしかない。と、僅か0.5秒の間でそこまで考えていたが、


『服部君さ、友達できた?』

「は?」


 俺の心配を遥かに凌駕する質問だった。


『なんかさ、服部君が友達も出来ずに1人でポツーンっているのを想像しちゃって』

「そ、そうか。まあ、一応友達は出来たぞ。ちょっと俺と性格が似た、だらしない男子と、お前みたいに真面目なおさげで眼鏡の女子だけど」

『へえ、凄いじゃない。これで私も安心したわ』


 栗原、お前は一体俺の何を心配してるんだ。


『あ、そうだ。服部君にもう一つ聞きたい事があったんだけど』

「何だ?」

『服部君さ、今でも伊佐南美ちゃんと一緒にお風呂に入ってるっていう噂本当なの?』

「事実無根だ」


 誰だそんな噂流した奴。見つけ出して『こつひともと』――右腕以外の骨を全部ヘシ折る、服部家に伝わる拷問方法――だな。


「そういうお前こそ、未だに坂田と一緒に風呂に入ってるっつう噂をそっちにいた時に聞いたんだが?」

『は、はあっ!? な、何言ってるの服部君!? そんな訳ないじゃない! そ、そりゃまだ小さかった頃は入ってたけど……』

「だろうな。幾らお前でもそれは無いか……栗原、そろそろ伊佐南美が甘えたいモード入りそうだから切るわ」

『え? あ、うん。ゴメンね、いきなり掛けちゃって』

「気にすんな。またいつでも掛けてこい。坂田だったら即座に切るがな」

『本当に服部君らしいわね。じゃあね』


 栗原が電話を切り、俺はスマホをテーブルの上に置く。そしてもう着替えてた伊佐南美に目をやる。我が妹伊佐南美はあろう事かシャツ一枚。正確には白い下着を着ていて――太股の付け根辺りから白いパンツと、微妙に開いたシャツの胸元から白いブラがチラチラ見える――、その上にシャツ。所謂彼シャツ姿みたいな感じだ。


「伊佐南美お前、なんて格好してんだよ」


俺 が呆れて言うと、伊佐南美は自分の胸元を両腕で隠す。


「むぅ~、お兄ちゃんエッチな事考えちゃメッ!」

「テメェフザけてんのか」


 いくら俺でも妹に手出す訳無いだろ。そもそも伊佐南美はふしだらな事が嫌いな女の子。不可抗力で胸を揉んでしまったらなぶばり――服部家の考案した、返しの付いた細長い拷問用の針――100本。風呂に闖入したら虐殺。ましてや襲ったら『生涯とわなぶり』――寿命が尽きるまで嬲り続けられる服部家に伝わるヤバい拷問方法の一つ――。

 伊佐名美は無邪気な性格とは裏腹に人を嬲るのが大好きな超ドS少女。だから俺は伊佐南美にふしだらな事をしないように気をつけている。ちなみに見てしまっただけ――着替えてる時や下着姿、バスタオル一枚姿を覗いてしまった時――なら本人も大目に見る。但し凝視した場合は即嬲る。


「てか、寝るの早過ぎねえか?」

「私はここまで足だけで来たんだよ?それに二人がいない間はずっと事務仕事ばっかりやってたし。もう疲れたの!」

「はいはい。んじゃ俺も寝るか。俺も俺で疲れたし」


 俺は制服のブレザーとズボンを脱いでシャツと短パン姿になる。


「お兄ちゃん! 一緒にネンネネンネー!」


 伊佐南美がポンポンとベッドを叩く。その下着とシャツだけのお姿の妹と一緒のベッドで寝ろと?


「はいはい。分かった分かった」


 『普通』の兄妹なら絶対無理だろうけど、別に伊佐南美が兄シャツ姿で俺と一緒に寝るのはよくある事。というか断ったら虐殺確定だしな。これぐらいは俺達にとっちゃ『普通』中の『普通』。


「おやすみお兄ちゃん」

「ああ。おやすみ」


 俺は伊佐南美に抱きつかれて、伊佐南美は俺の胸に顔を埋めて一緒に寝た。ちなみに何でこの格好の伊佐南美と寝る事が多いのかというと、休日に遠方での暗殺の仕事を請け負った時に泊ったホテルでこんな風に寝てたから。世間一般からだと『異常』だけどね。この光景は。

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