拾弐殺
次の日、俺と伊佐南美はまた理事長に呼び出された。
「へえ、凄いね。光元さんから聞いてはいたけど、流石だよ。優子さん、この薬とお金お願い」
「かしこまりました」
北条さんは返事をするとドーピング剤と札束の入ったトランクをそれぞれ持って行った。すると理事長はポケットから封筒を取り出し、俺達の前に差し出す。
「はい、今回の報酬。お疲れ様」
「理事長、別に金なんて……」
「良いから受け取って。タダでやらせたくないのがボクの性分でね。それに光元さんのは受け取って、ボクのは受け取らないって言うの?」
理事長はニッコリと微笑んで問いかける。
「……じゃあ遠慮なく」
俺は渋々受け取る。まあ、良いか。これも一応仕事だし。
「それで銃兵衛君、伊佐南美君、学校はどう? 授業とか大丈夫?」
理事長はまだ転入してきて一週間も経っていないのに聞いてくる。
「授業はかなり難しいですね。伊賀にいた時は『普通』の成績でしたから」
「あ、それマズいよ」
「は?」
「この学校は私立校のかなり上の方で、しかも君達のいるR組は他のクラスよりも勉強のレベルが一番高いんだよ」
ちょっ、ちょっと理事長さん。そんなの聞いてないですよ。いや、聞いていてもどの道ここに来てたか。
「な、何でR組だけなんですか? この学校の主席クラスな筈のA組とかならまだ分かりますけど、俺達のいるR組は『その他』なんですよ?」
「『その他』だからこそ、いざという時にちゃんと勉強させておかないと社会復帰とか困難になるから。ちなみにR組だけは欠席制限が無いから、一年中休んでもテストの結果が良かったら進級できるよ」
なんだよそりゃ。そういや転入初日に受けた授業は『普通』に難しかったな。でもあれがもし易しい方だとしたら……、
「それともう一つ言っておくけど、射城学園は退学できない学校だから」
「は?」
「『異常』が完全に使えない。重度の身体的事情。理事長であるボクが退学を命じる。この三つの理由のどれかに当てはまらない限り、この学校から出る事は出来ない。ここは一応国策校だから」
「こ、国策校?」
「うん。ちなみに今までに483人が、この射城学園から抜け出そうとしてボク達に歯向かったけど、全員消したよ」
それを聞いた俺は一つの疑問が生じる。
「理事長、その消したってのは翻訳すると何ですか?」
「戸籍、住所登録、銀行口座、あらゆるものの会員情報、存在。その全てを消して、元からいなかった事にする。ボク達はその気になればそれぐらい、いや、その程度の事ぐらい簡単にやってのける。だってボク達は『異常』だから」
おいおい。聞かなきゃ良かったその話。つまりこの射城学園はある種の監獄。『異常』な人間を集め、隔離し、監視する学校。二宮とシュンも『異常』が発覚して意図的に入れられたんだ。あの二人は何も知らずに。
「それと家庭事情の場合はオンラインで自宅から授業が受けられる。この学校に入った以上、ほぼ逃げられない。もし逃げたら、国から狙われる。そして絶対に消される。あらゆる手段を使って、確実に」
「……それで、理事長達はその歯向かった483人全てを消したと?」
「うん。正確にはボクが理事長をやり始めた時には既に396人消されていた。残りの87人はこの7年間に於いてボクが理事長である時に消された人数。勿論ボク自ら手を下した事もあった。なのに皆は力の差がありすぎるのに抵抗したんだ。すぐに消えたら楽になるのに。本当に馬鹿だったよ」
フフ、と理事長は不気味な笑みを浮かべる。しかもまた出してきた。理事長の出す、薄いが強い殺気を。すると不意に、ゴンッ!
「アダッ!?」
「理事長、そのくらいで」
いつの間にか戻って来た北条さんが理事長の脳天をブッ叩いたのだった。
「あー、ゴメンゴメン。ありがとね優子さん」
「どういたしまして」
北条さん、俺からも礼を言わせて下さい。北条さんが止めてくれなかったら俺と伊佐南美は理事長の話を更に延々と聞かされてたかもしれないです。しかも殺気を放出しながら。
「じゃ、じゃあ俺達はこの辺で……」
「あ、銃兵衛君。もう一つ言っておく事があった」
俺達が理事長室から出ようとした時に理事長が引き止める。
「何ですか?」
「この学校、一回留年する毎に面倒な事になるからくれぐれもテストで赤点とか取らないようにね」
「……わ、分かりました」
俺は顔を引き攣らせながら返事をした。
◇
そしてまた引き攣った。
『小テスト 英語 服部銃兵衛 7点』
「マ、マジかよ……」
英語の授業で、転校初日に受けた小テストを返されて驚いた。これはえらい点数を取ってしまった。ちなみにこの小テストは50点満点。射城学校は小テストの点数は成績には入らないらしいが、逆に定期テストだけが成績に入る。しかも中間テストと期末テストの点数を足して2で割った数が成績になる。例えば一学期の中間で50点、期末で70を取った場合、それを足して2で割るので、一学期の成績は60点になる。そして三学期になると一学期と二学期の成績も足して3で割る。それで一番ヤバイのは三学期の成績が赤点、つまり30点未満だった場合、留年+厳重処罰(何かは詳しく教えてくれなかったが)が下される。だから俺は留年だけは絶対避けたい。それなのに、それなのに、50点満点中7点って・・・
「……ヤベえだろこれ」
しかも俺は英語が大の苦手。伊賀異業学園にいた時は数学とか化学とかの理系や国語に歴史、地理などの成績はまだ高い方だった。だが英語だけは物凄く低い。中学時代も英語で赤点を取ってばかりだった。
「……これだったら、英語落とすな」
実は以前に一回だけ黒眼を装着して勉強しようした事があった。けど黒眼からは『勉強は自分の力でやって下さい』の表示の一点張りで駄目だった。更に伊佐南美は俺よりも成績が上。英語も常に80点以上取っているらしい。賢妹愚兄とは正にこの事だな。
「服部さん、どうかしたんですか?」
俺が落ち込んでいると、隣の席にキチンと座っている二宮が話しかけてくる。この二宮、俺が7点を取った英語の小テストで49点という点数を取っている。この人こんなに頭良いんだ。まあ、あれだけノート作りが丁寧だったらねー
「……二宮、これ見ろよ」
俺が力無き声で言って自分の小テストの答案を二宮に見せる。すると二宮はあぁ、と納得した顔になる。
「は、服部さん。べ、別に服部さんは神楽坂君よりかは点数が高いんですし……」
「二宮。シュンと比べられても逆にこっちが困るんだが」
そして二宮の右隣の席で机に突っ伏して鼾を掻きながら寝ているシュンは僅か1点。俺は一応全部解答欄を埋めて7点だったのに、シュンは殆ど白紙。シュンの場合は元からやる気が無いだけだろ。
「煉崎さんは何点だったんですか?」
「…………」
二宮は自分の真後ろの席に座っている煉崎に話しかけ、煉崎は無口で答案を見せる。それは33点だった。俺はこんな無口無表情でしかも休み時間は常に俺をジーっと見てくる女子に負けたのかよ。ちなみに余談だが、俺達の席は前に4つ、後ろに3つ。俺が前の左端。窓側の席。その隣に二宮、シュン、そして空席。煉崎は二宮の後ろで煉崎の両隣は空席だ。
「……このままだったら、絶対殺されるな」
「殺されるって、誰にですか?」
「すげえお兄ちゃんっ子な妹にだよ」
「だ、大丈夫ですよ服部さん。もしそうなったら、私がなんとかしますから」
二宮は励ますように言うが、それは自殺行為ですよ二宮さん。うちの妹は中学時代に俺に言い詰め寄ってきた女子の顔面を平気でボコボコにした(帰ったあとで俺が半殺しの仕置きをした)奴なんですから。
「……銃兵衛」
すると不意に煉崎が俺を呼んだ。しかも下の名前で。
「……何だよ煉崎」
「銃兵衛はもっと勉強すべき。少しは金実を見習った方が良い」
おい煉崎。いきなり声を出したかと思ったらそれかよ。癇に障る奴だな。
「煉崎さん、その言い方は良くないですよ? 服部さんだって、ちゃんと頑張って……」
「頑張っても成功しなければ意味が無い。それは金実がよく知っている筈」
俺は歯をギリギリと噛み締める。本当ならここでコイツの面に一発殴りたいのだが、ここで暴力沙汰になるのはマズい。
「煉崎さん、それは……」
「良いんだ二宮。俺は気にしていない」
「服部さん、でも……」
「良いっての。一々そういう事気にしてたら疲れるだけだ」
俺は二宮にそう言って窓の外を見る。そこは長閑な風景が目に入る。そういや、光元の奴に昔言われたな。
『銃兵衛君。君は少しでも癇に障るような事があるとすぐに手が出る。それは人としてあまりよろしくない。だから何か言われてもすぐに手を出したりしてはいけない。特に君の場合は最悪人を惨殺しかねないからね。充分気をつけるように』
少しムカついたからって理由で人を惨殺しませんよ光元。ましてや、『悪鬼羅刹』って呼ばれている冷酷な元暗殺者のあんたにそんな事言われる筋合いは無えしな。
「服部君、余所見をしては駄目ですよー」
するとずっと黒板に英文を書いていた式部崎先生が俺達の方を振り返って俺を注意する。俺はすぐに黒板の方を見てノートに書き写すのだが、英語が苦手な俺にとって、英文はまるで呪文のように訳が分からない文字の羅列だった。こんなんで大丈夫かな、俺。




