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最終話 手紙

 真っ黒の行列を見送りながら、じっと空を見上げた。おばさんに頼みこんであたしは秀司の火葬を見届けた。

 まだ、信じられない。

 青白い肌がだんだんと、赤みを帯びて、目はゆっくりと見開かれていく。そしてあたしを見つめて名前を呼んでくれる。

 夢だ。夢の中でしか、そんなことは起こらない。あたしがどれだけ秀司の名前を呼んでも、秀司には届くことがないんだ。あたしもちゃんと現実を見つめよう。

 一歩一歩足を動かす。あたしちゃんと生きてる。ちゃんと息して体を動かしてる。頭も正常だ。秀司がいなくなったら、世界は終わりだと思ってたけど、そうでもなかったみたい。ちゃんと呼吸して、意識があって考えてる。

 ただ、学校に行っても秀司を見つけられない。どこに行っても秀司を見つけられない。秀司の影すら存在しない。あたしの世界には秀司はいろんなところにいるけど、現実世界にはどこにも姿を現さない。世界は滅ぶんじゃなかったんだね。教室の中もそう。秀司がいても、いなくても、何もかわらない。ただ一つだけ席が空いてる。

 何もかわらなかった。あたしの心も、そう大きく揺れることはない。悲しくて、寂しくて、死にたいと思わないのはどうしてだろう。泣きたいのに、涙がでないのはどうしてだろう。

 理由なんて分かってる。

 お葬式からしばらく経ってから、秀司の家に行った。秀司の灰になった骨を少しだけいただく約束をしている。あたしの家にも仏壇はあるし、気持ちの整理がつくまではあたしの傍に置きたいと思ったからだ。

 おばさんは少しだけ痩せて見えた。目元も赤くはなかったけど、疲れきって見える。

「あがって行かない? 渡したいものがたくさんあるのよ」

 もちろん、あたしは頷いて家に上がらせてもらった。仏壇の前で手を合わせて、秀司の顔を思い浮かべながら目を閉じる。笑った顔も、起こってる顔も、泣いてる顔も全部、走馬灯のように流れていく。秀司は最後に何を思ったんだろう。あたしのことを少しは考えてくれていたかな。

「美香ちゃん、こっち座って」

 お茶をだして、座布団も置いてくれた。

 おばさんは何冊かのアルバムと、銀色の四角い箱を持っていた。

「これはアルバム。高校に入ってからのやつなんだけど、美香ちゃんにあげるわ。ちゃんと私たちの分はあるから・・・。それで、これなんだけど」

 銀色の箱を机の上に置いて、その蓋をゆっくり持ち上げた。

 中には何冊かの大学ノートと、一通の手紙。カセットテープも一本だけある。

「これ、秀司の持ち物ですか?」

 おばさんは手紙を手に取ると、あたしに読むように促した。

「入院中に、ずっと書いていたのよ。日記と、手紙。それからカセットテープに自分の声を録音してね。あの子が死んでしまう、五日ぐらい前に、渡されたのよ。私達の分と、美香ちゃんの分」

 あたしは手紙の封を力任せに開いた。それから何枚かの紙を抜き出して、開けて読んでみた。目だけで読むから、声は出さない。


『美香へ

 これを読んでる頃には、オレは美香の隣にはいないんだろうな。でも、もしかすると隣に並んで一緒に読んで、バカみたいに笑い転げてるのかもしれない。なんていうのは、ただの夢だ。

 オレは多分、死んでるんだろう。毎日、目を覚ます時、病室じゃない場所だったらどうしようって、考えるんだ。真っ黒の闇の中に一人だけいるのかもしれないし、おじいちゃんによく聞かされた、三途の川の前に立っているかもしれない。真実はどうなんだろう。死んだら、どこに行ってしまうんだろうな。

 こんな話、暗いな。やめた、やめた。

 今だからできる話だけど、オレは美香のこと高校に入った時に、一目惚れしてたんだ。知らなかっただろ? 当然だな、言ったことなかったもんな。美香に告白されたときは、驚いたけど、めちゃめちゃうれしかった。このまま、自分がどうにかなるんじゃないかって思えるぐらい、嬉しかった。

 毎日、楽しかったよ。いろんな発見があったし、美香といれば自分が別の自分になってる気がした。おかしな話だ。

 事故の日、車にはねられた瞬間、一番に美香を思い浮かべたのは、やっぱり好きだからなんだろうな。今も、目を閉じれば思い浮かべられるよ。笑ってる顔が。

 あの日から、狂ってきたんだ。時間も世界も、オレも。だけど美香は、美香を見るオレだけは狂わなかった。正常な脳で、正常なままで、しっかりと意志を持てたんだ。でも手放さないとならなかった。一緒にいても辛いだけだと思ったから。手放すことは辛かったけど、美香はずっとオレを好きでいてくれるって、どっかで思ってた。だけど、そうはいかない。

 美香はどうにかして、オレを忘れようとしてたし、オレはオレで美香のことを考えないようにしてた。逆効果だったな。結局好きになってしまったわけだし。

 あれから今も美香には迷惑かけてばっかりで、嫌な思いをさせてる。

 傍にいてくれてることが当たり前になってるけど、それがオレは美香を苦しめるみたいで嫌だった。話もできないオレに懸命に話しかける美香を見るのは、辛くってしょうがなかった。でも、好きだった。

 好きすぎて、気持ちがとまらない。

 愛がどんなものか知らないけど、恋も恋愛も、言葉では言い尽くせない気持ちがある。

 愛してる。って言う気持ちが、オレの中にはある。

 一生ずっと傍にいて、死ぬときも一緒がいい。

 いずれは、誰もが死を経験するけど、オレは今死にたくない。今じゃなくて、美香と一緒にいろんなものを見て、いろんなものを経験してからが良かった。ちゃんと、守って、愛して、理想の家族なんて言われるような家庭を築いたりして・・・

 ごめん。

 ごめん。

 こんなことなら、つき合わなければ良かった。好きにならなければ良かった。なんて思えない。

 勝手だけど、美香と過ごせて幸せだった。それだけで、オレの人生って意味があるんだと思った。短いなんて思わない。オレは美香を残していくけど、悔いなんて一つもない。美香といられて、死ぬまで一緒にいられるなら、オレは幸せだ。好きな人に見守られながら、死ねたら本望だ。

 だから、悲しまないで。泣かないで、決してオレのことばかり考えずに過ごしてくれ。

 オレからの願いがあるとすれば、美香が絶対にオレのことで悲しまないこと。必ず幸せになること。それから、オレの誕生日の日だけ、オレのことを思い出してほしい。好きな人がいても、つき合ってても、結婚しても。一日だけでいいから、オレの顔を思い出してみてほしい。ただ、それだけだよ。

 オレはいつまでも、美香の傍にいるよ。胸にかかるペンダントや指輪になって、美香を見守る。だから、泣くなよ。

 愛してるよ、美香。いつまでも、永遠に。』


 手紙の中に顔を埋めた。

 秀司が亡くなってから、初めての涙だった。それから、あたしいろんなこと勘違いしてたみたい。秀司は死んでないんだ。死んだのは体だけ。あたしの心にはちゃんと秀司が住んでる。幽霊でも、実体のない精神でもなんでもいい。秀司はあたしに住み着いてる。離れてほしくても、離れていかない、大事な気持ち。

 そうだった。愛ってこういうものなんだ。あたし、なんで気付かなかったんだろう。

 ありがとう、秀司。あたしに幸せと、愛をくれて。

 ありがとう、あなたのことは絶対に忘れない。どんなことがあっても、秀司のことはいい思い出として残るよ。

「カセットテープには手紙と同じことを入れてるって、私達に宛てた手紙にあったのよ。それからね、毎年美香ちゃんの誕生日に素敵なものを送るわ。それと、秀司の誕生日に家にきてね。たくさん、渡したいものがあるから」

 おばさんの目からも涙が出ていた。

「はい、楽しみにしてます」

 それだけ言うと、あたしはまた泣きはじめた。滝のように涙が出てくる。久しぶりだからかな、こんなに涙って心を軽くするもんだったんだ。少しずつ楽になれる。あたし、弱くなってない。強くなってるんだ。

 全部、秀司がくれたものだよ。


 あたしの誕生日。十八になって、受験も大詰め。あたしは楽しみにしていた。おばさんの言葉があたしの期待を膨らましてる。何が起こるのか楽しみ。

 玄関のチャイムが鳴って、あたしが急いで玄関に駆け付けると宅配便がきた。間違ったのかと思ったら、差出し人は秀司だ。

 四角い箱の中身を開けると、真っ白のケーキ。ショートケーキのワンホールだ。その上にはカードがついていて、中をあけると秀司の字で『ハッピーバースデイ』と書かれていた。

 あたしは嬉しくて、笑った。秀司の顔を思い浮かべる。あたしの目の前に座って、ケーキを切り分けあたし用に、チョコレートものせてくれる。それから音痴な歌をうたって、プレゼントをあたしに差し出すんだ。それは手紙だってりしてね。

 本当は、いない。だけどあたしには見える。あたしが狂ってるんじゃない。本当に目を閉じるだけで思い浮かべられるんだ。

「秀司、ありがとう」

 カードにキスをするとあたしは手紙の入った缶のなかにいれた。

 毎年あたしの家には一通の手紙が届く。

 それは幸せの手紙。あたしと秀司が愛し合った、幸せの日々が詰まってる。終わることのない手紙。あたしと秀司の永遠の愛の証。あたしがもし結婚しても、秀司のことだけは忘れない。誰かを愛しても、秀司の愛もかわらない。

 秀司の灰をあたしは海にながした。

 あたしは狂わない。だけど秀司を想い続ける。だからいつまでも笑っているね。そして、あたしを腕の中に包み込んで、キスもする。それから手を繋いで見つめあう。そしてどっちからでもなく、同じ言葉を口にする。

「愛してる」

 

 どこかで風が吹いて、あたしのほほをすり抜ける。

 世界はあたしがいなくても回り続ける。好きな人がいなくなっても回り続ける。世界はあたし一人の力では滅びないし、秀司が死んだからって滅びない。

 でも、どこまでも気持ちはまっすぐに伸びていく。

 あの空のむこうにあるものを誰も知らない。

 でも何かが見えるときがある。あたしの場合、それは秀司の顔だ。笑ってる秀司の顔。

 

 あたし、幸せだよ。ねぇ、秀司。



長々と続けてきましたが、最後まで書けて良かったです。
人の死というテーマで書いてきましたが、あまりにも巨大なものを書いている気がして、自分の未熟さを思い知らされました。
ですが、たくさんの方に読んでいただき本当に嬉しく思っています。
 ありがとうございました。

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