12. その程度なら問題ない
「出ていけ!」
側近とフローラは執務室を追い出された。
フローラはとりあえず怯えているように見せる。珍しく失敗したとはいえ、側近が便宜を図ってくれる可能性もあったからだ。
側近は初老の優しそうな人で、子供はもちろん孫がいてもおかしくなかった。なるべく幼く見せることで、家族と重ねてくれるかもしれない。
「怖い……屋根裏部屋って、どういうところなの?」
舌っ足らずに、細くか弱く。洋服の裾を掴む手を震わせて。目には涙で膜を張り、しっかりと目を見つめる。
「……フローラ様。屋根裏部屋は、隙間風の吹く物置きです。寒くて、暗くて、虫も出ます。私では旦那様の決定を覆すことはできません。ですが、私も隣にいることは、許されるはずです。毛布とランタンを持って行きましょう」
心底憐んでいる様子の側近に、フローラは内心驚いた。
寒くて暗くて虫が出る。隙間風。
それはフローラにとって当たり前だった。別邸のことかと勘違いしたほどだ。
「そんなところに……お父様……」
ぶっちゃけそんな普通な場所なら、側近はいらない。ランタンだけ渡してくれればそれでいい。夏だから毛布はいらない。ランタンが大きめならムカデくらい燃やせるだろうし、色々物色できるだろうから現地調達でもいい。何なら面白いものがあればくすねるつもりだ。
……フローラは規格外だった。
「でも、これは私への罰だもの。私一人で行かなくては……」
凄くいい子のように見えるが、化けの皮を被っていては好き勝手できないから着いてこないでほしい、ということである。側近を守ろうとしているように見せかけて、善意を踏み潰している。その上いつのまにか、子供らしい雰囲気から、少し大人びた貴族の令嬢風に変えている。
「ありがとう。貴方の気持ちはとても嬉しいわ……けれど、貴方まで怒られてはいけない」
「お嬢様っ!」
「私は大丈夫よ。鞭よりはずぅっといいわ。暗いのは少し困るけれど……」
言葉だけなら本当に偉い子に見える。フローラの邪悪さに気づかない側近は涙目だ。月の下で花が咲くかのように儚く美しい姿に、目元を拭うことしかできない。
当のフローラは、早くランタンを渡して欲しいと思っていた。
「ん? お父様が、貴方のことを呼んでいたような……」
「え?」
「聞こえた気がしたのだけれど、気のせいだったかしら。でも、早く戻った方がいいかもしれないわ」
実際はまったくそんなことはない。が、側近も怒られては困るのか、さっさとランタンを取ってきて、屋根裏部屋へ向かうことになる。
屋敷の階段から、外付けの階段まで登り、着いたのは牢獄のようなドアの前だった。二階建ての屋根裏……三階からの景色は壮観だ。夜だから何も見えないが、夜風が涼しかった。
「……こんな酷いっ」
「ちゃんと鍵をかけていってくださいね。それでは」
「お嬢様!!」
側近が悔しそうに鍵を開けたところで、フローラは迷わずドアを開けた。
「ランタンをありがとう」
鍵が閉まり、階段を降りる音が聞こえなくなるまで、フローラは待つ。
善人の単純さに胸焼けしながら。
「……行ったわね」
ランタンを掲げ、中を見渡す。
暗く埃っぽいそこは、とにかく広かった。蜘蛛の巣は当たり前、物は散乱し、虫は蠢いている。
「ふぅん……中々漁りがいがありそうだわ」
フローラに恐れなんてものはない。ムカデは踏まないように、そこら辺にあった瓶とちり取りで捕まえ、隙間から地上へ落とす。ランタンの火では心許ない。もっと火力の出そうな物を見つけたら、焼くのが一番早いのだが。踏むと体液が飛び散り、他の虫が寄ってくるのだ。蜘蛛は益虫だから殺さない。害のない奴らは放置だ。……後で実験のために捕まえるかもしれないが。
「……あら、これ何かしら?」
敵なしだったフローラが足を止める。そこには白い布の被さった、何かがあった。




