9 フロイエットの王冠
「おや! ロアリー殿とアンリエット殿ではござらぬか!」
早朝、ヒューモント館からフォカニー中心部へ戻る道中。
向こうから歩いてくる二人組が、ロアリーたちに声を投げてくる。
「やあやあ。カトーにジンガじゃないの」
北大陸の東の果てに浮かぶ神秘の島国、ヤシマ人の末裔を名乗るギルドメンバーだ。二人の名を呼びながら、ロアリーは歩み寄る。
「君らもミアズマストーム狙いかな」
「さようでござる。近所で金が稼げる機会でござるからな。見逃せぬよ」
カトーは大きな声で言い返す。
ヤシマの伝統的衣装(と本人らが語る)ゆったりとした地味な色の着衣をまとい、腰には片刃の長刀と短刀を二本差し。伸ばした金色の髪を後頭部でひとまとめにし、立てているのも、カトーに言わせると、ヤシマの男の伝統的髪型とのことだ。
その隣に立つ人物、ジンガは、利便性のみを追求したまったく飾り気のない黒衣を身にまとい、顔もほぼ覆面で隠している。二つの青い目が、ジンガの感情を表す全て。覆面を取った顔を見たことがあるのはカトー以外におらず、性別を判断することすら不可能。
そのジンガが、カトーに耳に口を寄せ、何ごとかつぶやくと、
「回せる仕事があったら是非ともよこしてほしい、と言っております。拙者からもお願い致す」
カトーが代弁を務める。
「それはこっちとしてもありがたいね。いずれ機会があったら、頼むよ」
「ところで、ロアリー殿こそこんな早くから、任務中なのですかな?」
「まあね。俺たちもストームに突入したい気持ちはやまやまなんだけど。魔獣狩りは他のギルドメンバーに任せるよ」
「もう結構な人数が行ってるのでござるかな?」
「ああ。ストームの中で宝探しをしたいなら、急いだ方がいい」
「助言感謝致す。それでは……」
「あ、ちょっと待って」
一歩踏み出そうとしたカトーを、ロアリーは慌てて呼び止める。
「人捜しをしているんだ。カーティス・コールマンが今どこにいるか知らない?」
「コールマン? あのギャンブル狂いの? いや、存じませんな」
「ダリル・デイミアスとイーラム・エグバートは?」
「えー、デイミアスは坊主頭の男で、エグバートは髭の濃い魔法使いでござったかな」
「たしかそうだった気がする」
正直なところ、二人の容姿について、ロアリーはぼんやりとしか覚えてなかった。
「そちらも分かりませんな。ジンガは?」
カトーに意見を求められ、ジンガは無言で首を横に振る。
「そうか。引き留めて悪かったね」
ロアリーは軽く手を一振りする。
カトーは別れの挨拶を告げ、ジンガとともにヒューモント館目指して去っていく。
「今朝はギルドメンバーによく出くわしますね」
二人を見送りながら、アンリエットがつぶやく。
「そりゃそうだ。この道、ギルドとヒューモント館の最短ルートだし。これで八十六人目だったかな」
「多すぎですよ。まともに数も数えられないんですか?」
アンリエットの冷たいツッコミを気にすることなく、ロアリーは不満げに首をひねる。
「しかし、誰も彼もコールマンたちの行方を知らないのか。参るね」
道中すれ違うギルドメンバー全員に、コールマンたちの所在を尋ねているが、有益な情報は何一つ手に入っていなかった。
「まさか、ジンガの覆面を剥いだら実はコールマンでした……なんてことはないだろうな」
「ないでしょ。素顔は隠せても、体型は隠しようがないですよ」
「たしかに。またしても的外れな推理を披露してしまったな」
ロアリーはしょぼくれた顔をする。
「気にしないで。ロアリーが的外れなことを言うのは、いつものことですから」
アンリエットは冷たく言い捨て、再びギルド本部目指して歩き始める。
「来ていただけましたか、お二人とも」
ミセリカは相変わらず書類を抱え、相変わらず千枚通しを握っていた。
そして何故か、一揃いの黒い手袋を一緒に所持している。
「その手袋は? ミセリカのものにしてはデカすぎるような?」
「誰かが置き忘れたみたいです。窓口に持っていくところですよ」
「お疲れ様。仕事を増やしてしまうようで申し訳ないんだけど……」
言いつつ、ロアリーは書類を提出する。
「昨晩徹夜して、必死に書いたんだ。君のことを想いながら」
その内容は、バルダーズの件に関する報告書。
「やっとですか。今度からは締め切りを守ってくださいよ」
ミセリカは事務的に報告書を受け取り、書類の束の一番下にしまいこんだ。
「私達に伝えたいことがあると聞きましたけど」
アンリエットの言葉に、ミセリカは大きく頷く。
「そうそう、そうなんですよ。二件ほど伝えたいことがあるんです」
書類の束を探り、特定の一枚を引っ張り出して、ロアリーに手渡す。
「まず、こちら。コールマンが直前に引き受けた仕事の契約書です」
受け取った契約書を、ロアリーは近くのテーブルの上に置き、アンリエットと肩を並べてざっと読む。
依頼の日付は一ヶ月と少し前。依頼主は複数の村の連名。その先頭にはハイチムニー村とある。
「五人で仕事を引き受けて、一ヶ月ほど前にフォカニーを発ち、二週間ほど掛けて仕事をこなし、半月前に戻ってきたようですね」
「ハイチムニー村。どこかで聞いたことがあるようなないような?」
ロアリーが首をひねる。
アンリエットは呆れ顔をする。
「『フロイエットの宝冠』の話を知らないんですか?」
「フロイエット……それもどこかで聞いたことがあるような、ないような」
「そういえば、ロアリーは北大陸出身だから知らないんですね。マッサリア人なら子供の頃にイヤというほど聞かされている昔話ですよ」
「そうなの。じゃあ、後学のために教えてくれ」
「ノーストリアが反乱を起こしていた頃の話ですけど……ノーストリアは知ってますよね?」
「バカにしなさんな。北の方の街だろ? 行ったことがある。自然豊かな街だったな」
「それは今の話。昔はそれはもう堅牢な城塞都市だったそうですよ。百年前の反乱戦争で焼かれて、往時の面影はどこにもないらしいですが」
「言われてみれば、城壁の砕けた跡とか折れた石柱とかをやたらと見たような気がする」
「反乱戦争の遺産でしょうね。最終的には王国軍が反乱を鎮圧しましたけど、その過程は苦闘の連続でした。フロイエット王子率いる王国軍が会戦で反乱軍に大敗して、命からがら帰ってきた、なんてことがありまして」
「フロイエット王子。さっき出てきた名前だな」
「その敗走の道中の話です。王子は本隊とはぐれて一緒にいるのはお供数人、敗残兵狩りに見つからないよう必死にフォカニー目指して逃げていました。一晩の夜露をしのげる場所を求めて、たまたまたどりついた村落に転がり込みました。それがハイチムニー村です」
「だんだん話が見えてきた。その村は実は反乱軍に皆殺しにされていて、王子を迎えた村人の正体は悪霊で、翌朝目が覚めたら王子は何もない野っ原に寝転がっていた……」
「全然違います。話の腰を折らないで下さい」
ロアリーを一睨みしてから、アンリエットは話を続ける。
「王子を匿った後、敗残兵狩りの連中が村にやってきたけれど、村人達は王子を隠し通しました。おかげで、王子はその後命からがらフォカニーに生還できました。王子はその時の恩を決して忘れず、反乱が収まった後に村を再訪して、宝冠を授けました。村人達は王国民の鑑として称えられ、その後フロイエット王子が王位を継いだことも重なって、ハイチムニー村はマッサリアで一番有名な村となり、いつまでも栄え続けましたとさ。めでたしめでたし」
「そりゃ結構なことで。マッサリア一有名な村ともなると、悪党から狙われるのも納得だな。変に名が売れると災難も増えるもんだ」
ロアリーは、依頼内容の部分を指でつつく。
「依頼内容は山賊退治とゾンビ退治。珍しい取り合わせだな」
「山賊のリーダーがゾンビの群れを操って、近隣の村落を荒らして回っていたみたいですね。抵抗してきた相手を殺してゾンビにするから、どれだけ倒しても頭数がなかなか減らないとかで」
ミセリカが説明する。
「汚いやり口だなあ。村で長年過ごしてきた知り合いがゾンビになって襲ってくるとか、なかなか割り切れるもんじゃないぞ」
「だから、外部の人に退治を頼んだんでしょうね。とにかく、うちのギルドメンバー五人がパーティを組んで、山賊とゾンビ退治に向かいました。メンバー名も書いてますよね」
書面には仕事を引き受けたギルドメンバーの名前が記されている。
エイク・アンデール。
ブラッド・ボイアー。
カーティス・コールマン。
ダリル・デイミアス。
イーラム・エグバート。
「以上五名ですか。後ろの三人は名前を聞いていますね。前の二人は初耳ですけど」
アンリエットのつぶやきに、ミセリカは神妙に答える。
「エイク・アンデールが、亡くなった方です。山賊達と対決中に、崖下に滑落したとのことで。遺体の回収もできなかったそうですよ」
「痛ましい話だ」
ロアリーは肩を落とす。
「ギルドメンバーが死ぬニュースは、何度聞いても慣れないもんだな」
「犠牲こそありましたが、山賊退治自体には成功しました。残る四人は報酬を受け取り、解散しています。もとより急ごしらえのパーティだったみたいで、その後は一緒に活動しているわけではないみたいですね」
「そしてそれから半月後、コールマンが謎の失踪を遂げました、と。一体彼の身に何が起きたんでしょうか? 山賊退治の件と関係が……?」
アンリエットが疑問を投げかける。
ロアリーは慎重に応じる。
「今の所判断はつかない。関係あるかもしれないし、ないかもしれない。可能性はいくらでも考えられる。とにかく当人を見つけたいな」
「そこで、もう一件の伝えたいことなんですよ」
ミセリカは、一枚の紙片をロアリーに手渡す。
「実はですね。ロアリーから預かった、コールマンの荷物を探っていたら、これが日記帳に挟まっていたんですよ」
紙片の一面に走り書きが記されている。
「『ハイチムニーの件で話あり。午後五時、ブルーモーターの廃教会に来い。ボイアー』。おっと、こいつは……!」
思わずロアリーは声を上げる。アンリエットも目を丸くする。
「コールマンが酒場から出て行ったのは、これが理由ですか。ブルーモーターの廃教会というのは……?」
「調べてあります」
ミセリカは一旦その場を離れ、フォカニー周辺地図を持ってくる。テーブル上に地図を拡げ、その左上隅あたりを指で示す。
「このあたりですね。たしか廃村で、人気のない場所ですよ」
「スリーピング・スフィンクス亭から徒歩十五分ってところか。随分妙な所に呼び出すんだな」
「それだけ人に聞かれたくない話なのか、あるいは何か別の目的でもあったのか……どういうことでしょうね?」
アンリエットの言葉に、ロアリーは頷く。
「それは、ボイアーに聞かなきゃ分からない。と言って、誰がボイアーの居場所を知っているかというと……」
助けを求めるように、ロアリーはミセリカを見やる。
ミセリカは首を横に振る。
「少なくとも、私は知らないです。ちょっと、聞いて回ってみましょうか」
三人はエントランスホールに戻り、その場に居合わせたギルドメンバー、あるいは事務員達に尋ねて回る。
しかし、有益な情報は手に入らない。ここ数日でボイアーの姿を見た者はいなかった。
デイミアス、エグバート、そしてコールマンについても同様。
「……いやはや。こんなこったろうとは思ったよ。しかし揃いも揃って姿を消すなんて、何考えてやがるんだ?」
ロアリーは吐き捨てる。
「文句を言っても仕方ないです」
アンリエットはロアリーをたしなめ、それからミセリカに声を掛ける。
「ギルドの掲示板に、尋ね人広告を出してくれませんか? コールマンに、ボイアー、デイミアス、エグバート、全部で四人ですね」
「分かりました、やっておきますよ。お二人はこの後は?」
「ブルーモーターの廃教会に行ってみます」
アンリエットが断言する。
「ブルーモーターか。微妙に遠いなあ」
ロアリーは嫌そうな顔をするが、
「……ま、行くしかないか。他にすがるものもないし」
そう認めざるを得ず、重々しく頷く。
「しゃきっとしてくださいよ。部長に挨拶して、さっさと行きますよ」
「そうだな……って、部長に挨拶?」
「エクルモア村の件について、部長に一言報告しておくべきでしょう。それじゃミセリカ、ありがとうございました」
感謝の言葉を別れの挨拶とし、アンリエットはロアリーの背を押しながら歩き出した。