第十一章 謀略 02
「……ん? おはよう、随分と早いな?」
「あっ、ししょー! おはようッス!」
まだ太陽も顔を出し切らない早朝。
あくびを噛み殺しながら朝飯の準備に母屋から降りて来ると、薄暗い厨房で黙々とかつら剥きの練習をしているコロナの姿があった。
この、押しかけ弟子であるドワーフ娘がウチに来てから早三日。そして、大量に出てくる、薄く剥かれた大根を再利用した賄い飯も今日で三日目。ソロソロ合格して欲しい所である。
さて、今朝の献立は――
大根のサラダと大根の味噌汁。あとは大根のきんぴらに、厚切りハムの大根ロール。ついでに大根入りオムレツも付けておくか。
まっ、味噌汁ときんぴらは、薄切りの大根だと食感が物足りないが、その辺は我慢してもらおう。
「コレ、貰って行くぞ」
「どうぞッス……」
目前の大根と格闘しながら、顔を上げる事もなく返事を返すコロナ。
そんなコロナの前に置かれたボールから、オレは薄剥きの大根を手に取った。
へぇ……厚さのムラもなくなったし、途中で切れる回数も随分と減ってきたな。
オレは口元に笑みを浮かべながら、手にした大根をまな板の上へと乗せた。
お互い、黙々と目の前の作業に没頭するオレ達。静まり返った厨房に、包丁がまな板を叩く音がリズミカル響いている。
そして、どれくらいの時間が経っただろうか……?
一通りの作業をも終え、あとはきんぴらが出来上がるのを待つだけになったオレは、大きく息を吐き出すと、もたれる様に椅子へと腰を降ろした。
しかし、そんなオレにまったく気付く事なく、目の前の大根と格闘を続けているコロナ。
スゲー集中力だな――
普段は見せない真剣な表情を浮かべるコロナへ、オレは椅子に座ったままで声をかける。
「なあ、コロナ……ちょっといいか?」
「なんッスか……?」
やはり顔を上げる事なく、コロナはかつら剥きを続けながら返事を返して来る。
邪魔をするつもりはないが、手持ち無沙汰と若干の好奇心から、オレは話を続けた。
「お前、なんでそんなに一生懸命なんだ? しかも、昨日だって店が終わった後に街の掃除までしてたし、あんま寝てないだろ?」
正直ここ数日の……ウチで働き出してからのコイツは、完全に働き過ぎだ。
「なんでって言われても……早く一人前になりたいッスから」
「早く一人前にねぇ……」
「はいッス! そんで、一人前になって故郷に帰ったら、妹や弟達と店を開いて、母様に楽をさせてやりたいッス」
ようやく顔を上げたと思ったら、八重歯をのぞかせて無邪気な笑顔を見せるコロナ。
しかし、その家族想いの笑顔にオレの胸が、一瞬だけ『ズキン』と痛んだ。
妹に弟、そして母親。家族……か。
元々、口減らしとして、自ら家を出たコロナ。
もしオレが同じ立場なら、家族の為にそこまで出来るだろうか?
物心つく前から、息子に人を殺す術を叩き込んだ父親。そして、背後から弟の心臓を日本刀で突き刺した姉の為に……
「………………」
「ん? どうしたんッスか? 顔が青いッスよ」
「い、いや……何でもない」
包丁と大根を手にしたままで、心配そうにオレの顔を覗き込むコロナ。
オレは軽く頭を振ってから、何事もない様に話を続けた。
「ってか、お前……見かけによらず家族想いだな」
「見かけによらず、とは失礼ッスよ。それに、家族が大切だなんて、当たり前じゃないッスか」
「そっか……そうだよな」
「そうッスよ」
当たり前か……
正直、日本にいた頃のオレなら、ここで肯定の言葉など出て来ない。
例えば、親父や姉貴が目の前で殺されそうになったとして、オレは身を挺してそれを助けるか? と聞かれれば、恐らく助けないと答えるだろう。
いや、そもそも彼らは、オレに助けられる事など望みはしない。足手まといになるなら、たとえ親姉弟でも切り捨てろと言うのが一条橋家の教えだ。
だから、当時のオレならば、親姉弟でも迷う事なく見捨てていたはず。
しかし、今のオレは違う。そして、コレだけは断言出来る。
もし、ステラの身に――いや、ステラだけじゃない。シルビアやトレノっち、そしてアルトさんと、ついでにこのロリッ娘ドワーフの身に何かしらの危険が迫っていたとしたら、オレは迷う事なく自身の命をかけてでも彼女達を守る。
そう、今のオレにとって、彼女達こそが家族なのだから。
オレは少しだけ顔を伏せると、口元に笑みを浮かべながら、家族想いなドワーフ娘の顔を見据えた。
「おしっ。じゃあ、一人前になったらウチの暖簾分けをしてやろう」
「のれんわけ……?」
初めて聞く言葉に、キョトンと首を傾げるコロナ。
まあ、コッチには、暖簾分けやフランチャイズなんて言葉はないからなぁ。
「お前が独り立ちする時には、桜花亭の二号店を名乗ってもいいし、ウチと同じメニューを出してもいいって事だよ」
「えっ? マ、マジッスか……?」
「ああ。ついでに、サウラント王国第四王女殿下直々のお墨付きも貰ってやる」
「なっ……」
そう、暖簾分けとは屋号や商号、伝統、格式、そして技術などの無形財産を分け与える事を言う。
どんなに腕の良い料理人でも、新しい場所でイチから始めるとなると、顧客や業者との信用を得て、店を軌道に乗るまでに大変な苦労をする。
しかし、既存の店の暖簾を分けて貰えれば、最初からその既存の店と同じ信用を持って商売が始められるのだ。
更に他国とは言え、王族のお墨付きまであれば破格の条件で店が始められるだろう。
オレの言葉の意味を即座に理解したコロナは、驚きに目を見開くとその幼い顔に満面の笑みを咲かせた。
「ヒャッホォ~! ししょーっ、愛してるッス!! ムチュ~~」
そして、その喜びを全身で表現するように、唇を突き出してオレの顔面目掛けて飛びついて来る――が。
「ぶべらっ!?」
突然オレの前に現れた幅広の剣の鞘に、勢い良く顔から突っ込むコロナ……
「ぬおぉぉぉ~うっ! は、はにゃぁ~、はにゃがぁぁぁ~っ!!」
鼻を押さえてうずくまるコロナから、その見覚えのある剣の持ち主の方へと目を向けた。
そう、そこに居たのは、呆れ顔で鞘の収まった剣を突き出す近衛騎士と、眉を吊り上げ仁王立ちする第四王女殿下の美人主従コンビ。
「ほんに、学習しない娘じゃな……おい、小娘……」
「こ、小娘って……ウ、ウチはコレでも齢百を超える――」
「そんな事はどうでもよい――先日、妾の言った言葉を忘れたとは言わさんぞ……?」
漆黒のオーラを纏ったシルビアは、トレノっちの手からブロードソードを奪い取ると、その白刃の切っ先をコロナの喉元へと向けた。
「え、え~と……せ、先日の言葉……ッスすか?」
「ああ。これ以上シズトにチョッカイを出して、もし彼奴が小さな胸にしか興味を示さんようになったら、ウェーテリードとの全面戦争も辞さぬと申したであろう? まさか、忘れた訳ではあるまいな……?」
「(コクコクコクコクッ!!)」
今すぐにでも開戦の狼煙を上げんばかりのシルビアが放つ殺気に、コロナは顔を青ざめさせながら、もの凄い勢いで首を縦に降った。
再三の既視感を感じさせる展開ではあるけど、大事な事なので何度でも言おう。
大から小まで等しく愛する事が、オレのポリシーだっ!




