第十一章 謀略 01
「くりりん、くりりん、くりり~ん、お掃除なのだ、ラララのラ~ン♪」
夜もスッカリ深まり、人通りも殆どなくなった表通り。
コロナは竹箒を手に、鼻歌混じりで道端のゴミを掃きまとめていた。
そう、あの河原で行った裁判ごっこの判決を、律儀に守っているのである。
静刀やラーシュアからは『あんなのは建前でやっただけなのだから、ムリする事はない』とも言われたが、今のコロナは妙に身体を動かしたい気分なのである。
決死の覚悟で国境越えを決意し、敵対国への入国――
死はもとより、奴隷や囚人に身を落とす事すらも覚悟していた。にも関わらず、ラフェスタの街に来てすぐ、衣食住に加えて働き口の確保も出来たのだ。本当に、なんと幸運なのだろう。
「ホント、ししょーや姫さま達には、感謝の言葉もないッスね」
その幸運に、込み上げて来る喜び――
早朝から深夜まで働き詰めで身体は疲れているはずなのに、湧き上がるその喜びにジッとしていられず、夕食を済ませるとすぐに竹箒を持って店を出たのだ。
――まっ、掃除くらいで、その恩を返せるなんて思えないッスけど。
「夕食といえば、あの『天とじ丼』とか言う食べ物……美味かったッスねぇ」
掃き掃除の手を止め、コロナは今にもヨダレを垂らしそうな顔で、夕食の献立を思い出していた。
そう、本日の桜花亭従業員の夕食は天とじ丼である。
桜花亭では通常、天ぷら定食や天丼などは揚げたてを使用しているが、天ぷらうどんなどに乗せる天ぷらは、作り置きを使用していた。
作り置きと言っても、天ぷらは日持ちする物ではないし、当然、翌日に持ち越せる物でもない。
今日は予想以上に、その天ぷらが余ってしまったため、静刀は賄いに、その天ぷらを使用したのだ。
とはいえ、夕方に作り置きで揚げた天ぷらである。例えるなら、スーパーで閉店間際のお惣菜コーナーにある、捨て値で売っているような天ぷらだ。当然にして味は格段に落ちている。
しかし、そんな天ぷらでもカツ丼のように、甘めのだし汁(市販の麺つゆでも可)で煮て卵で綴じれば、充分に美味しく食べられるのだ。
スーパーなので、捨て値の天ぷらを見つけた時には試してみるといいだろう。
さて、少々話が逸れてしまったが――
「ぶぇ~っくしょんっ!! っしょんっ!!」
スッカリ人影の少なくなった深夜の表通りに、豪快な二連発のくしゃみが響いた。
「ずずずぅぅぅ~~。ああぁ……さすがにこの時間になると、冷え込むッスね……ずずっ!」
更に、豪快に鼻を啜りながら、晩秋の冷たい風にセーラー服の身を震わせるコロナ。
「いや、待てよ? ししょーの話では誰かがウワサをしてると、くしゃみが出るとか言ってたッスね……てことは、コレは誰かが『この寒空の中で掃除とは? なんて健気で気品があり、そして美しいのだろう――あの美女はいったい……?』とかなんとかって、男共がウチの事をウワサしてるッスね」
一褒め、二腐し――いや、それはおいといて。
そう、確かにウワサをしているのだ。
街路字の影――
息を殺し、掃除をするセーラー服のドワーフ娘に怪しい目を向ける三人の人影が……
※※ ※※ ※※
「アイツか……?」
夜の夜中に、セーラー服で鼻歌を歌いながら掃除をするドワーフ娘に目を向ける三人組。
これといった特徴もなく、どこにでも居る街人の様な男達……
強いて三人の違いを上げるなら、スキンヘッドの大柄な男、アゴヒゲの中年男、茶髪の青年、といった所だろうか。
充分に特徴的と言われるかもしれないが、中世レベルの漁師街において、大柄なスキンヘッドもアゴヒゲも特に珍しくもないし、黒髪の単一民族国家である日本と違い、茶髪も然程珍しくはない。
まあ、現代日本でも茶髪はそれほど珍しくはないが。
そんな、どこにでも居るような三人――
しかし、その三人のコロナを捉える視線の尖さと、気配を感じさせない佇まいは、どこにでも居る普通の街人とはかけ離れていた。
「では、報告を聞こうか?」
おそらくリーダー格と思われるアゴヒゲの問いに、スキンヘッドと茶髪は、視線を外す事なく口を開いていく。
「ウェーテリードはトヨッテの森部族のコロナ。種族はドワーフでファミリーネームはなし」
「昨日までは、修道院で厄介になっていたようだが、今日からはイチジョウバシ卿の所に身を寄せたようだ」
この世界では、貴族や豪商のような一定の地位以上の者でなければ、基本的に家名を名乗る事を許されていない。
代わりに、先ほど出た『トヨッテの森部族、コロナ』の様に、どこどこ部族の誰々や、どこどこ街の誰々と呼ぶのが一般的だ。
「フッ……敵国から密入国の下層民。それも、人間ではなく異種族。レヴォーグ様の仰る通り、罪を着せるには最適だな」
アゴヒゲの男はは不敵に口角を吊り上げて、不敵にほくそ笑んだ。
自身のすぐ近くで、そんな会話が繰り広げられているなど知る由もなく、コロナは浮かれ気味に竹箒を振るい続けていた。
「とはいえ、どうする? 女を使うなら、痴情の縺れからの心中に見せ掛けるのが一番だが……あのチンチクリン相手に痴情の縺れと言っても、説得力がねぇだろ。相手が伯爵公子だってんならともかく……」
「まっ、確かに……相手が幼女趣味者なら街のみんなも納得するだろうが、普通は納得しねぇわな」
「う~む……イチジョウバシ卿には、美乳王女殿下やスペリント家の巨乳嬢との婚約話が広まっているからな。変態公子と違って、あの平らな乳との痴情など、誰も信じんだろう……」
ひどい言われようである。
「ぶぇ~っくしょんっ!! っしょんっ!!」
そんな三人が顔を見合せ眉をしかめると同時に、ロリッ娘ドワーフの発する豪快なくしゃみが周囲にこだました。
まあ、おそらく今頃は某伯爵邸でも、変態紳士のくしゃみがこだましている頃であろう。
続いて豪快に鼻を啜ると、コロナは誰に話すでもなく独り言を始めた。
男達は、その言葉から少しでも情報を得ようと、息を殺し耳をそばだてる。
「――コレは誰かが『この寒空の中で掃除? なんて健気で気品があり、そして美しいのだろう――あの美女はいったい……?』とかなんとかって、男共がウチの事をウワサしてるッスね」
「「「ないない、ソレはない」」」
その外見とはうらはらに、訓練されたその耳に届いたコロナの独り言へ、揃ってツッコミを入れる男達。
「と、とりあえずだ……オレはここまでの情報をレヴォーグ様に伝えて来る。お前達は、引き続き情報収集にあたってくれ」
「了解」
「りょーかい」
最後にもう一度だけ、掃除を再開したコロナの背中へ視線を向けると、男達は音もなく闇の中へと消えて行った。




