第三章 作成会議 03
「ラーシュアちゃん、大きな問題って?」
ラーシュアの言う大きな問題。それにまったく思い当たる節がなく、言葉を詰まらせるオレに代わって、ストレートに尋ねるステラ。
分からない事を素直に聞ける、真っ直ぐな性格が羨ましい――
「うむ、この策の目的は桜の花を咲かせる事ではあるまい? 桜を見に来る者達に、地盤を踏み固めさせるのが目的じゃ。花をいくら咲かせても、見に来る者が居なければ意味がないぞ」
なるほど……
桜を咲かせられても人を集める方法がなければ、確かにこの作戦は確片手落ちだ。
「しかしラーシュアよ。三百本の桜の木が花を着ければ、街の者とて見物にこよう?」
「姫さんよ。物珍しさに、人が見物に集まる程度では足りんのじゃ。それこそ堤防となる土手の上を人で埋め尽くさせ、更にその場へ留まらせて置かねばならん」
「確かにそうだな……だから吉宗も花見を推奨したんだった……」
その甲斐あって、日本では場所取りが必要になるほどの人が集まり、その人達が昼夜を問わずにバカ騒ぎするくらい花見が浸透している。
「ならば、同じように花見を推奨すればよかろう?」
「推奨したとて、一朝一夕に花見の文化が簡単に浸透するものでもあるまい?」
「日本人にとって桜は心情的にも特別な花であって、日本を代表する花だからな。その分、思い入れも強い――日本には元々、花見文化が浸透するのに十分な下地があったって事だ」
庶民はともかく、貴族の間では奈良時代から花見が行われていたし、平安時代に書かれた日本最古の庭園書『作庭記』にも「庭には桜の木を植えるべし」とあり、当時の貴族の屋敷に桜の木は必需品だったらしい。
それに気象庁がわざわざ開花予想をしたり、開花宣言を出すなんて桜くらいだし、逆にそんな事をするのも日本くらいだ。
「つまり、桜の花を咲かせるだけでは、人を集めるのに不十分だと言うワケですね?」
「まっ、そうゆう事じゃな」
口もとに細い指を当てながら、目を細めて真剣な表情を浮かべるアルトさん。
さすが元宮廷魔導師にして一軍の将だ。飲み込みが早い。
「桜だけでは不十分……」
アルトさんは細めていた目を閉じる。そして、さっき自分で出した答えを口の中で反芻するように呟いてから、ゆっくりと口を開いた。
「ならば、祭りにしてしまってはどうですか? 食べもの屋台を出し、何か催し物などを開いて人を集めれば」
正に軍師並みの智将振りを発揮する、我が軍の孔明さん。
てか、オレが出そうとしていたアイデアを先に言われてしまった。
まっ、桜祭りなんて日本ではありふれてる行事だから、オレがそのアイデアを出したところで威張れる程の事ではないんだけど。
「それは良いのう! 大々的な祭りにして、近隣からも人が呼ぼうではないか」
「はい、それにシルビア様が出席されるとなれば、近隣の貴族達も使用人を引き連れ、やって来る事でしょう。それに人がたくさん集まれば、治水だけでなく経済にも良い影響が出ますしね」
「そういえば、ココに滞在してから、近隣の貴族達に挨拶回りをしておらんかったからのう。向こうから来てくれると言うのであれば、手間が省けて良いわ」
智将さんの言葉に、為政者コンビによる大局的な観点からも賛同の声が上がった。
まあ、レビンの言う通り、他の街からも人が来てこの街に金を落としてくれるなら一石二鳥だ。
「しかし、催し物と一口に言うが、例えば何がある?」
「そうですねぇ……例えば――」
と、トレノっちの問いに、再び頭を捻り始めるアルトさん。
しかし、彼女にばかりに良い格好を――いや、負担を掛けるワケには行かない。
ここは、オレが鳳雛の如く、ウチの伏龍に負けない策を出そうではないか。
「コホンッ、ああ――」
何か言いかけていた伏龍アルトさんを遮るように咳払いをして、ゆっくりと立ち上がった。
「おっ? シズト、何か良い案があるのか?」
「さすがシズトさんです」
シルビアとステラの言葉を受けて、オレは堂々と胸を張った。
ふっ、日本で祭りと言えば、これしかあるまいっ!
「祭りで催し物と言えば――」
「「「「い、言えば……?」」」」
「ズバリッ、ミスコンと水着審さ、グゴッ!?」
突然後頭部に激痛が走り、頭を押さえてしゃがみ込むオレ。
「みすこん?」
「みずぎ?」
「ラーシュア様にトレーで殴って貰えるとは、なんと羨ましい……」
「ったく、このバカ主はろくな事を言わん。今の言葉は忘れよ。そしてそこの変態は死ね」
初めて聞くに単語に、疑問符を浮かべる第四王女と護衛騎士、そして羨望の眼差しを向けるペド紳士の言葉をバッサリ切り捨てるラーシュア。
「っつ~、誰がバカ主だ、ったく……」
頭を擦りながら立ち上がり、椅子でふんぞり返るロリッ娘を見下ろす様に睨みつけるオレ。
「だいたいっ! 人を集めようと思ったら、食い気か色気で釣るのが一番手っ取り早いだろ?」
「それが分かっておって、仮にも料理人がなぜ色気の方に走る?」
対するラーシュアは、呆れ顔で見上げる様にジト目を向けてくる。
ふっ、なぜだと……?
そんな事も分からんとは所詮、頭脳は大人でも見た目は子供だな。
なぜ色気に走るかと言えば、オレは料理人である前に思春期男子だからだっ!
ラーシュアと睨み合いながら、アイコンタクトでそう断言するオレ。
しかし、なぜかそんなオレに女性陣からは、カマボコの断面みたいなジト目を向けられていた。
「ふむ、『みすこん』と『みずぎ』というのが何かは分からぬが――」
「とりあえず、卑猥な言葉だというのは分かった」
「ご主人様、少しは空気を読んで下さい……」
「シズトさんのエッチ……」
くっ……
ラーシュアのせいで、ミスコンと水着は卑猥なモノだという間違った文化が異世界に伝わってしまった……
「人のせいにするでない。主の時と場所を間違った発言のせいであろう」
だからお前は人の考えを読むなっ! そして、そのスキルを人に教えるなっ!!
「と、とはいえ……色気はともかく、食い気で釣るのは良い案だと思いますよ、お義兄さん」
若干苦笑いを浮かべながらも、オレをフォローする様に会話を繋げようとするレビン。
ありがたい様な気もするが、変態にフォローされてもあまり嬉しくない。
「ほれっ主。汚名返上のチャンスじゃ。料理人らしい案を出してみよ。有るのであろう?」
そう言って口角をつり上げ、不敵に笑うラーシュア。
ふんっ、見透かしやがって……
ラーシュアとは長い付き合いだし、アイツがそんな事を言うって事は、オレの中にあるもう一つのアイデアが何なのかも分かっているのだろう。
それを敢えてオレ口から言わせようとするあたり、花を持たされているようで、正直あまり気分は良くない。
「ふん……」
オレは一つ鼻鳴らしてから席に座り、空の湯飲みにお茶を注いだ。
「お、おい、シズト……何か妙案があるなら、早う申せ」
シルビア達から、急かす様な視線向けられる。オレはお茶を一口飲んで喉を潤すと、少し不貞腐れた様に視線を逸してポツリと呟いた。
「B級グルメコンテスト――」




