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2話 はじまりの街

森は、闇が支配していた。

剣戟も、爆発音も聞こえない。鳥の声すら聞こえないくらい、不自然に静まり返っている。振り返ることなく逃げた私は、倒木に身を預けて息を潜めていた。

足音で追手に居場所を知られてしまうから、とか身を隠すため、とか、そんな高尚な理由ではない。ただたんに走り疲れたというだけだ。



「――っ、はぁ、きつー」



体力の無いことを、これほどまでに恨んだことはない。

サーシャを助けに戻ることも出来ず、町まで逃げることも出来ない。ただこうして、中途半端な位置で休むだけ。「最弱勇者」と揶揄されるのも、仕方ないだろう。



「勇者になったんだから――もっと、こう、精霊の力――!とか、古の封じられた能力が――!とかあると思ったのに、そういうの無いの?」



剣に語りかけてみるが、案の定――何も応えない。

剣は剣のまま、静かに鞘に納まっていた。ゲームやファンタジー世界の勇者の剣には、可愛らしい妖精が宿っていたりとかなんだとかで話せたりする場合が多い。なぜ、こうも上手くいかないのだろうか。

……これが、現実という奴なのだろう。ここは、ゲームの世界ではないのだ。



「はぁ――仕方ない。進もう」



剣の柄に手を置いたまま、ゆっくりと立ち上がった。

追手の気配はしない。もし、したとしても私は数日前まで単なる一般人だ。近くにいても気がつかないかもしれない。慎重に辺りを確かめながら、サーシャが指さした方向へ進んでいく。

そのうちに、視界が少しずつ明るくなってきた。空を覆う雲のせいで、星すらほぼ見えない暗黒の世界だったわけだが、黒から藍色に移り変わってきている。どうやら、夜明けが近いらしい。言われてみれば、欠伸が込み上げてくる。――どうやら、夜通し起きていたことになってしまったみたいだ。



「まぁ、夜寝ないのには慣れているし――あと一頑張りってことかな」



痛みで感覚が無くなりつつある足を、動かし続ける。

そのうち、鳥の鳴き声が聞こえ始めた。空を移動する姿も、ちらほら見られ始める。厚かった雲は晴れ始め、いつの間にか空は薄い紫色に染まっていた。本格的に、朝が近づいて来たのだろう。

サーシャは、朝までに町に辿り着くだろうといったのだ。心なしか、足取りが早くなる。

そして、ついに――



「あれだ!」



木々の向こうに、街が視えた。

小奇麗で可愛らしい街が、森の下に広がっている。石造りの家の入口には、まるで何かを歓迎するかのように花が掲げられており、うっとりしてしまう。入口には、物見やぐらが立っていて、兵士たちが町に出入りする人を確認しているみたいだ。現代日本ではまずみることの無い光景に、どことなく心浮かれてしまいそうになる。だが、私は仲間をすべて亡くした身――町を探索するとか観光とかは後回しにして、一刻も早く教会へ行かなければならない。事情を話し、今後の身の振り方を考えなければ―――



「止まれ、冒険者証を見せてもらおうか」



街に入ろうとした時、兵士が槍を前に突き出してきた。

私はポケットに手を入れる。冒険者証が何かわからない。だけど、恐らく身分証のことだろう。城を出る前に渡されたカードを取り出し、兵士の前に差し出した。カードを訝しげに覗き込んだその途端、兵士の顔に、はっと驚きの色が奔った。



「失礼いたしました、勇者様であらせられましたか!!」

「え、えぇ……まぁ……」

「勇者様が参られたぞ――!!」

「「「お待ちしておりました、勇者様!!」」」



兵士たちが、一斉に私の前に跪いた。

突然のことと疲労とで、よろけそうになる。疲れていることに、目ざとく気づいたのだろう。兵士の内の1人が立ち上がると、私を支えるように背中に手を回した。



「勇者様はお疲れの御様子。すぐに最上級の宿屋へ御案内いたします」

「い、いえ、結構です。それよりも、神殿の場所を案内してください。神殿に話さなければならないことがあるのです」



エスコートしようとする兵士に、なんとか事情を話そうとする。

すると、何を勘違いされたのか――



「なるほど、さすが勇者様!疲れてもなお、志が高い!私は感服いたしました!!」



と、輝いた視線を向けられる。

心が痛い――あんな出来事があったのに、こんな視線を向けられると――。私は、どこか俯き気味に、足取りの軽い兵士の後を追う。町の人も総出で、歓声を挙げてくれるが、城下町を出た時のような誇らしさは無かった。歓声の一言一言が、刺すように痛かった。

私は――騒がれるような、強く気高い勇者ではないのに――。

仲間を見捨てて逃げ出すしか出来ない、最弱勇者なのに――。



「さぁさ、こちらが神殿でございます」



その声で、ハッと我に返る。

白亜の建物は、街で一際高くそびえ立っていた。吸い込まれるように中に案内されえると、冷たい空間が広がっている。私が召喚された所より狭い空間だが、似たような空気を感じた。



「お待ちいたしておりました、勇者様」



ふと顔を上げれば、白いひげを蓄えた老婆が立っていた。

床を掃除できそうなくらい長いローブを纏っている。胸に下げられた幾何学模様のペンダントは、彼がこの神殿の司祭であることを示していた。私の後ろに控えていた兵士たちは、司祭に軽く一礼をすると外に出て行く。石造りの冷たい空間には、私と司祭とその部下だけが残された。



「私、この街で司祭を務めさせていただいております、ヤーンと申します。以後、お見知りおきを」



深々と頭を下げたヤーン司祭は、柔らかい言葉を紡いだ。

私も、慌てて頭を下げる。



「丁寧なあいさつ、ありがとうございます。えっと、私は勇者として召喚された秋庭佳織と申します」

「カオリ様、でございますね。お連れの方もいると、中央神殿から報告を受けていたのですが―――何かあったのですね、どうぞ私の自室へ。そこならば、盗聴の心配もございません」



ヤーン司祭は、何か問題が起こったことを悟ったのだろう。手際よく部下に去る様に命令すると、端の方の小奇麗な一室に手招きをした。てっきり、あの場で立って報告するのだと思い込んでいたので、困惑してしまう。落ち着かない様子で深々としたソファーに腰かける私を見て、ヤーン司祭は優しげに微笑んでいる。



「大丈夫ですか、勇者様?」

「大丈夫と言うか――その――どうして――人払いをしてくださったのですか?」

「鏡をごらんなさい。貴方が辛そうな顔色をしていたからです」



ふと、横目で鏡を見てみれば、鬱々と曇った顔色をしている。

体育祭の前よりも酷い表情だ。確かに、これは「異常」だ。自分のことなのに、他人事のように感じてしまう。



「兵士達や街の人たちは、浮かれているので気づいていませんでしたが――何かあったのですか?あの森には、そこまで強力な魔物は生息していないはずなのですが」



ヤーン司祭も、どことなく困惑している。

それもそうだ。報告にあった手練れの仲間の姿がどこにも見当たらず、勇者は今にも死にそうな顔をしているのだ。魔物に襲われたとも考えられない以上、近隣の森で何か予期せぬ出来事があったのかと心配するのは当然だろう。

私は、ぽつり――ぽつりと、何があったのか話し始めた。



2日目の夜、突如、何者かの襲撃を受けたこと。

仲間の大半は、そこで為す術もなく死滅したこと。

私は、サーシャに護られるように逃げたこと。

サーシャ曰く、襲撃犯は恐らく魔王軍だということ。

そして―――二度目の襲撃の際、サーシャが足止めをしてくれている間に、私は走って逃げてきたということ。

思い出すだけでふがいなく、勇者らしくない。あんな事件が起きる前、仲間の1人が



「歴代の勇者様は、一振りで岩をも砕き、ドラゴンを倒す力を持っていたと記録されています」



と、語っていた気がする。遠まわしに、「お前が歴代最弱だ」と言われているようで、落ち着かなかったが、まさに私は歴代最弱勇者だろう。

そんな現状を、包み隠さず全て司祭にさらけ出した。ヤーン司祭は、深刻な表情で頷きながら最後まで口を挟むことは無かった。



「そうですか……魔王軍の手が、想定以上に早いですね」



全ての話が追えた頃、ちょうど昼の鐘がなる時間帯だったらしい。

腹に響くような間近で聞こえる音なのに、どこか遠くで鳴り響いているような気がする。何もかも、遠い世界の出来事のように感じられた。



「つらかったでしょう。今日は、宿屋ではなく安全のため神殿でお休みなさい」

「……ありがとうございます」



ぐったりと、疲れ切っていた。

今すぐにでも、このまま横になってしまいたい。出来ることなら、自宅の布団の上でごろごろと午睡を貪りたい。だけれども、ヤーン司祭はまだ話があるようだった。じっと真剣なまなざしで私を見据えている。



「勇者様、お話があります」

「……はい?」

「恐らくですが、勇者様は今後も命がけの旅が続いていくでしょう。しかし、勇者様は元の世界で、武術の鍛錬をなにもなさっていなかった言わば初心者です」

「……否定しません」



なんとなく視線を逸らす。

武術の鍛錬どころか、普通の体育の授業ですらまともにできていなかった。

本当に、どうして私なんかが勇者に選ばれたのだろうか。心底、理解に苦しむ。



「というか、私を元の世界に送り返して、もっと優秀な方を召喚すればいいのでは?」



思いつきの発言だったが、なかなかの名案だと思った。

元々、来たくてこの世界に来たわけではない。むしろ、今まで何やかんや流されてここまで来てしまった、という雰囲気すらある。



「私――元の世界に帰りたいです」



口から零れる言葉と共に、郷愁の念が湧き上がってきた。

そうだ、家に帰りたい。体育や数学に英語は嫌いだけれども、もとの世界には私を待っていてくれる両親がいる。漫画の続きも気になるし、アニメの最終回だって気になって仕方がない。注文したゲームが届くのは明日だし、高校も留年したくないのだ。


そう――私は、帰りたい。

しかし――



「残念ですが、それは駄目です」



私の呟きを、ヤーンは一刀両断した。

厳しい目つきで、私を真っ直ぐ見据える。鋭い黄色い目に見つめられると、何故か背筋が逆立った。私の中の――そう、心臓が鷲掴みされたような恐怖を覚える。



「仲間として志願した方々は、貴女が勇者として職務を全うすることを願って散って行ったのですよ? その想いを無下にするつもりですか」

「それは――」



サーシャの横顔が脳裏に横切る。

そして、理解してしまった。

今の私は、あの時――盾にさせてしまった人達の死の上に、成り立っている。もう、勇者と言う仕事を全うしなければ、彼らに報いることが出来ないのだと。

そう、私はあの瞬間――間接的に人を殺してしまっているのだ。



「理解していただけましたか?」



何も答えることが、出来なかった。

その無言を了承ととらえたのだろうか。ヤーン司祭は、大きく頷き、言葉を続けた。



「勇者様が安全に旅を続けるためには、魔王軍の目を欺くことが最重要事項となってまいります。そこで、私は進言いたします」

「……はい」



私はもう、勇者を辞めるという選択肢はない。

だからこそ、ヤーン司祭の進言を重く受け止めて進まなければならないのだ。

それが、いかにきつく辛く望まない役割だったとしても。

気持ちを入れ替えるように、椅子に座り直す。

可能な限り背筋を伸ばして、ヤーン司祭の言葉を待った。



「これからは勇者と言う身分を隠して――そう、冒険者として、旅を続けてはいかがでしょうか?」




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