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プロローグ

背中に奔る強烈な痛み。

それと共に、空間を貫く笛の音。

ころころと床を転がる弾を見下ろしながら、秋庭佳織は悟った。



――あぁ、またこの展開か、と。



「ほら、秋庭さん、早くコート出て。当たったよ。

ドッチボールのルールを知らないわけじゃないでしょ?」



同じチームの子の怒声が、体育館に響き渡った。

彼女たちは、さっさとゲームに戻りたいのだろう。ボールが当たったのにもかかわらず、なかなか出て行かない佳織を急かす。なかなかと言っても、たった数秒ぼんやりしていただけだ。ちょっと痛くて動けなかったのに、すぐに出て行けなんて酷なことを言うのは、本当に早くドッチボールを再開したいからなのだ。

たぶん、彼女たちに悪気はない。



「あっ、ごめんごめん」



文句を言うこともバカらしい。

佳織は頭を下げて、そそくさと外野に回った。

ボールの跳んでこなさそうな位置に、なんとなく立つ。あとは、ゲームが終わるまでぼんやり現実逃避でもしていよう。これが、いつものドッチボールの風景。

皆は口をそろえて「楽しい」という。

だけれども、正直言って、まったく楽しくない。



「体育が一番嫌いだ」



小さな呟きが、周りの歓声に掻き消される。

数学も英語も嫌いだったが、これらの教科は寝れば現実逃避できる。だけれども体育は実技なので、必ず皆の前で恥をかいてしまう。目立ちたくなくても、目立ってしまうのだ。

ボールを投げれば明後日の方向へ転がる。いくら助走をつけても跳び箱を崩す。ハードル走で振り返れば、跳び越えたはずのハードルは全て倒れている。逆上がりができないのは佳織だけだったし、リレーでは下級生に抜かされて周回遅れになってしまったこともあった。出来る皆は、ただじっと出来ない佳織を見ている。そして、陰でこそこそ悪口を言うのだ。



――なんで、あんな簡単なことも出来ないのだろう、と。



だけれども、出来ないのだから仕方ない。

小学生の内は、これでも努力した。休み時間を使って、熱心な先生や友達と一緒に校庭のトラックを走ったり、ドッチボールに精を出したりした。だけれども、上達具合は微々たるもので、いつの間にか諦めてしまっていた。体育の日が来るたびに、休みたくてたまらない。

だけれども、病気でないのに休むことは許されず、こうして学校に来て憂鬱な時間を過ごしているというわけだ。



「はぁ――楽しそうだな、本当に」



運動が出来る子達は、コートの中で楽しそうに輝いていた。

外野に回された子や、運悪く当てられてしまった子も、真剣な目でボールを追っている。どこもかしこも熱気にあふれて、まるで自分のいる場所だけが、世界から切り取られたように――暗い空気に沈んでいた。

きっと、今ここで自分が消えても誰も気がつかないだろう。先生も隣のコートの指導に熱心で、自分の方を見ていない。そう、例えば今のように足元に闇が広がっても――



「――って、えっ?」



佳織は、目を疑った。

足元に、混沌とした闇が広がっている。地面が無いかのように、ぽっかり足元に闇が沸いていたのだ。突然沸いてきた闇は、一気に佳織を呑み込んだ。悲鳴すら上げさせぬまま、何事も無かったかのように闇は閉じてしまう。あまりにも迅速に、唐突に行われた誘拐事件に、今は誰も気づかない。

それは最後の1人が当てられ、ゲームを終わった時になっても同じことだった。

ただ1人、秋庭佳織の友人が



「あれ、佳織ちゃんいなくない?」



と気づいたが、いてもいなくても変わらない――むしろ邪魔になるだけの秋庭佳織がいなくなったところで、ゲームの進行に何の支障もきたさない。クラスメイトはそれほど重要視せず



「さぁ、保健室じゃない?」

「それより、早く始めよう!次はコート入れ替えね!」



周囲の声に急かされてしまう。

佳織の友人は、申し訳ない程度に辺りを見渡したが、ゲーム再開の合図とともに、探すのをやめてしまった。

秋庭佳織が校舎から――いや、体育館から出た形跡もなく、蒸発してしまったことに気づくまで、あと30分。だけれども、この段階で探したところで何か変化があったのだろうか。



それは、誰にもわからない。

ただ唯一――確定していることがある。

それは、秋庭佳織が「この世界」から消えたという事実だけだった。




こんにちは、寺町朱穂です。

読んでいただきありがとうございます。

まだまだ未熟者ですが、これからもよろしくお願いします!

※6月1日:誤字訂正

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