散れども捧げる、愛の花
な、なんで観月が、愛花の病室に…?
突然の展開に、俺の頭はついていけない。
…誰だ今バカって言ったやつは。
でも、誰だって驚くはずだ。
なんとなく立ち寄っただけの病室に、
学校を休んだはずの、
今まで探していた相手がいたのだから。
聞いちゃ悪いかと思いつつも、俺はドアの前で固まったまま、二人の会話を聞いた。
「―――そっかぁ…観月さん、遠くに行っちゃうんだね」
「えぇ」
愛花の沈んだ感じの声が聞こえる。
どうやら、留学するということを、愛花に打ち明けたらしい。
「だから、桜田さん…。」
昨日会ったはずなのに、久しぶりに聞いたような観月の声。
「―――霧谷君のお世話、よろしくお願いね。ちゃんと週二で餌をあげるのよ」
…こいつらは、一体何の話をしてんだ?
そして、週二回の食事で俺に生きていけと…。
いつもなら、
「俺を差し置いて俺の話をするな―!!」
とか叫んで乱入してるだろうが、今は何となく、そんなことできる雰囲気じゃない。
さすがに空気は読むぜ、俺。
「…どうして?」
「私は、あなたの一途な気持ちを知ってるから」
さっきの意味不明発言のどの点に疑問を抱いたのか、愛花は観月に問いかけた。
これちゃんと会話成立してんのかな、大丈夫かな。
そこで一拍おいて、観月は続ける。
「…好きなんでしょう?彼のこと」
え…。
「そりゃ、そうだけど…」
―――今、何て言った?
愛花が?
俺のことを?
あるはずがない、そんなこと…
だって、そんなこと今まで一度も…
「でも、もうほとんど諦めてるよ。だって…あたしのラブレター、捨てられちゃったし」
「捨てられた?」
「そう…。小学校のころ、0点とったテストと一緒に、ね」
聞き覚えのある話に、俺は必死で記憶を呼び起こす。
――あの話は、たしかこの前一緒に帰ったとき、あいつの友達がフラれて泣いたって話だ。
…まさか、あの話は友達なんかじゃない、
あいつ自身のことだったのか!?
「ひどい話ね。本当に馬鹿だわ、霧谷君」
「でしょー?でね、その後も何度か告白しようとしたんだけど、一回も気付いてもらえなくて…」
………。
…俺は、馬鹿だ。
どうしようもないバカヤローだ。
小学校の頃…もしかしたら、それよりもっと前から、あいつは俺を思ってくれていたのに…。
「それでわかったの。勇馬は、あたしのことなんか、全然見ていなかったんだなって…」
俺はそれに気付かないで、あいつをどれだけ傷つけたんだろうか。
「大丈夫よ。今度はきっと、彼にも届くわ。きっと―――」
「そんなことよりっ!
……いいの?観月さんは、それで…」
観月の励ましをさえぎって、愛花は問いかける。
その真剣な声に、自己嫌悪に陥っていた俺の意識は、もう一度呼び戻された。
「私は…」
観月が言葉をつまらせる。
「…私には、私と彼をつなぎ止めておけるものが、ないから」
―――そうか。
なぜ、観月は俺の告白を断ったのか。
あの、何もないという言葉は何だったのか。
今、やっとわかった気がした。
「私には、あなたのように、彼とのたくさんの思い出も…
離れていても、彼に好きと思ってもらえる自信も…
彼のことを、ずっと好きでいる覚悟も…
何も、ないから」
観月を俺から遠ざけているもの。
それは…―――不安。
たとえ結ばれたとしても、会えないもどかしさをずっと互いに抱えてしまったら……。
それがいつか爆発するのが、
本当の意味で[一人]になるのが、怖かったんだ。
いつも堂々としているあいつが、ずっと一人で抱えてた不安に、どうして気付いてやれなかったんだろう。
「観月さん…」
「さっ、これで話は終わりよ。お大事にね」
「でもっ!…観月さん、本当は勇馬のこと…」
「桜田さん。あなたは……素直に生きてね。後悔なんて、しないように」
そう言って、観月が病室を立ち去ろうとする。
俺は慌てて通路の影に身を隠す。
「さよなら」
という短い声がして、辺りは静かになった。
俺は頼りない足取りで、愛花の病室に入った。
「―――えっ、勇馬…」
向こうは俺の存在に気付くなり、驚いた表情を見せる。
「…今の話、聞いてたでしょ」
「えーと…」
しかめっ面でこっちを睨んでくる愛花。
まるで浮気の取り調べをされている気分だ。
「…エッチ」
「す、すいません」
「変態っ、スケベっ、強姦魔っ」
「最後待てコラ」
どこで覚えたんだよ、そんな言葉…。
「もー、なんて顔してるのさ」
「…………」
俺の顔を見て、愛花は苦笑する。
――俺は、さっきの話を聞いてしまった。
そして、今までずっと気付かなかったこいつの気持ちと、
ずっと悩み続けていた観月の気持ちを、
……俺は知ってしまった。
俺は…、どうすればいい…?
「………行ってあげなよ、観月さんとこ」
「え…」
悩んでいた俺に、幼なじみの声がかかる。
「好きなんでしょ?観月さんのこと」
「な、なんで…」
「わかるに決まってるでしょー。ずっと見てきたんだから、勇馬のこと」
そうやって自信あり気な口調で話す愛花の声は、微かに震えていた。
「でもそれじゃ…お前は――」
「いいの」
俺の情けない声をかき消すように、愛花はしっかりとした口調で告げる。
「らしくないぞー勇馬。
…あたしはね、どんなにおバカさんでも、自分の気持ちに嘘はつかないで、
なーんにも考えないで、誰かのために突っ走っていっちゃう…
そんな勇馬が……
大好きだったんだよ…?」
その瞳は涙が溢れていた。
何年ぶりに見るだろうか、こいつの泣いてる顔は。
「ほらっ!早く追いかけないと、見失っちゃうよ!」
それでも涙を拭かずに、最後まで笑って背中を押してくれる幼なじみ。
その中に、
かつてマーボーと呼ばれていた、昔の泣き虫の姿は、もうなかった。
――そして、俺にできることは、一つだった。
「ごめん愛花…。本当に…、ほんとにありがとう!!」
俺のことを思ってくれた、この10年分の感謝の思いを言葉にし、
病室を駆け出していく。
「うんっ!いってらっしゃい、勇馬!」
いつも俺のそばにいてくれた、明るい笑顔を背中に受けて、
俺の足は、もう一人、今ごろ一人で泣いているであろう少女の元へと、加速していった。