いつでも君には、俺がいる
―――再び静けさを取り戻した病室。
そのベッドの上で、一人残された少女は思う。
「これで、良かったんだよね……」
たとえ、叶わなかった恋だとしても、
あなたの背中を押せたのなら……
報われない思いなんて、なかったって、胸を張って言える。
「どうか…、勇馬の恋が、叶いますように…!!」
―――病院を抜け出して、俺は再び走っていた。
「くそっ、どこだ…」
さっきから走りっぱなしで、もう体力は限界に近い。
でも、会わなきゃならない。
一秒でも早く、あいつの暗い顔を、晴らしてやらなきゃならない。
「病院の近くも、学校の周りも探した。あとは…」
俺は、普段使わない頭をフルに回転させて、あいつが居そうな場所を考える。
そうして、俺がたどり着いた場所。そこは―――
「ハァ、ハァ…。あー、やっと見つけた」
そこは…俺がつい先日、観月に告白した、公園のベンチ。
その告白された本人は、今はそこに一人で座っていた。
「…霧谷、君」
どこか悲しげにうつむいていた観月は、俺の声に反応して顔を上げた。
「……どうしたの?こんなところで。
自分の家への帰り方、忘れたとか?」
精一杯強がっているようで、それでも観月は、俺と目を合わせようとはしない。
「用がないなら……さっさと、どっか行きなさいよ…。」
そして俺は心を決め、
思いの一つ一つが零れないように、
今ゆっくりと、言葉を積み重ねていく。
「観月、………好きだ」
「…それは前も聞いたわ。」
俺の一言に、観月は呆れたような声を漏らす。
「言ったでしょう?私とあなたの間には、何も―――」
「関係ねぇだろ、そんなの!」
この前はここで終わってしまったけど、今度は絶対に引き下がれない。
なぜなら……
「たとえ今までの俺達がどんなだったとしても…、思い出なら、これから作っていけばいいだろ!
まだ始まってもいないのに、そんなふうに言うのはやめろ!」
なぜなら、今の俺は……こいつの本当の気持ちを、一人で抱えてる痛みを、知ってるから。
「―――っ、勝手なこと言わないで!!
あなたなんかに…、私の何がわかるの!?」
俺に負けじと、今まで聞いたこともない大きな声で、観月は言い返してくる。
「……たしかに、お前の考えてること、全部はわかんねーよ。
でも……
お前が、一人で悩んで、苦しんで、辛そうにしてんのは、わかるんだよ。
放っとけるわけ、ねーだろうが…」
俺は、真っ直ぐ、観月を見つめる。
そんな俺の眼差しから逃れるように、観月は立ち上がり、俺に背を向けた。
「私だって……」
そして、そのまま、話し始めた。
「私だって、あなたのことを好きでいたいわよ!
…でも、無理なの。
ずっと、離ればなれになるのが怖い…。
ずっとずっと、あなたに会えないのが怖い……!
大好きな笑顔も、楽しかった思い出も、何もかも全部、
…時間に押し潰されて、消えてしまいそうで……」
いつも俺に毒を撒き散らす、観月のその声は、
今は……頼りなく震えていた。
「だったら!!
今のうちに切り離すしかないじゃない!!
不安になる前に、忘れる前に、もう終わりにしなきゃ……。
……そうしなきゃ、
生きていけないじゃない………」
そうして振り返った、観月の頬は、
悲しみで覆われていた。
―――こいつだって、本当は…俺と同じ気持ちでいるんだ。
でも、そんな気持ちを押し殺して、
身の引き裂かれるような思いをしながら……
こいつは、俺のことを突き放した。
どんなに愛し合っても、届かない存在になってしまうのが、辛いから。
…そして、
そんな辛さを、
俺にも背負わせたくなかったから。
そんな、不器用で優しい少女に、
俺がかける言葉は……
もう、決まっていた。
「―――切り離せるわけ、ねーだろ」
「………え?」
消えそうなくらい小さな声で、疑問符をもらす観月に、
俺は続ける。
「切り離せるわけねーだろ。
だって俺は、観月のことが…
ずっとずっと、大好きだから」
もう、
「俺のことを忘れないで欲しい」
なんて、一方的な押し付けなんかじゃない。
「会いたくなったときは、いつでも俺が飛んでいって、側にいてやる。
不安になって苦しいときは、いつだって俺が笑わせてやる。
俺の気持ちは……何があっても、変わらねーよ」
俺は絶対に、そんな悲しい涙を抱えたまま、お前を遠くになんて行かせない。
「―――なんでっ、何でそんなこと言うのよ…?
せっかく……、
せっかくもう少しで、諦められそうだったのに……」
止まらない涙を必死で抑えようとする大好きな人に、俺はゆっくりと歩み寄り、
ありのままの気持ちを、
押さえきれない思いを、
言葉に込めて解き放つ。
「好きだからに決まってんだろっ!!
たとえお前が、どんなに遠い所に行っても、どんなに時間が過ぎていっても、
絶対お前を迎えに行って、何回だって言ってやる…!
好きだ、観月!!
俺は一生、お前のことが大好きだ!!
だから……、
だからお前も、俺のこと、諦めないでくれ!!」
俺は観月の真正面に立ち、
その肩にそっと手を置く。
たった一人の小さな体で背負ってきた重い荷物を、
そっと分けてもらうように。
「……本当に?本当に、ずっと好きでいてくれる?」
流れている涙を拭き、
俺の目を真っ直ぐ見つめて、
観月は問いかけてくる。
「バーカ。
……当たり前だよ。約束だ……」
そして俺は、
観月の震える唇に、
そっと、
キスをした。
気付けば夕日は沈み、代わりに明るい満点の星空が、優しく二人を照らしていた。
―――そして、それから、一週間の時が過ぎ、
俺たちは、観月が旅立つ前の、
最後の一日をむかえる。




