第二十話「私信」(2)
時は少し遡り、ロスロボスとマルコス少佐が停戦交渉をしていた頃。フランシス・ドラケ号の姿は大神村の上空にあった。
「これは……酷い」
眼下に広がる光景に、流石のリカルドも青ざめた顔を隠せなかった。
今や、村は――否、島全体が業火に包まれていた。家々が、木々が、動物達が、真っ赤な炎と黒い煙、そして猛烈な上昇気流と有毒ガスに包まれ、その形を失いつつある。
「なんとか消火出来ねぇのか!?」
「無理だよ! ドラケ号どころか、人類の装備じゃ、この規模の大火事は……」
トーマはアルマドゥーラのコクピットから、ブリッジへと舞い戻っていた。
最悪、マルコス少佐旗下の歩兵部隊を蹴散らすつもりでいたのだが、そもそも人間の姿が見当たらないのだ。村人の姿も、何もかも。
「くそっ! ホタルさんとトウリが村に渡ってから、そんなに時間が経ってないはずなのに!」
「火の回りが早い。恐らく歩兵部隊が、燃料か何かを撒いたようだね……」
「オオカミさまは何してんだよ!? 村が燃えてるってのに、み~んな宇宙へ上がっちまって! 村人の命はどうだっていいってか?」
二人して目を皿のようにして生存者の姿を探すが、炎以外に動いているもののは見当たらない。
最早、村の元の地形を思い出すことさえ困難なほどに、火が広がってしまっている。
――先程から、宇宙の荒波にさえ耐えるはずの、ドラケ号の船体が揺れていた。
膨大な熱と激しい上昇気流により、ドラケ号でさえも無傷ではいられないのだ。
『警告。火災旋風が発生しています。本船も退避することを推奨します』
ナビの無情の死刑宣告を裏付けるように、少し離れた場所から炎の竜巻が立ち昇っている。凄まじい上昇気流によって大量の酸素が集中し、更なる燃焼と上昇気流を生み加速度的に強さを増していくのだ。
――この事象下では、地上は極度の酸欠状態となる。仮に炎から逃げ延びた者がいたとしても、とても生き残れまい。
「トーマ、残念だけど……」
「待ってくれよリカルド! あと少し、もう少し……もう少しでいいんだ。頼むよ……」
最後の方は声にならず、トーマの嗚咽が漏れる。
リカルドは、そんな相棒の痛ましい姿から目を逸らすと、遥か空を映し出すモニターに目をやった。
最大望遠の映像の中には、マルコス少尉の船を取り囲むロスロボスの群れが映し出されている。既に戦闘が停止しているところを見るに、ロスロボスは船を撃破するつもりはないらしい。
(この僕が居ながら、惨劇を防げなかったとはね。……さて、どう落とし前をつけてくれようか)
大島全体を包む炎にも負けぬ怒りを胸に隠しながら、リカルドはナビに退避を命じた。
***
大神村を包んだ炎は、三日三晩の後にようやく鎮火した。
大島は全てが灰と炭とで覆われ、ここに村があったことを示すのは、僅かに残った炭化した柱や木々、そして人のものとも獣のものともつかぬほど原型を残さない焼死体だけだった。
そんな中を、二人と一匹の影だけが歩いていた。トーマとリカルド、そしてナビの猫型端末である。
地面の所々が未だに燻り高熱を発している為、トーマとリカルドはマルチプル・スーツの保護機能を全開にせざるを得なかった。有毒ガスも発生しているので、普段は収納しているヘルメットも装着済みだ。
一方のナビは、耐熱限界を越えそうな場所をセンサーを駆使して巧みに躱し、まるでマタタビに酔った猫のような歩き方になっている。普段ならば笑ってしまうような動きだが、トーマもリカルドも全く笑えなかった。
「どうだ、ナビ。センサーに何か反応はあったか?」
『残念ながら。生命反応、一切検知出来ません』
「そう……か」
半ば予想していた答えではあったが、実際に突き付けられると重さが違う。
トーマは、その場に倒れそうになる自分を必死に奮い立たせた。
家々が建ち並んでいたと思しき付近の探索を終え、トーマ達は一旦ドラケ号へと帰還した。
ドラケ号の傍には、倒れ伏し焼け焦げた石の鳥居の残骸が転がっている。桟橋は既に焼け落ち、跡形もない。
マルコス少佐の部隊の揚陸艇くらいは焼け残っているかとも思ったが、跡形もなかった。ホタルかオオカミさまが完全に破壊したのか、湖に沈んだのか。
「ホタルさんとトウリは、間に合わなかったのかな?」
「あるいは、間に合ったけど助けた村人達と一緒に火災旋風に巻き込まれた、か」
「俺……何にも出来なかった」
「俺『達』だよ、トーマ。一人で抱え込まないで」
子どもをあやす時のように、相棒の頭をポンポンと叩くリカルド。トーマはその手を邪険にする気力もなく、されるがままだ。
ふと空を見上げると、そこには青空が広がっていた。
以前は、ロスロボスによる結界の作用からか、この惑星の空はいつも薄曇りだった。けれども今は、島を包んでいた霧と共に空を覆っていた雲も消えている。
と――。
『気は済んだか?』
「おお、これはオオカミさま」
湖から白い影がぬぅっと顔を出した。ロスロボスの一個体だ。
――ロスロボスは、あの後、ドラケ号が火災旋風を避ける為に小島へと退避した時に、ようやく現れていた。
そして、マルコス少佐ととりあえずの停戦を取り付けたこと、殲滅部隊は既に去ったことを告げると、意外な提案をしてきたのだ。
「滞在期間を延ばしていただいて、ありがとうございました」
『お安い御用だ』
村長が行方知れずになってしまったので、ドラケ号の滞在許可はオオカミさまから直接もらっていた。
こんな非常時にも人類が決めた手続きを守る辺り、案外と律儀なのかもしれない。
『例の件は、考えてくれたかね?』
「……ええ。お受けしようと思います。監察官としての僕の人生をかけてでも、そちらのご要望にお応えしますよ――ロスロボスの存在を人類全体に共有するという、貴方がたの希望を叶えてみせます」
――そう。オオカミさまが提案してきたのは、「全ての人類に自分達の存在を明かす」ことだった。
遠い昔、他ならぬオオカミさま――ロスロボス側の要望で生まれた人類のタブーを、自ら終わりにしようというのだ。
マルコス少佐らが従事する「ロスロボス殲滅作戦」は、呪いのように銀河連邦を侵している。
軍や政府の暗部深くに入り込み、止める方法さえ分からないのが現状だ。何せ、誰が、あるいはどの機関がどれくらい関わっているのかさえ、誰も知らないのだ。
しかし、それに対抗する唯一の手段がある。
ロスロボスの存在を明るみにし、秘密の存在で無くしてしまうのだ。これによって「ロスロボス殲滅作戦」自体も光差す場所に引きずりだすことが出来る、という訳だ。
ロスロボスの存在自体が銀河連邦全体の知るところとなれば、闇から闇へ葬ることは出来なくなる。つまり力技だ。
彼らはそのことを銀河連邦と交渉するにあたって、リカルドに仲介役を依頼したのだ。
『承諾いただき感謝する。では、善は急げだ。早速、本日中にでも出発したい』
「……随分と急ですね?」
『火災の影響が惑星本土にも及んだのでな。急ぎ環境保全の処置を行いたいのだ。君達がいては、地形変更に巻き込まれるぞ』
「……なるべく早く出発しますよ」
元々、この湖や大島、小島も人類の為に地形を操作して作ったものだ。彼らがいなくなった今、元の森に戻してしまうのかもしれない。
改めて、ロスロボスの能力を思い知るリカルドだった。
***
こうして、フランシス・ドラケ号は惑星ロスロボスを後にした。
旅の道連れを一人――否、一匹増やして。
ロスロボスから特命全権大使として遣わされたのは、大型犬サイズのロスロボスの個体だった。今後はこの個体がロスロボス代表として、銀河連邦政府と話し合いをするらしい。
「ホタルさんでもトウリでもモモトでもなく、オオカミさまを連れて帰ることになるとはな」
「人生、分からないものだねぇ」
ワープ航法を開始し超空間へと侵入したが、航行は安定している。
ロスロボス宇宙港で補給したマテリアル・キューブは、マルコス少佐らが村へ提供したものも混じっているはずだが、おかしな細工はされていなかったらしい。
「航行に支障はなさそうだな。じゃ、俺はひと眠りさせてもらうよ。ナビ、後はよろしく」
『了解しました』
「おやすみ――良い夢を」
リカルドとナビ、それとブリッジの床に「伏せ」をしているロスロボスに後を任せ、トーマは自室へと戻りベッドに横になった。
大神村の「一番良い布団」とは比べ物にならない抜群のクッション性が、全身を優しく包む。
「……ホタルさん」
終ぞ結ばれることのなかった、愛しい少女の名を呼ぶ。
彼女の痕跡を残すものは何もなく、全ては思い出の中にしかない。
トーマが忘れない限り、彼女は心の中で生き続ける――等と、トーマがセンチメンタル全開のことを考えていると。
『トーマ』
「わっ!? ナ、ナビか。いきなり呼びかけるなよ。プライバシーの侵害だぞ」
『これは失礼しました。ですが、トーマに至急お見せしたいものがありまして』
「見せたいもの? なんだよ、藪から棒に」
天井に備え付けのスピーカーから響くナビの声に、思わず悪態をつく。
――ちなみに、ナビの声は女性のものなので、一人で部屋で色々している時に急に声をかけられると、とても心臓に悪いのだ。
『トーマにビデオメッセージが届いています』
「ビデオメッセージだぁ? 一体誰からだよ?」
『惑星ロスロボスを出発後に再生してほしいと依頼されていましたので』
「誰からなのか」というトーマの質問には答えず、ナビは部屋のモニターの電源を勝手につけると、動画の再生を開始した。
――しばしのノイズの後に画面に現れた人物の姿を見て、トーマが言葉を失う。
『ええと……ナビさん、これで本当に映画みたいに撮影出来てるんですか? え? もう撮っている……? ああ、すみません。……コホンッ。トーマさん、どうも。ホタルです』
「ホタルさん……!」
トーマが思わず、モニターに噛り付くようににじり寄る。
モニターに映し出されたのは、ホタルの美しい顔だった。
「えっ? いつ? いつ撮ったんだ?」
『ホタルに適性値の結果を伝えた時です』
「そんな前に……」
『続きを再生します』
ナビが一時停止にしていた動画を再開する。
『これを観ているということは、私は貴方の傍にいない、ということですね。だからきっと、このめっせーじ? は、必ず観ることになると思います。――本当は、貴方と一緒に行きたかった。貴方と星の海を渡りたかった。貴方と知らない場所を歩いてみたかった。貴方と……共に生きたかった』
画面の中のホタルが少しだけ涙ぐんだ。
『でも、私はやっぱり故郷や家族を捨てられません。それに……私の身体は特別だから、きっと貴方に迷惑をかけてしまいます。だから……だから……』
「ホタルさん……」
『けれど、これだけは信じてほしい。私は、貴方のことが、大好きです。いつも元気な笑顔が、子どもみたいにはしゃぐ姿が、怒りっぽいけど優しいところが、貴方の温かい手が……大好きです! 愛しています、トーマさん』
「俺も……俺もホタルさんが好きだ! 愛してる!」
『……もし、また大神村を訪れることがあったなら……その時は、きっと……また……一緒にご飯を食べて……笑いあいましょう? いつでも、いつまでも貴方のことを忘れません。……では』
最後にそっと顔を背けて、ホタルの姿が消える。
その頬を伝う光るものがあったのは、きっと気のせいではないだろう。
『ビデオメッセージは以上です』
ナビが空気を読むように、それだけを言って気配を消す。
――モニターの電源が落ちると、画面にはトーマ自身の顔が反射して映し出された。その目から流れる滂沱の涙を見る者は、誰もいなかった。
***
フランシス・ドラケ号が超空間を航行している、ちょうどその頃。
惑星ロスロボスでは、オオカミさまによる大きな地形変更が行われていた。
湖に浮かぶ大島。火災の後も痛々しく残るその大地が次々に剥がれ落ち、湖に沈んでいく。
――やがて、姿を現したのは長年地の底に埋まっていた古の開拓船。
すっかり古びれて自律航行も出来ないオンボロだが、その一部の機能は経年劣化にも負けず、地上の大火災にも負けず、生きているようだった。
開拓船の中ほどには、艦橋がビルディングのように聳えている。
その最上部に、それはあった。
それは見た目、円形の大きな金属扉のように見えた。全体的に丸みを帯び、小さな覗き窓と開閉ハンドルのようなものが付いている。
本来は宇宙空間での出入りや、小型船との連結に使う外部ハッチだ。
そのハンドルがゆっくりと動き、ハッチがギギギと音を立てて開いていく。
そして――。
「ひぇえ、本当に島が無くなっちまってるよ……。まあ、みんな焼けちまったからなぁ」
開いたハッチから顔を出した青年は、周囲の景色の変わりように目を見張っていた。彼の生まれ故郷は既に影も形もなく、巨大なオンボロ開拓船がプカプカと湖の上に浮いている状態だ。
「三日ぶりの外は、やっぱり空気がいいなぁ。ったく、まさか出入り口が塞がれて、自力じゃ出られなくなるとは思わなかったぜ。ま、そのお陰で助かったんだが」
――開拓船の中へと逃げ込んだのは、単なる思い付きだった。
あの時、村中が火に包まれる中、村長宅へ逃げ込んだ僅かな村人達を連れて、えいやとハッチの中へと身を躍らせたのだ。
幾人かの村人は怖がってついてこなかった。だから、助けられたのはほんの一握りだ。
村長は、モモトとヒャッカを青年に託すと、生き残りを探しに燃え盛る炎の中へと消えていった。オオカミさまは何も言わないが、恐らくは、もう。
「トーマさん達は、もう行っちまったか。挨拶くらい、しておきたかったけどなぁ」
僅かに宇宙港の痕跡が残る小島を眺めながら、青年が呟く。
自分達が生きていることを伝えなかったのは、何も悪気があったからではない。生き残りがいれば、「村の再建を手伝う」とでも言い出しかねないお人好しを、自由にする為だった。
けれども――。
「なあ、本当にこれでよかったのかよ、ホタル」
空に向かって問いかける。
けれども、青年の言葉に答えてくれる者は、彼の傍らにはいなかった――。
(了)
最後までお読みくださりありがとうございました。
この宇宙でのお話はまだまだ続きますが、本作はいったんここで完結となります。
彼ら彼女らの物語が心に残ったのなら、幸いです。
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