第二十話「私信」(1)
「惑星上に高エネルギー反応多数……ロスロボスです! ロスロボスの群れが復活……いえ、再出現しました!」
マルコス少佐が率いる「ロスロボス殲滅隊」は、混乱の只中にあった。
ロスロボスは全て撃破した。
あとは、集落で抵抗を続ける実験体を片付ければ、長い長い任務が完了するはずだったのだ。
それが振り出しに戻ってしまった。
衛星軌道上に控えていた強襲艦「コルテス」のブリッジで、マルコス少佐は痛い程に歯ぎしりしていた。
前任者より任務を引き継いで数十年。商人の振りをしてロスロボス達から信頼を得て、様々な仕掛けを行い、この日に備えてきた。
ナノマシン技術の提供を名目に彼らの超能力の解析を行い、確実に殺す為の兵器を開発した。
村の若者達に外部の知識を与え、村の在り方に疑問を持たせることで、実験体同士の不和を招いた。
入念にロスロボスの個体数調査を行い、必要な戦力を揃えた。
まさに必勝を期した布陣だった。
それが、あと一歩のところで――。
「少佐! 少佐、御指示を! 『ラ・フィラファ』と『エル・オソ』は既に敵を射程内に捉えています! 攻撃しますか?」
「……直ちに攻撃を開始しろ」
「了解」
オペレーターが二隻の戦闘艦「ラ・フィラファ」と「エル・オソ」にマルコス少佐からの攻撃命令を伝える。
村への降下を開始していた二隻は移動を停止し、湖の中から浮かび上がってきたロスロボスの群れを迎え撃つべく数多の砲門を彼らへと向けた。
『対ロスロボス弾頭装填……撃てぇ!』
両艦の艦長の号令により、ロスロボス第一陣を肉塊と化した凶器が、新たなロスロボスの群れへと降り注ぐ。
彼らが発生させるシールドを貫通し、肉体を完膚なきまでに破壊する。その為だけにチューニングされた実体弾が殺到し、今度も過たず、この異星の霊長を粉砕――するはずだった。
だが。
『全弾命中……敵、全て健在です』
艦の戦術AIが、絶望的な攻撃結果を告げる。
巨大な狼を粉砕するはずの砲弾の群れは、確かに命中した。しかし、目標は傷一つなく上昇を続け、「ラ・フィラファ」と「エル・オソ」の目前まで迫ろうとしていた。
『ぜ、全弾発射! 艦に近付けさせるな!』
「エル・オソ」が狙いもそこそこに、迫りくるロスロボスの群れへと砲弾の雨をお見舞いする。
だが、効かない。
砲弾は全て、ロスロボスを包む不可視の盾によって防がれ、その身体を傷付けることはかなわなかった。
『ば、馬鹿な! 何故効か――』
「エル・オソ」と「ラ・フィラファ」にロスロボスの群れが殺到する。ロスロボスの体当たりは、戦艦のシールドと装甲をものともせず、何の抵抗も無かったかのように貫通。
たちまち両艦は穴だらけのチーズのような無残な姿となり果て、爆散した。
――大神村の上空に、無残な花火が二つ咲く。
両艦はAI制御により最少人数で運用されていた。だがそれでも、数十人の将兵があっという間にその命を散らしていた。
***
「少佐! 『ラ・フィラファ』『エル・オソ』共に轟沈! ロスロボスの群れはなおも大気圏内を上昇中! 六十秒後に本艦へと接近します!」
「……なんということだ」
オペレーターからの報告に、マルコス少佐の体がぐらりと揺らいだ。
それもそうだろう。先程はロスロボスを一撃必殺に仕留めてみせた虎の子の弾頭が、今回は物の役にも立たなかったのだ。
そればかりか、今押し寄せてきているのは、最初に交戦したものとは比べ物にならない数の群れだ。
この強襲艦「コルテス」の全火力をもってしても、最早太刀打ち出来るとは思えなかった。
「少佐、このままでは本艦も危険です。撤退するべきです」
「撤退……だと?」
それまで押し黙って控えていた副官のフランコ中尉が口を開く。
正論である。この歳の近い部下は、連れ添った数十年間、いつも正論しか口にしてこなかった。冷静で冷徹な、頼るべき優秀な副官だ。
しかし――。
「あと少しで! 銀河連邦数百年の宿願が、我々の数十年の悲願が、果たされようとしているのだ! ここで……ここで撤退など出来るものか!」
「ここは蛮勇よりも、次代に託す勇気を持つべきです。少しでも多くの情報を持ち帰りましょう。少佐、どうか御英断を」
あくまでも感情を抑えたフランコ中尉の上申に、マルコス少佐はようやく正気を取り戻した。
そうだ。前任者のそのまた前任者も、何百年もかけて今日の作戦へと繋げてきたのだ。自分達が、ここでその流れを終わらせる訳にはいかない。
「中尉、貴官の言う通りだ――本艦はこれより、この宙域からの緊急離脱を行う! 全艦、緊急ワープ準備!」
「了解。全艦、緊急ワープ準……少佐!」
命令を復唱していたオペレーターが、悲鳴のような声を上げる。
外部カメラの映像に、信じられないものが映っていた。
「ば、馬鹿な……早すぎる!」
マルコス少佐が思わずうめく。
冷静だったフランコ中尉でさえも、口をあんぐりと開けて驚愕の表情を見せている。
外部映像に映っていたのは、夥しい数の獣の群れ。
無数の白き巨大な狼――ロスロボスが、ぐるりと「コルテス」を囲んでいたのだ。
予想の二倍の速度だ。もしかすると、短距離ワープしてきたのかもしれない。
撃沈された二隻と同じく、この「コルテス」もAI制御の賜物で乗組員の数は最少で済んでいる。だがそれでも、百人余りの将兵が乗っていた。
その百人余りの命は、最早風前の灯火だった。
「……最早これまで、か」
マルコス少佐が天を仰ぎながら呟く。
だが、その時。
「しょ、少佐……通信要請が入っています」
オペレーターが意外な言葉を告げる。
この状況で通信が来るなど、あまりにも皮肉めいていた。
「誰からだ? またロドリゲス監察官か?」
「いえ……それが……」
「なんだね。はっきり言いたまえ」
「ロスロボスからです」
「……なんだと?」
ふと、外部映像を見やる。そこには相変わらずロスロボスの群れが恐ろしい牙を覗かせながら映っていた。
だが、動く気配がない。その大きな瞳でじっとこちらを観察し、監視しているようだった。
「……通信を受けよう。音声、スピーカーに出してくれ」
「了解しました」
――そして、ややあって。
「コルテス」のブリッジのスピーカーから、中性的な、歌うような声が響いた。
『通信受諾いただき感謝する。こちらはロスロボスだ』
「この部隊の指揮官であるマルコス少佐だ。お初にお目にかかる」
『少佐、我々は初対面ではない。尤も、以前会った時、そちらは身分を偽っていたがな』
「……なん、だと?」
マルコス少佐が思わず首を傾げる。
確かに彼は、商人と偽って何度かロスロボスと対面している。だが、その時に面会した個体は、先程戦闘艇を巻き添えに自爆した個体であったはずだ。
今、「コルテス」を囲んでいるロスロボスは、いずれもあの個体よりも遥かに巨大だ。同一個体のはずがない。
『少佐、君は我々の生態を研究していたようだが、まだ理解が足りないようだな。我々は、それぞれが個でありながら全、全でありながら個である』
「……個体としての意識を持ちながらも、全体としての意識も共有している、ということか?」
『君達に理解出来る概念で言えば、それが近いだろう』
驚くべき話だった。
つまり、ロスロボスは個人の体験も全体のものとして共有していることになる。そして恐らく、全体の意志が個人にも共有されている。
人類のようにいちいち言葉で情報を共有せずとも済む、ということだ。
「……人類が中々勝てないはずだ。もしや、我々の兵器が通じなくなったのも?」
『いかにも。散々に撃ってくれたお陰で、対策を立てることが出来た』
「……化け物め」
どうやら「対ロスロボス弾頭」を何度も受けたことでデータを収集し、シールドの性質を変えたようだ。
人類の扱うシールドも、対実体弾に特化したモードがある。恐らくそれと原理は同じだろう。
もしそれに気付いていれば、実体弾からエネルギー弾に切り替えていたものを――。
『さて、ここからは交渉だ』
「交渉、だと? お前達獣が、我々人類と?」
『挑発は我々には通用しない。実利の話をしよう、少佐。……今現在、我々の犠牲とそちらの犠牲はほぼ釣り合いがとれている。この辺りで手打ちとしたい』
「犠牲の釣り合い……だと?」
『そちらはほぼ百の命を既に失っている。こちらもほぼ同じ程度の犠牲を出した。これ以上の生命の消費は無駄と判断する』
「――ああ」
そういえば、とマルコス少佐は今更ながらに思い出す。
ロスロボスが定めた大神村の掟には、惑星の原生生物を村人が狩った場合、同じ数の村人の命で贖うというものがあった。
つまりロスロボスの基本的な利害の概念は、「目には目を、歯には歯を」なのだろう。
しかし、不可解な点もある。
「そちらも百に近い犠牲を出したと言ったな? だが、こちらが撃破したロスロボスの個体は精々が数十。百には遠く届かないが?」
そう。結局、マルコス少佐達が撃破出来たロスロボスは、最初に姿を見せていた数十の群れだけなのだ。
とても百には達しない。
だが、それに対するロスロボスの答えは、マルコスにとって意外過ぎるものだった。
『少佐、村人の命が勘定に入っていない。彼らもまた我らが同胞、我らが失った生命だ』
「……人類など、君達にとってはただの実験体ではないのか?」
『村の人間が我々にとって、人類が言うところの愛玩動物に近いことは否定出来ない。だが、我々の認識では彼らも立派な同胞――この惑星の一員なのだ』
――恐らくは人間の理解出来る「情」の話ではないのだろう。
だが、彼らにとって人間の――村人の命も自分達の命と等価なのだという。
マルコス少佐には、一生理解出来そうにない。
「手打ち、と言ったな。つまり停戦したいと? 条件は?」
『即時の撤退と、再侵攻をしないという約定を』
「前者は問題ないが、後者は私には決定権がない」
『少佐、君の裁量の範囲内で結構だ』
「……私の後任が決まれば、すぐにでも反故になるぞ?」
『それで結構だ。そちらは別ルートでなんとかしよう』
「……?」
何やら不穏な言葉もあったが、見逃してくれるというのなら乗らない手はない。
マルコス少佐は、停戦を受け入れることにした。
「念の為確認するが、地上にいた私の部下達は……?」
『残念ながら全滅した。遺体の引き渡しを希望するか?』
「いや、結構だ。そちらで適宜処分してほしい」
『了解した』
――マルコス少佐の部隊は、情報部の中でも機密性が高く、汚れ仕事も多い。
それ故に、多くの将兵は家族を持たない者が殆どだ。
「死して屍拾うものなし」なのだ。
***
――停戦は即時になされ、強襲艦「コルテス」は撤退すべく無事にワープを開始した。
「少佐、よろしかったので?」
「あの場は、ああする他あるまい」
超空間内の味気ない移動の中、フランコ中尉がマルコス少佐に尋ねた。
少佐はそれに、苦笑いで答えた。
「ロスロボスが何を考えていようが、我々は不滅だ。既に後任は育ってきている。彼らが無理でも、またその次が。その次が無理でも、また更にその次が。いつか、宿願を果たしてくれるさ」
――ロスロボス殲滅作戦は、数百年にもわたって連綿と続いてきた。
最早、軍上層部にもその実像を知る者はいない。にも拘らず、ある種のアンタッチャブルな案件として口頭で申し送りされ、最上位の命令扱いで引き継がれ続けてきた。
例えば、あの場で「コルテス」が撃破されていたとしても、数か月後には別の担当者が案件を引き継いでいただろう。
情報部の……否、軍全体の中に隠されたシステムが、ほぼ自動的に作戦を継続させる。
言ってみれば、この作戦は「呪い」のようなものなのだ。
既に発案者も承認者も亡くなって久しいのに、その命令だけが生き続けている。
まさに銀河連邦が抱える業――『因習』なのだ。




