第十三話「隠蔽」
「どういうことだよリカルドさん!? 気密ハッチってのは?」
「宇宙空間が真空なのは、トウリも知っているだろう? だから、宇宙船の扉は空気が漏れたり宇宙船の内側の空気圧で扉が開いてしまったりしないよう、出来てるんだ。それが気密ハッチ」
「な、なるほど……」
ギリギリ理解が及んだのか、トウリがウンウンと頷いて見せる。
だが――。
「えっ、でもよ。なんで、宇宙船の扉がこんなところにあるんだ?」
「さてね。ただ単に宇宙船のモノを流用した……な訳はないか。ナビはどう考える?」
『解析……照合完了。リカルドの仰る通り、宇宙船の気密ハッチで間違いないと思われます。適合する船種は五……内一隻は、小規模移民開拓船タイプです』
「小規模移民開拓船……ロスロボスに移住した大神村のご先祖さん達の船、かな」
『恐らくは。――リカルド、ここからは私の推測になりますが、よろしいでしょうか?』
ナビがわざわざ推測を口にしようとするのは珍しい。リカルドは静かに首肯した。
『開拓船の形状および大神村の地形から推測するに、この村――より正確に言えば大島の地下に開拓船が埋まっている可能性が大です』
「お、俺達の村の地下に開拓船が?」
『はい。大島の山の部分が艦橋付近、鳥居のある辺りが船首と考えるとサイズ感が一致します。恐らくですが、村の電源も上下水システムも、開拓船のそれを流用したものでしょう』
「……なるほど、一応の辻褄は合うね」
村の地下に開拓船が埋まっていて、インフラを担っている。確かにそれならば、地上部分に発電施設や上下水管理システムが見当たらない理由にはなる。
「宇宙船なら当然、通信システムもある。宇宙港のシステムともリンクしてるだろう。なるほどね、村長は自宅にいながら外部との通信が出来る。謎が少しだけ解けたよ」
「……なあ、リカルドさん。村の地下にでっけぇ宇宙船が埋まってるってんなら、もしかしてゴサクさんの件も、その宇宙船でどうにかしたとは考えられねぇか?」
「う~ん、それはどうだろう? そもそも、村の人達が気付かないくらい地中深くに埋もれてる訳だし――」
リカルドがそこまで言いかけた時のことだった。
『リカルド、トウリ。村長がこちらへ戻ってきているようです。迅速に痕跡を消し、撤収することをお勧めします』
「「えっ」」
ナビの警告に、二人の声が奇麗にハモる。
村長は成人達と村を練り歩いてから戻ってくるはずなので、いくらなんでも早すぎた。
「もしかして、気付かれた?」
「いやいや、まさか。ナビ、侵入検知センサーの類は無かったんだよね?」
『はい。光学、振動センサーの類は見受けられません。ただし、スキャン妨害が働いていますので、百パーセントとは言えませんが』
「いや、それ大丈夫じゃないやつじゃ……?」
リカルドとトウリは無言のまま頷き合うと、そそくさと隠し部屋を後にした――。
***
「これはこれは。リカルド殿とトウリが連れだって、一体どこへ行こうというのかね?」
「「げっ」」
村長が帰ってきたのは、リカルド達が離れへと隠れようとした矢先のことだった。どうやら、逃げるには少し遅かったらしい。
村長の後ろには、トーマとホタルの姿もある。――ちなみに、今回の家探しの件はトーマには伝えていない。正直者のトーマでは、万が一にも顔に出てしまうかも、と考えた為だ。
――ホタルとの最後の時間になるかもしれないのだから、何も気にせず一緒に過ごしてほしいという老婆心も、少しだけ。
「二人の姿が見えないからもしや……と思ったが。トウリはともかくとして、リカルド殿、銀河連邦監察官の貴方が、まさかこんな短慮に走るとは」
「あらら、僕の素性はバレてましたか」
「保護義務のある漂流者とはいえ、余所者を村に逗留させるのだ。当然、身分は照会するさ」
リカルドと村長との間にある緊張感が、一気に高まる。
一方、トウリは状況についていけず「どういうことだ?」と戸惑っていた。
「ごめんよトウリ。僕はね、辺境への医療支援を行う医師であると同時に、銀河連邦下に規律の乱れがないかを調査・監督する監察官でもあるんだ」
「……よく分かんねぇけど、銀河連邦のお目付け役みたいなもんか?」
「そんなところだね。銀河連邦では、惑星の首長には大きな権限が与えられている。だから、この村みたいな独自のルールの中で生きることもある程度は許されている――でも、あくまでも、ある程度、だ。度を過ぎた自由は、是正されなければならない」
眼鏡を光らせ、リカルドが村長を威圧する。
だが――。
「我らが村に是正すべき逸脱があると?」
村長は尊大な態度を崩さない。
胸を張り、堂々たる態度でリカルドと対峙する。
「この短期間で村人が二人も、しきたりを破っただけで犠牲になっている。これは由々しき事態ですよ、村長」
「仕方あるまい、それがこの村のシステムだ。この村が生まれた時から決まっている掟だ。それともリカルド殿は、この掟に恣意性があるとでも?」
「その疑いはある、と現時点では考えていますよ。五分五分くらいで、特定の人物が恣意性をもって殺人を行ったのではないかと疑っています」
「容疑者は、私かね?」
「そこまでは申し上げていませんよ、村長」
バチバチと火花が散るような二人の対峙を、トーマ、トウリ、ホタルの三人は見守るしかなかった。
しかし――。
「拙速な。リカルド殿、この惑星の管理情報には目を通したのかな?」
「生憎と、まだ閲覧許可が下りなくてね」
「ほう。ならば、判断は閲覧をしてからお願いしたい。リカルド殿の思い違いも、きっと晴れよう。閲覧許可が出るまで、滞在を延長しても構わん――それよりも、トウリ」
「な、なんだよ」
「お前に確認したいことがある」
村長が一歩踏み出す。
あまりの迫力に、トウリは一歩退きそうになったが、なんとか踏みとどまる。ここが正念場だと感じているのだ。
「丁度良かった。俺からも村長に聞きたいことがあったんすよ」
「ほう。ならば、お前の話から聞いてやろう。言ってみろ」
――ゴウッと、圧を感じるような村長の言葉に負けじと、トウリはその質問をぶつけた。
「村長、あんたが隠してる宇宙船……いや、開拓船、見たぜ? あれが俺達に電気や水道を与えてくれてたんだな」
「……左様。お前にはいずれ明かすつもりだったが、少し前倒しになったようだな。それが?」
「そもそもよ、なんで開拓船が地下にあるのを秘密にしてるんだ? そんくらい、大っぴらにしたっていいじゃねぇか」
「理由は大きく二つ。一つは安全性の確保だ。開拓船の発電・水道システムはこの村の生命線。みだりに触れられて悪さされてはたまらんからな。そしてもう一つは、分かるだろう? 最低限の文明の利器にのみ頼るという、我々の思想にそぐわんからだ」
二人の問答を傍らで聞きながら、リカルドは思い出していた。
大神村の始まりは、「自然派」の人々による開拓だという。だが開拓は難航を極め、「オオカミさま」の奇跡の御業によって、ようやく安定した生活を築くことが出来た。
そして、最低限の電気・水道等の文明の利器とは共存することになった。
オオカミさまの神話では、電気はともかくとして水道は「オオカミさまの御業による枯れぬ泉」が水源とされている。
「なるほどな。自然と共に生きるはずの俺達の村が、実はでっけぇ宇宙船におんぶにだっこだったなんて、そりゃあ本末転倒だよな。――そう、だからオオカミさまなんて大層なウソでもって覆い隠したって訳だ。全く、都合の良い神様だぜ」
「……何が言いたい?」
「だからよ、オオカミさまの存在自体がウソなんだろ? 開拓船ってのはあれだ、確か惑星の環境を人類が生存しやすい状態に改造する機能があるんだろ? なあ、リカルドさん」
急に話を振られ、リカルドは不覚にも「えっ」と間抜けな声を出してしまった。
気を取り直して首肯を返す。
「よく知っているね。移民開拓船は、住民の移動だけではなく、移民先惑星の環境改善の為の様々な機能を備えているんだ」
「ありがとよ。……つまりさ、村長。この村がオオカミさまの奇跡の御業で出来たってのも大ウソで、実際には開拓船の機能で作り上げたんじゃないのか?」
「……ほう。トウリは外の知識をよく勉強していたのだな。一部は正解だ、と言っておこう。だが――」
「やっぱりな!」
なおも何かを言おうとした村長の言葉を遮るように、トウリが叫ぶ。
その姿には、ほんの少しだけ狂気じみたものがあり、リカルドもトーマも、ホタルでさえもビクッと身を震わせてしまった。
「オオカミさまなんて嘘っぱちだったんだ! なあ、そうなんだろ村長!」
「話は最後まで聞かんか。オオカミさまは確かにいらっしゃるのだ」
「へっ、この期に及んでまだ言うか。もう若い衆は皆分かってんだよ、オオカミさまなんて村を治めやすくする為の方便だって、な――そういえば、村長。アンタも俺に聞きたいことがあるって言ってたよな? なんだよ、聞いてやるから言ってみろよ」
――トウリは明らかにハイになっている。矢継ぎ早に村の秘密を暴いて、興奮状態にあるのだろう。
村長は更に苦言を呈そうとするのを諦めたのか、俯き、頭痛をこらえるように眉間を指で何度か押してから、再び顔を上げた。
「トウリ。先程気付いたのだが、小島へ行く為の舟がまた見当たらんのだ。……それに、青年団の面々も幾人か姿が見えない。どこへ行ったか知らんか?」
「あ、そうだよトウリ! 舟が無いと、俺達は宇宙港へも渡れないんだ。何か知らないか?」
それまで場の空気に押されていたトーマが、「そーだそーだ」と言わんばかりに声を上げた。「湖では泳げない」というのが真実なら、トーマ達は舟がないと宇宙港のある小島へは渡れないのだ。
「舟が……? それに青年団の連中が一部見当たらない……? そいつは確かなのか、村長」
「確かだ。トーマ殿もそう言っているだろう。どうやら、心当たりがあるようだな」
「ああ、そうだな。確かに心当たりがある。ありすぎて……少し震えているぜ。あいつら、マジでやりやがったな」
「どういうことだ、トウリ」
身震いさえしているトウリの鬼気迫る様子に、流石の村長にも焦りの色が浮かんだ。
その姿に、トウリは勝ち誇ったような表情を見せる。
「村長、悪いがしばらくの間アンタには、俺と一緒にいてもらうぜ。ホタルも、あと、証人としてトーマさんとリカルドさんも一緒にいてくれ」
「証人、だと? トウリ、お前一体何をやろうとしてるんだ?」
「違うさトーマさん。俺がやるんじゃない、あいつらがやるんだ」
言いながら、トウリは村の方――恐らくは桟橋や鳥居のある方を指さした。
「村長、舟はどうしたって訊いたよな? 教えてやるよ。舟はな、消えた青年団の数人が使ってるんだ。悪いな」
「青年団の者達が? ……まさか、村の禁を破って対岸にでも渡ったというのか!?」
「そのまさかだよ! しかもな、それだけじゃねぇ。あいつら、ゴサクさんやマンタのことで相当にカッカ来てたからな。対岸にいる獣の一頭や二頭や三頭や四頭くらい、狩って帰ってくるって息まいてたぜ」
「な、なんだと!?」
村長が今までに見たことがない程に狼狽した表情を見せる。
対するトウリは、「その顔が見たかった」と言わんばかりの愉悦の笑みに顔を歪ませた。
「さあ、どうするよ村長? 四、五人は行ってるはずだぜ? 全員に『オオカミさまのバチ』とやらを当てるか? ゴサクさんやマンタみたいに、殺すか? 俺達が見ててやるからよ、どうやって殺すのか、見せてみろよ! 出来るもんならなぁ! 」
「な、何を馬鹿なことを言っている! 私がゴサクとマンタを殺す訳がないだろう! あれはオオカミさまの――」
「だから! そのオオカミさまを出してみろよ! この何十年も! アンタさえ見たことがねぇっていうオオカミさまをよぉ!」
――トウリが村全体に響き渡らんばかりに叫んだ、その時。
桟橋の方角に、巨大な水柱が上がった。




